第10話 「柄の悪い探索者に絡まれた」


 例えばだが、迷宮の36層まで潜れる探索者が常に36層に潜るかと言うと、そうではない。


 迷宮には魔石や魔物のドロップをはじめとして、多種多様な迷宮資源があり、需要は様々だ。


 もちろん深い階層にある迷宮資源の方が高く売れるのは間違いないが、効率を考えると浅い階層の方が良い場合も多々あり、しかもこれは変動する。


 要するに、探索者ギルドに特定素材の納品依頼がある場合、例えそれが浅い階層の素材であっても、それを納品した方が金になるということだ。


 ソロとはいえ、俺も探索者の端くれであるため、そういった納品依頼を請けることはある。


 そんなわけで、その日は珍しく朝からギルドに顔を出していた。


 ロビーの壁際に所狭しと掲示された依頼書をじっくりと吟味しながら、なるべく報酬の良い依頼を探していた。


 とはいえ、朝のギルドは戦場の如し。


 広いロビーにむさ苦しい探索者どもが大挙して押し寄せ、誰も彼もが割の良い依頼を請けようと依頼掲示板の前に集まっている。


 最初は俺もその集団の中に混ざっていたのだが、すぐに限界に達して掲示板から離れることになった。


 俺はこう見えて、人混みってやつが苦手なんだ。繊細なんでね。


 あの中に入っていく気力はもう失せた。やっぱり朝に来たのが間違いだったのだ。リオンの奴がたまには依頼を請けろとかせっつくから、久しぶりにこの時間にやって来たが、次からはもっと遅い時間に来よう。いや、そもそも奴の言うことを聞いてやる必要があったのか。そんなことを考えていると、柄の悪い探索者に絡まれた。


「ちょっとアンタ、つら、貸しなさいよ」


「…………」


 俺はそいつにこれでもかと胡乱げな眼差しを向けてやる。


「何よ、その顔は」


 だが、そいつは微塵も堪える様子がない。いや、少しは悪気のあるような顔をしてほしいものだ。


「何だいきなり、お前は」


「お前って呼ぶなっつってんでしょ!」


 うんざりしながら言うと、理不尽にも足を蹴られた。


 なので仕方なく、丁寧に対応する。


「……剣舞姫殿、何かご用ですか?」


「剣舞姫って呼ばないで。っていうか、何よその喋り方。気持ち悪いわね」


 こいつ……どうしろってんだ。


 俺は若干イラッとしながら率直に問う。


「何だよフィオナ、何の用だよ?」


 そこにいたのは言わずと知れた剣舞姫、フィオナ・アッカーマンだった。


 黙っていれば麗しい顔を不機嫌そうに歪めているフィオナに、深々とため息を吐きながら用件を問う。


「分かってんでしょ、訓練場行くわよ」


「…………」


 くいっとロビーの端にある階段を顎で示し、そのまま背を向けて歩き出すフィオナ。


 俺は何も分からなかったので、ついて行かなかった。


 すると、階段の手前で俺がついて来ていないことに気づき、ドシドシと足音荒く戻って来る。


「何でついて来ないのよッ!?」


 むしろ何でついて行くと思ったのか。


「おいおい、朝っぱらから勘弁しろよ……今日は依頼でも請けようかと思ってたんだ。別に明日でも良いだろ? な?」


「今日じゃなきゃダメなのよ!!」


「は?」


「あ」


 どういうことかとフィオナを見ると、勢い良く顔を逸らしやがった。


「おい、どういうことだ? 何かあんのか?」


「……はあ? 別に何にもないわよ。良いから、さっさと行くわよ!」


 明らかに何かあるんだが。


 じとっと視線を向けてみるが、一向に答える気はなさそうだ。


 何をするかは分かっている。ろくに説明しないところを見ると、いつものアレだろう。つまり模擬戦……と言って良いのかは分からないが、そういう感じの、アレだ。


 俺が付き合うメリットは欠片もないが、飲み屋の姉ちゃんたち相手にこいつの師匠を吹聴しているのも事実。たまには付き合ってやるのも吝かではないが……今日はいつもと違って何かありそうなのが嫌だな。


「ふん!」


「あっ、おい!」


 だが、俺が渋っているとフィオナは俺の腕を掴んでひっぱり始めた。


 初級ジョブの俺が固有ジョブのフィオナに身体能力で敵うわけもない。俺は為す術もなく、ギルドの地下にある訓練場へと拉致されて行った。



 ●◯●



 ネクロニア探索者ギルド、地下訓練場。


 ギルドの地下とは思えないほど広大な面積を誇る訓練場は、戦闘ジョブを持つ探索者でも全力で暴れられるように壁や天井が魔道具の力で強化されている。その上、天井からは照明用魔道具の煌々とした明かりが降り注いでおり、時間や天気に拘わらず、いつでも使えるようになっていた。


 そんな訓練場の真ん中で、俺とフィオナは向かい合っている。


 訓練場の端の方にはズラリと野次馬の探索者どもが集まり、賭け事なども行われていた。


 剣舞姫のジョブに覚醒したフィオナは、その外見とも相俟って非常に目立つ存在だ。そんな彼女が模擬戦をするとなれば、自然と人が集まってしまうのも納得できる。


 ゆえに、この状況も割と慣れたものだ。もはや諦めているとも言えるが。


「今日こそ息の根を止めてやるわ」


「…………」


 二本一対の双剣を抜いたフィオナが、好戦的な表情で告げる。


 一応は模擬戦のはずなのに、なぜか向こうは真剣で、もちろん俺は木剣だ。この状況をおかしいとも思わなくなってきた俺は、きっと何かが麻痺しているに違いない。慣れってのは恐ろしいぜ。


 つうか、模擬戦で息の根を止めるとかいうセリフは間違ってるだろ。


 俺はため息を吐きながら木剣――黒耀を鞘から引き抜き、だらりと右手に下げた。


 ちなみにこの黒耀、見た目は黒くて艶やかな金属に見えるらしく、知らない奴が見ても木剣だと見抜かれることはほとんどない。というか硬さも木材の域を超えているしな。


「まあ、さっさと終わらせるか」


 いつもの事だし、適当に相手をして終わらせよう。


 そんな俺の呟きに、もちろんフィオナは激怒した。沸点が低いんだ。


「――ッ!! いつまでも自分の方が強いとか思ってんじゃないわよッ!!」


 だが、流石と言うべきか、戦いにおいて冷静さを失うことはないらしい。


 もしも怒りのままに距離を詰めて来たら、すぐに模擬戦は終了しただろうが、フィオナは距離を保ったまま全身にオーラを巡らせた。


 剣技スキル――【剣の舞】


 固有ジョブ「剣舞姫」で習得できるスキルであり、その効果は剣を振るうごとに攻撃スキルを含めた剣撃の威力が上昇していくというもの。


 この「剣を振るうごとに」というのは、敵に剣を当てる必要がない。文字通りに剣を振るだけで、少しずつ攻撃の威力が上がっていく。


 すなわち、その場で剣舞を披露しているだけでも【剣の舞】の効果は積み重なっていくのだ。


 ゆらりゆらりと左右の剣を振り回し、文字通り踊りのような剣舞を始めたフィオナに、俺はその場で剣を振り、オーラの刃を飛ばした。


 我流剣技――【飛刃】


 舞を止めさせることを狙った【飛刃】に対し、フィオナも舞いながら両の剣を素早く振り、オーラの斬撃を飛ばす。


 剣技スキル――【フライング・スラッシュ】だ。


 こちらの【飛刃】が一本に対し、一瞬で放たれたフィオナの【フライング・スラッシュ】は四本。


 だが、そもそも籠められたオーラの量も質も技の練度も違う。俺の【飛刃】は【フライング・スラッシュ】を易々と斬り裂いて、フィオナ本人にまで襲いかかる威力がある。ゆえに、以前までならば舞を中断して回避するのがお決まりのパターンだったのだが……。


「おお!?」


【飛刃】がフィオナに到達する前に相殺された。


 理由は明白だ。【フライング・スラッシュ】の練度が明らかに上がっているからである。


「前とは違うのよッ!!」


「そうみたいだな」


 今日のフィオナは気合いが違うようだ。なぜか、本気でこちらのたまを取りに来ているような気迫を感じる。……これって模擬戦だったよな?


「――シッ!!」


 間断なくフィオナが剣を振るい、更に四本の【フライング・スラッシュ】を放った。


「こいつはまずいな」


【剣の舞】の効果もあり、さっきよりも一本一本の威力が上がっている。おそらくもう、【飛刃】では相殺できないだろう。


 なので、ちょっと多めに剣へ魔力を注ぎ、横薙ぎに振るった。


 我流剣技【重刃】、【飛刃】――合技【重飛刃】


【飛刃】よりも遥かに威力のある一撃だ。


 しかし、驚いたことに四本の【フライング・スラッシュ】によって【重飛刃】は相殺されてしまった。


「おいおい、マジか」


【剣の舞】による威力の上昇が、こちらの想定を上回っている。もしかして【剣の舞】も熟練すると効果が上がるのか?


 だとしたら流石に酷すぎるんだが。固有ジョブのスキルが有能すぎる。


【剣の舞】は模倣しようと思っても、真似できないタイプのスキルだからなぁ。


「驚くのはまだ早いわよ!!」


 フィオナは【重飛刃】を相殺できるのを確信していたように、すでに次のスキルを放っていた。


 剣技スキル――【ダンシング・オーラソード】


 舞いながら虚空を掻いている双剣から、剣身に籠められた膨大なオーラが「剣の形」となって次々と外へ飛び出していく。


 現れたオーラの剣は数十を超えていた。それらが意思を持っているかのように空中を滑るように飛翔しながら、こちらを円状に取り囲む。


 俺が【連刃】を編み出す参考にしたスキル、【オーラソード・レイン】の更に上位スキルだ。


【オーラソード・レイン】は頭上から無数のオーラソードが降り注ぐだけだが、【ダンシング・オーラソード】はより洗練されている。俺を取り囲んだオーラソードはフィオナの意思によって操作され、全方向から一斉に襲いかかってくる。


 回避するならば【瞬迅】で高速移動し、一部を【化勁刃】で弾いて包囲の外へ脱すれば良い。


 だが、それでは芸がないかもしれない。いつもと同じだし。


 一応、フィオナの師匠と(勝手に)名乗っている以上、ここは師匠らしいことをしてみるべきではなかろうか。


 そう決めると、俺は剣に魔力を注ぎ――構えるでもなく、その場に仁王立ちした。


「死になさいッ!!」


「いや、そのセリフはおかしい」


 フィオナが突っ込み所満載なセリフを叫び、無数のオーラソードが一斉に襲いかかってくる。


 その寸前、俺の剣から放たれたオーラが二本の剣を形作り、空中へ飛び出した。


「――――!?」


 次の瞬間、無数のオーラソードの間を、閃光が駆け抜ける。


 俺の体を貫くより先に、全てのオーラソードがガラスの割れたようなけたたましい音と共に粉砕された。フィオナが驚愕に目を見開くその視線の先で、キラキラと宙を舞うオーラの欠片を掻き分けて、二本のオーラソードが姿を見せつけるように、ゆっくりと俺の傍に戻ってきた。


 我流剣技――【飛操剣】


「はあッ!? 何よそれ!?」


「何って言われてもな。同じことをやっただけだが?」


 簡単に言ってしまえば、【飛操剣】は【ダンシング・オーラソード】の模倣だ。オーラで形作った剣を生み出し、それを操る剣技。俺は【飛操剣】でフィオナが出したオーラソードを斬り、砕いたのだ。


 こちらは二本だけだが、数が少ないだけ一本に籠められたオーラの量は多いし、数が少ないから操作性も向上している。


「あんまり数を増やしても複雑な動きはできないし、何より遅くなるだろ。最初は二本くらいで練習した方が良いんじゃないか?」


 オーラソードを大量に生み出しても、操るのは結局自分自身だ。最初から決まりきった動きなら良いが、何十本もの剣で複雑な軌道を描き、自由自在に操れるはずがない。結果、操る剣の動きも遅くなる。


 たとえスキルの練度が低くても、剣に籠める魔力の量で、生み出すオーラソードの数は変更できるはずだ。


 それに試してみた感じ、自分の腕と同じ二本だけなら結構速く動かせるみたいだな。たぶん、慣れれば本数を増やしても同じように操れるだろう。流石に数十本となると才能の世界だが。


 まあ、俺の趣味じゃないから普段は使わないんだけど、欠点を教えてやるために敢えて使ってみた。


「くっ……調子に乗らないで!!」


 などと言いながらも、フィオナが再度発動させた【ダンシング・オーラソード】で生み出した剣は二本だった。


 それを自身の傍らに浮かべながら、今度は真正面から突っ込んでくる。


「相変わらず素直じゃねぇな、このお嬢さんは」


 どうやら【剣の舞】で十分に剣撃の威力が強化されたと考えたのだろう。ここからは接近戦をお望みのようだ。


 仕方ないから、相手してやるかね。



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