第8話 「そして12年が過ぎた」
フィオナ・アッカーマンという狂人との出会いがありつつも、俺は順調に迷宮を下層へ向かって進んでいった。
その年の内に30階層へ到達し、極めて広大な最奥の間で待ち構えていた守護者――「リッチー」と相対する。
リッチーは骨に皮がへばりついたような外見に、黒いローブを身に纏い、杖を持ったアンデッドだ。
別名「ノーライフ・キング」とも呼ばれ、強大な魔法の力を行使する魔物。
多彩な攻撃魔法もさることながら、最も厄介なのは、無限にも思えるほど大量に召喚されるアンデッドたちだ。
死霊魔法――【サモン・レギオン・アンデッド】
多種多様なアンデッドから成る軍勢を、リッチーは何度も繰り返し召喚することができた。
倒しても倒してもキリがない。広大な最奥の間を埋め尽くすかのように、無数のアンデッドたちが召喚される。
一体一体は敵ではない。
だが、数は力だという言葉の意味を、俺はまざまざと体感させられることになった。
戦いは長時間に及んだ。
リッチーに一撃を入れるどころか、近づくことさえ困難だった。【轟連刃】で多数のアンデッドを葬っても、すぐに次が補充されるのだ。
あるいは一瞬でも配下を全滅させることができれば、僅かな召喚の合間に近づくこともできたのだが、【轟連刃】で生み出すことのできる刃の数にも限界がある。
広大な最奥の間に喚び出されたアンデッドどもは、それを遥かに上回っていたのだ。
かといって【空歩】にてアンデッドどもの頭上を飛び越えようとすれば、弾幕のような魔法が雨霰と飛んでくる。リッチーだけでなく、召喚されたアンデッドの中にも、魔法を使える個体は多く混ざっていたのだ。
実際、空中で撃ち落とされてアンデッドの軍勢のただ中に落下した時は、本気で死ぬかと思った。四方八方から同士討ちさえ恐れず放たれる、無数の武器や魔法の攻撃。おそらく一発でもマトモに喰らって体勢が乱れれば、立て直す暇すら与えられず敗北は確定するだろう。
死の予感に全身が総毛立ち、意識が覚醒したように切り替わる。かつてないほどの集中力。
次の行動は直感に従ったものだった。
広間の床に着地すると同時、木剣を振り回しながら一回転する。
我流剣技【轟刃】変化――【轟円刃】
円状に広がるオーラの刃が爆発し、全周を囲むアンデッドどもを吹き飛ばす。
続けて包囲を脱するために、更なる剣技を放とうとして――唐突に、ここで逃げるとまずいことに気づいた。
すでに戦いは長引いている。その結果、最近では尽きることの無かった魔力が、いよいよ底を尽きそうになっていた。ここで仕切り直せば、持久力の差で確実に負ける。
ゆえに、この時点で俺は一か八かの大勝負に出た。
包囲を脱するために放とうとしていた剣技の方向を急遽変更。群れの最奥にいるリッチーへ向けて、横薙ぎに剣を振るった。
我流剣技【重刃】、【飛刃】――合技【重飛刃】
横一線に木剣を振るい、【重飛刃】を前方に向かって飛ばす。立ちはだかるアンデッドどもを斬り飛ばしながらなおも突き進む【重飛刃】の、その後ろに隠れるようにして俺自身も前へ進み、オーラの刃が拡散し砕けたところで再度【重飛刃】を飛ばす。この繰り返し。
幾度もの【重飛刃】で軍勢を貫き、駆け抜ける。
策も何もない力業だ。
こういった力業は、時に小賢しく考えるよりも良い結果をもたらすことがある。
だが、【重飛刃】で倒せるのは前方の敵、それも一部だけであって、周囲からの絶え間ない攻撃を防ぎ切るのは到底不可能だった。というより、いちいち防いでいては足が止まってしまう。ゆえに、弓矢に魔法に槍に投石、実にバリエーション豊かな攻撃を、俺は体で受け止めた。
「――ぉおおおおおおおおッ!!」
叫び、力と魔力を振り絞る。
死ななければそれで良い。手刀で【スラッシュ】を発動する要領で、全身にオーラを纏う。致命的な負傷を深傷程度に緩和しながら、止まらずに走り抜けた。
そして――俺は何とかアンデッドの軍勢を潜り抜け、冷たい鬼火を眼窩に宿す、リッチーの真正面へ立つ。
ここまで辿り着いた段階で、すでに俺は満身創痍で、死んでいないのが不思議なくらいだ。口の中は血の味しかしない。
もしもリッチー本体との戦いが少しでも長引いていたら、間違いなく死んでいただろう。
だが、不幸中の幸いというべきか、リッチー本体の強さはそこまででもなかった。
「――――」
手にした豪奢な杖を俺に向け、何か魔法を放とうとするリッチー。
「引導を、渡してやる……!!」
だが、この至近では俺が剣を振り抜く方が圧倒的に速い。
ここまで良い様にされた怒りを込めて、大上段から剣を振り抜く。
我流剣技――【閃刃】
その一撃で片がついた。
正中線から縦に両断されたリッチーがその偽りの生命を終えると、召喚されたアンデッドの軍勢が送還されていったのも幸運だっただろう。こいつらがリッチーが消えても戦闘を継続するようだったら、これまた間違いなく死んでいたはずだからだ。
手持ちのポーションでは当然のこと、全ての怪我を癒すことはできず。
俺は瀕死の体で31階層にある転移陣から何とか地上へ帰還し、治療院へと運ばれることになった。
10年を超える探索者人生で、一番死に近づいたのが今回の経験だ。
俺はこれを教訓とし、もしもリッチーと再戦することがあっても、次は楽に勝てるよう、さらに【スラッシュ】に磨きをかけることに決めた。
いやできれば戦いたくないけど。
しかし結果、この経験を教訓に開発した剣技のおかげで、翌年、俺は死に損なってしまうことになる。
●◯●
――≪栄光の剣≫を脱退してから、11年目。
この年のことは、思い出したくもない。
簡単に言えば、スタンピードが起きた。
迷宮内部に魔物が満ち溢れ、
それは地上へと排出された。
俺たち探索者は戦い、
多くの者たちが死んだ。
俺は友を三人喪い、
怒りのままに魔物を斬り刻んだ。
軍勢と呼べる魔物の群れの中心で、
その最奥の魔物へ向かって、
ただただ斬り進んだ。
この戦いを見ていた誰かが、
そいつのことを「極剣」と呼んだらしいが、
俺は「極剣」が自分であると気づくこともなく、
戦いの成果をギルドに報告することもなかった。
混乱の最中、スタンピードの中心に現れた「極剣」が誰なのか、
遠くから戦いを目撃していた者たちの中には、知る者はおらず、
その正体は不明とされた。
――そして、≪栄光の剣≫を脱退してから、12年が過ぎた。
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