第7話 「死線を乗り越えた先にこそ、最強への道は開かれるのよ!」


 ――≪栄光の剣≫を脱退してから10年が経った。



 21階層からは蒸し暑い密林が広がる光景が続く。通称「密林階層」だ。


 出現する魔物は主に昆虫系の魔物が多いが、「ワイルド・エイプ」といった哺乳類系や「カメレオン・バジリスク」といった爬虫類系、さらには「リザードマン」などのヒト型の魔物まで、非常に幅広い種類の魔物が出現する階層だ。


 密林という地形ゆえにただでさえ探索しにくい場所だというのに、襲って来る魔物は擬態したり潜伏したり連携したり罠を張ったりと、面倒な魔物しかいない。


 なので俺はそうそうにこの階層を駆け抜けることにした。


 幸いにして実力的にはすでに問題ないレベルに成長していたらしく、二度と探索したくはないが、何とか切り抜けることができた。


 25階層の守護者は「大猩々」という巨大な猿の魔物で、多数のワイルド・エイプを率いて襲ってくる、これまた面倒な魔物だったが、特殊な能力も少なく、大猩々自体は比較的倒しやすい敵だった。


 そして26階層以降へ進む。


 26階層からは荘厳な地下神殿のような場所が続く通称「冥府階層」だ。


 出現する魔物は想像通りにほぼアンデッド系で統一されていて、レイスなどの肉体を持たない魔物に有効な攻撃手段がなければどうにもならない。


 だが、幸いにして霊体系の魔物には【スラッシュ】のような魔力を利用した攻撃ならば普通に効く。


 つまり、魔法でなくともスキルを使った攻撃ならば、だいたいが有効だ。


 とはいえ通常、俺のように常にスキルを使いまくるような探索者は少ない。スキルというのは「必殺技」もしくは「大技」「奥の手」といった位置付けだからだ。しかし、俺の場合は最小限の魔力消費で【スラッシュ】を放つことができるため、スキルをどれだけ連発しても何の支障もない。


 最近では魔力が枯渇することも、めっきりと無くなっていたくらいだ。


 この階層も半年ほどでそうそうに抜けたのだが、ここを探索している時に、変な女に出会った。


 長い赤毛をポニーテールにした女剣士で、年の頃は外見から判断するに二十歳前後といったところ(ちなみに、この時の俺の年齢は25歳)。きりりとした勝ち気な表情の似合う美人さんだったが、忌憚のない意見を言わせてもらえば、頭のおかしい人物だった。


 というのも、彼女はソロの冒険者だったのだ。


 この危険な迷宮の中を、しかも26層以降というそこそこ深層と呼ばれる領域で、好き好んで一人で探索するなど、どう考えてもマトモではない。


 いやいやお前もソロだろ、とかいう突っ込みは待ってほしい。


 俺の場合は仕方のない事情がある。


 左手の甲に浮かんだ「初級限界印」があるために、俺は他の探索者とパーティーを組んでもらえないのだ。


 まあ、今の実力ならばパーティーを組んでもらえそうな気もするが、特に苦戦しているわけでもない、困っているわけでもない。それに下手にパーティーを組んでしまうと稼ぎが減ってしまう恐れもある。


 それに何より、実のところ新たにパーティーを組もうとしたこともあるのだ。


 あれは確か10階層を突破した時くらいの話だが、他の探索者パーティーに一度だけ参加したことがある。彼らは皆、中級ジョブになってはいたが、はっきり言って実力としては俺以下だった。


 まだまだ若いということもあり、経験が足りていないがゆえに、だ。


 そういった事情もあり、俺は彼らとの探索において十分以上に活躍したと、胸を張って言える。


 だが、探索を終えて魔石や素材を売却したところで、それは起こった。


 彼らは俺に対する分け前を、俺が初級ジョブだからという理由で少なくしたのだ。


 もちろん、俺は文句を言った。探索で活躍したのは間違いないと思っていたし、せめて山分けになるようにしてくれないか、と。


 そんな俺に、彼らは言ったのだ。


「は? 冗談っしょ? 初級ジョブをパーティーに入れてやってんだから、むしろ感謝してほしいくらいなんだけど。報酬を分けるだけありがたいと思ってほしいんですけど」

「ちょいちょい、おっさんってば図々し過ぎんよ、マジで」

「マジで山分けとか要求しちゃう感じ? ないわー。マジないわー」


 彼らは全員、17歳の少年たちだった。


 対して俺は、この時21歳。


 年上として寛容なところを見せねばならないと、俺は我慢しようと思った。


 若造どもがどれだけ生意気な口を利こうとも、暴力に訴えるのは間違っている。ここは大人らしく理路整然とした説得によって、彼らの考えを改めようと思った。


 だが――だ。


 たった一つだけ。そう、たった一つだけ、善良で穏和で平和を好むこの俺をもってしても、許せないことがあった。


「だっ――――誰がおっさんだクソガキどもがぁああああッ!!」


 俺はぶちギレた。


 場所は探索者ギルドのロビーだったが、そんなことは構わずクソガキどもに殴り掛かった。


 すぐに周囲の探索者たちやギルドの職員たちが止めに入ったが、俺は力の限りに暴れまわった。


 21歳は断じておっさんなんかじゃない。それは決して許してはならぬ暴言だったのだ。


 この後、ギルドの偉い人にも怒られたが、反省などしなかった。俺は悪くない。


 ついカッとなってやった。今も後悔していない。


 ――ともかく。


 このような事情もあり、俺はパーティーを組むことに消極的になってしまったのだ。それに「初級限界印」だからと報酬を減らされたりするのも御免だ。


 もちろん、あのガキどものような腐った性根の探索者ばかりではないと頭では理解していたが、拒否感が芽生えてしまったのも事実だ。


 そんなこんなでズルズルとソロでの探索を続けていたのが現状なのである。


 さて、話を戻そう。


 俺が「冥府階層」で出会った女剣士の話だ。


 彼女は俺のように「初級限界印」が左手の甲に浮かんでいるわけでもなく、後で聞いた話だが、この時点ですでに「上級剣士」へとジョブ進化していたらしい。


 間違いなく才能ある人物であり、パーティーを組むのに困ることはないだろう。


 だが、彼女はソロで迷宮を探索していた。


 初めて会ったのは27層でのことであり、彼女はモンスターハウスのトラップを踏んだのか、三十を超える数のスケルトンに囲まれていた。


 致命傷こそ負っていないものの、全身あちらこちらに細かな傷があり、その動きには精彩を欠いている。スキルを使う様子もなく、おそらくは魔力が枯渇しているのだろう。


 彼女の実力がどれほどのものかは知らないが、これでは勝てるはずもない。


 当然、俺は助けに入った。


 集まっているスケルトンの集団は、「スケルトン・ソルジャー」や「スケルトン・メイジ」などの上位種を含む、なかなかに厄介な集団だった。


 しかし、魔力さえ十分にあれば、倒すのに苦労することはない。


 俺は大量の魔力を木剣に集め、虚空を一閃する。


 その挙動によって霧のように周囲へ散布されたオーラを操り、無数の刃と化さしめる。


 我流剣技【轟刃】、【連刃】――合技【轟連刃】


 ナイフのように小さなオーラの刃たちが、スケルトンたちの頭上から降り注ぐ。


 全身が骨である奴らは、通常、隙間が多いために斬撃に対して強く、打撃や衝撃に対して弱い性質がある。


【連刃】だけならば確実に倒すのは困難だが、爆撃のごとき【轟刃】ならば小さな刃一つで一体を確実に破壊できるだろう。


 無数の刃たちがスケルトンどもに衝突し、そして――爆音が次々と轟いた。


 スケルトンどもは文字通り木っ端微塵に砕け散り、爆音が止んだ頃には、無事に立っている個体は一体も存在しなかった。


 赤毛の女剣士が驚愕の表情でこちらを振り返る。


 これが俺と女剣士――フィオナ・アッカーマンとの最初の出会いであった。


 当然、俺としては彼女の危地を救ったのであり、そこまで大仰な感謝は求めないまでも、礼の一つくらいはあるかと思った。いや、常識としてね?


 だが、こちらに近づいてきたフィオナの言葉は、あまりにも予想外だった。


「アンタ、何勝手なことしてくれてんのよ!」


 怒りを浮かべ喧嘩腰で文句を言ってくる。


 いや、これが彼女が苦戦していなかったのなら、探索者の常識として叱られるべきは俺になるだろう。他の探索者が先に手を出した獲物に横槍を入れるのは、重大なマナー違反だ。


 しかしながら、俺の見たところフィオナに勝ち目などなく、率直に言って命の危機だったのは間違いがない。実際、彼女は軽傷ばかりとはいえ、体のあちらこちらに無数の傷を負っており、出血からの消耗は決して軽いものではない。


 そういった場合に助けに入るのは、断じて責められるような行為ではないはずだ。


 俺は怒りよりもむしろ唖然とした。


 だが、何とか気を取り直して、ただ助けただけだと主張する。それの何が問題なのかと。


「あのね、私は自分で望んであいつらと戦ってたのよ! それに私が負けるかどうかなんて分からないじゃない!」


「いや、どう見ても勝てそうになかったんだが」


「あれは自分を追い込んでいただけよ! 死線を乗り越えた先にこそ、最強への道は開かれるのよ!」


「…………」


【神骸迷宮】27層をソロで練り歩くこの頭のおかしい女は、これも後で知ったことだが、強くなるためにギリギリの戦いに身を投じるという、厄介な嗜好を持っていた。


 彼女が目指すのは最強の剣士であるらしい。


 最強とか、何とも香ばしい思想に頭を毒されているじゃないか。そしてそのために苦戦を免れないような強敵へ挑んでいくとか、とんだ脳筋女である。


 以前はパーティーを組んでいたようだが、そんなフィオナの行動についていけなくなり、彼女は元いたパーティーから追い出されたらしい。


 以来、こうしてソロで迷宮へ潜っているのだとか。


 そんな事情を知ったのは後になってのことだったが、俺はこの時点で「こいつはやべぇ奴だ」と確信に至り、関わり合いにならないよう、その場でさっさと別れることにした。


 命を助けて怒鳴られるとかそこはかとなく納得がいかないが、頭のおかしい狂人と付き合っても良いことなど一つもない。


 そんなわけで、もう二度と関わることもないだろうと思っていたのだが――、


「見つけたわよ! 私と勝負しなさい!」


 それから数日後、同じ階層を探索していたのが祟ったのか、再開したフィオナに勝負を挑まれた。


 場所は迷宮。27層。周囲には魔物がゾロゾロと湧いて出る、危険な環境だ。


 そんなところで勝負なんてするわけがない。バカか。


「何でだよ。やるわけねぇだろ。じゃあな」


 俺は相手にせず、さっさと別れようとしたのだが、


「問答無用! 行くわよ!」


 フィオナ・アッカーマンは俺の想定を上回るほどに頭がイカれていた。


 なんと奴は、真剣で斬りかかってきたのだ。


「はあッ!? ちょっ、お前バカか!? 場所を考えろ場所を!!」


「バカはアンタよ! 私は天才美少女剣士って呼ばれてるんだから!」


 二十歳で自分のことを美少女とか言っちゃう奴に、殺されるわけにはいかない。おまけにその「天才」って、頭の良さとは関係ないだろが。


 俺はなし崩し的に木剣を抜き、フィオナと戦うことになった。


 この時点で、フィオナ・アッカーマンは相当に強かった。何しろジョブは「上級剣士」で未だ才能限界にも至っていないのだ。


 しかし、フィオナに勝利するのは思いのほか簡単だった。


 確かにジョブの補正で身体能力は俺よりも高く、多種多様な剣技スキルを使えた。だが、才能ある多くの探索者にありがちなことに、こういった手合いは高い身体能力と高威力のスキルに頼りきりな傾向がある。


 言ってしまえば、戦い方に工夫がない。


 それは才能があればあるほど、顕著だった。なぜなら、身体能力とスキルだけで、どんな魔物相手にもゴリ押しできてしまうから、それ以前の技術が磨かれないのだ。


 フィオナがどんな攻撃をしてくるかなんて、容易に予測できる。ならば攻撃を回避するのは難しくないし、技後の隙にこちらが攻撃を叩き込むのも難しくない。


 そして何より。


 スキルの練度の違いが決定的だった。


 フィオナが放つ剣技スキルの全てを、俺の【スラッシュ】は一方的に、それも易々と斬り裂いてみせた。


 そもそもにして、オーラの密度が違う。フィオナはおそらく、スキルを数多く習得してしまったがために、それぞれのスキルを使い込むこともなく、結果、スキルが熟練することもなかったのだろう。それがゆえにスキルに注ぎ込む魔力の量を変化させることさえできないのだ。


 これもまた、才能ある者たちの才能ゆえの弊害と言えるだろうか。


 ともかく、俺は勝利した。


 もちろん殺すどころか怪我一つ負わせることなく、奴の剣を弾き飛ばすことでの完勝だ。


 それこそ子供扱いされるほど一方的に敗北したフィオナへ、俺は傲然と胸をそびやかして言い放つ。


「ふっ、これに懲りたら二度と挑んで来るんじゃないぞ」


 まったくとんでもない奴だ。いきなり斬りかかって来るとか、頭がどうかしてやがる。


 俺はやれやれと首を振りながら別れ――そして次の日、


「見つけた! 今度こそ倒す!!」


「バカなの!? ねぇバカなのッ!?」


 またしても、奴は平然と迷宮の中で襲いかかってきたのだ。


 これがフィオナ・アッカーマンとの腐れ縁の始まり、その出来事である。


 奴は強くなるために俺に戦いを挑み、俺はその度に奴を叩きのめす。それは迷宮だけでなく、時には探索者ギルドの訓練場などでも行われた。


 はっきり言って俺は被害者であり、俺に非など欠片ほどもない。しかし、その中身はともかく顔面は麗しく、美女そのものであるフィオナを何度も何度も叩きのめした俺は、探索者たちから非難の眼差しを向けられることになった。


 人生とはこんなにも不条理に満ちているものか。


 絶望した。外見の良し悪しで善悪を判断されるこの顔面格差社会に絶望したッ!!


 ちなみに、フィオナ・アッカーマンはこの一年後に固有ジョブ「剣舞姫」に覚醒することになり、探索者の中でも有数の強者として、一躍名を馳せることになる。


 俺は行きつけの安酒場や綺麗なお姉さんがお酌してくれる高級酒場などで、せめてフィオナから被った迷惑のもとを取ろうと、「あの剣舞姫は俺の弟子だ」と吹聴することにした。


「奴は……俺が育てたッ!!」


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