第6話 「銘を黒耀と名付けた」


 ――≪栄光の剣≫を脱退してから九年目。



 この年から俺は、自分で木剣を作るようになった。


 というのも、木剣なんて木材を剣の形に削っただけだし、楽勝だろ、と思ったからだ。


 自分で木剣を作れるならば、何かあって木剣が折れてしまった時、新たに購入する手間も金も省くことができる。


 そんなわけで探索者として働く傍ら、俺は木剣職人の道を歩み始めた。


 しかし、当初は余裕と思われた木剣製作は、困難を極める。


 俺がそれまでに考えていたように、木剣はただ木材を剣の形に削った物ではなかったのだ。


 まずは何といっても素材。


 きちんと硬い木材を選ばなければ、木剣はすぐに折れる。何だったら勢い良く振り回しているだけでも亀裂が走り、折れてしまう。


 テキトーな木材を選んではいけないのだ。


 次に重心。


 剣の形である以上、扱いやすい重心というものがある。剣の形に削り出し、なおかつ最適な重心を取れるようにするのは、素人では難しい。それには熟練の技術を必要とする。


 そして握り。


 柄の部分が手のひらに吸いつくような握りであるかも重要だ。握りが悪ければ、剣を振るっている内に手の中からすっぽ抜けてしまう。それでは幾ら良い素材を使っても台無しだ。


 これら諸々の要素を満たし、きちんと削り出した物が真の木剣と言える。


 通常、木剣とは訓練用に使われる代物で、これ自体を武器として扱う者は少ない。けれど、その考えは間違いだ。


 木剣だって立派な武器なのである。


 出来の良い木剣で頭を強打されれば、頭蓋は砕け、人は死ぬ。


 使い方によっては、容易に人を殺しうる凶器だ。


 俺はこれまで、そのことをしっかりと理解できていなかったのかもしれない。


 実用性もさることながら、木剣道は奥が深い。


 匠が削り出した木剣は、一つの芸術作品と言える。


 剣身部分には精緻な彫刻が施され、華美ではないながらも華やかな拵えの鞘まで付いている。


 使われる素材にもよるが、高価な木剣は下手な金属剣すら優に上回る値段で取引され、木剣を好む木剣マニアたちは、百万人都市と呼ばれるネクロニアにおいて、推定五千人は存在すると言われている(月刊雑誌「木剣道」より抜粋)。


 ことほどさように、この道は奥が深いのだ。


 そんな木剣道へ足を踏み入れ、当初は考えの浅さから木剣作りに苦戦していた俺だが、浅薄な考えを改めるに従って、徐々に上達していくことになる。


 というのも、ジョブの才能はなかった俺だが、木剣職人としての才能には恵まれていたらしい。


 俺は他の職人たちが苦戦する、どんな木材でも意のままに削り出すことができたのだ。


 ――なぜか?


 答えが気になるだろう?


 良いだろう、教えよう。


 なぜならば、俺には【スラッシュ】があった。


 指先に【スラッシュ】を纏い、オーラを高速で振動させ、あるいは高速で循環させる。そうすることによって触れた部分の木材を意のままに削ることができるのだ。


 俺はこの技を【ハンド・オブ・マイスター】と名付けることにした。


【ハンド・オブ・マイスター】を使えば、どんなに硬い木材であっても自在に――それこそ粘土を捏ねるように形を作ることができる。


 複雑精緻な意匠を彫ることも、【ハンド・オブ・マイスター】を使えば可能だ。オーラの先端を針のように尖らせ、他の職人たちでは不可能な彫りを実現する。


 職人として覚醒した俺は、瞬く間に木剣職人界で名を上げていった。


 その代表作となるのが、15階層の守護者たるエルダートレントが稀に残すレアドロップ素材、「エルダートレントの芯木」から削り出した、黒曜石のごとき漆黒の艶やかさを見せる黒き木剣。


 銘を「黒耀」と名付けた。


 俺自身が迷宮で愛用している木剣も、この「黒耀」だ。


 黒耀を使ったからといって戦闘能力が上がるわけではないが、俺が売り出した他の「黒耀シリーズ」は、木剣マニアたちの間で瞬く間に話題となった。


 何しろ「エルダートレントの芯木」はべらぼうに硬く、通常の工具ではろくに削ることもできない。多くの木剣職人たちは何ヵ月、時には何年も掛けて削り出すのが普通で、これに装飾を入れる余力などあるはずもないのだ。


 だが、不可能を可能にした新進気鋭の職人として、俺は方々から注目を集めた。


 そうして俺に、新たな二つ名が贈られる。


 ――「ウッドソード・マイスター」


 木剣職人の匠として、俺は着実にキャリアを積み重ねていた……。


 いつものように酒場で安酒を呷っていれば、俺に気づいた木剣マニアたちから声が掛けられる。


「先生!? アーロン先生じゃないですかッ!?」

「え? うそ? マジ? あのウッドソード・マイスターの!?」

「待ってムリムリ! 待ってしんどい!! えっマジ感激すぎてマジムリなんですけど!!」

「あのあのっ、サインもらっても良いですかっ!?」


「ふっ……構わんよ。順番に並びなさい」


 俺は木剣マニア……いや、この「ウッドソード・マイスター」のファンたちに鷹揚に頷きながら、全員にサインをしてあげた。


 だが、木剣職人として顔が売れすぎて、俺を探索者だと知る者が少なくなったのは、他愛のない話であろう。



 ●◯●



 ともかく。


 この年、俺は16階層から広がる砂漠階層を抜け、20階層の守護者へと挑んだ。


 場所は相も変わらず見渡す限りの砂漠で、波のようにうねる砂山がどこまでも続く光景が広がっている。気温は極めて高く、ただ歩いているだけでも体力が奪われていく過酷な環境。


 相手は獅子の胴体に蝙蝠の羽、蠍の尻尾を持つ巨体で、体高は二メートルを超え、体長はさらにその倍以上もあるだろう。


 複数の生物が入り交じったようなキマイラ型の異形で、何よりもその異様さを際立たせるのが、人間の老人のような皺だらけの顔だ。


 獅子のたてがみの中に、醜悪な笑みを浮かべた人面が覗いている。


 ――マンティコア。


 それが守護者の名前だった。


「くけけけけけッ! 人間が一人で来るとは珍しいのう。良かろう良かろう! この儂が貴様の肉を喰ろうてやろうぞ!」


 深層では人語を話す魔物も珍しくないという話だが、こうして実際に目にするのは初めてだ。


 だが、相手が殺意満々であるためか、言葉が通じる相手でも戦いにくさは感じない。


 俺は鞘に納めていた自作木剣――黒耀を引き抜くと、僅かに腰を落として戦闘態勢をとる。


 マンティコアはその強靭な肉体で近接戦闘もこなす他、尻尾の毒針を喰らうと生半可な解毒ポーションでは解毒できない。かなりの猛毒で、地上へ戻って治癒術師に治療してもらう時間的余裕はないから、大抵の探索者にとって喰らえば確実に死ぬ致死の一撃だ。


 だが、最も警戒すべきは毒針などではない。


 マンティコアは人面の異形であるためか知能が高く、多彩な魔法を使うことで有名なのだ。


 特に得意なのが風魔法と地魔法の複合魔法たる、砂塵魔法。


「埋もれて潰れよ! くけけけけけッ!」


 マンティコアが魔法を発動する。


 初っ端から油断も隙もない、極大の魔法。


 俺と奴との間で地面が波打ち、次の瞬間、巨大な津波のように巻き上がった大量の砂が、俺を圧死させんと押し寄せて来た。


 砂塵魔法――【サンド・フラッド】


 壁のような大質量の砂が、前方から襲いかかる。


 上空に回避することは不可能ではないが、俺はそれを選ばなかった。


 切っ先を下に向けた木剣を、勢い良く振り上げる。


 その斬線に沿って、莫大なオーラが刃と化して迸った。


 我流剣技【飛刃】、【巨刃】――合技【飛巨刃】


 ただひたすらに巨大な刃が前方へ向かって飛翔し、砂の津波を断ち割った。


 そうして出来た一筋の亀裂に飛び込み、【サンド・フラッド】の脅威から脱する。


 砂の津波の向こう側へと駆け抜けた時、しかし、そこにマンティコアの姿はない。


 直後、日差しを影が遮った。


 上。


 マンティコアが頭上から急襲してきた。右前足の鋭い爪撃。続いて自らの巨体を目隠しに、死角から突き出される毒針の一撃。


 俺は木剣に【化勁刃】を纏わせ、それらを弾き、防御する。


「ほっほっほっ! 儂の奇襲を防ぐとは、褒めてつかわそうぞ! しかぁしッ!」


 マンティコアが巨大な蝙蝠の羽をはばたかせ、再び空高く舞い上がる。


 これが、俺が砂津波を上空へ回避しなかった理由だ。奴は自在な飛行能力を持ち、空は奴のテリトリーだから。


 安易に跳躍すれば、反撃すらままならずあっという間に餌食になってしまうだろう。


 だが。


「砂漠にいる限り貴様に逃げ場などないのだ!」


 マンティコアから魔力が放たれる。


 場所は俺の足元。放たれた魔力が瞬時に魔法に変換される。


 砂塵魔法――【サンド・ブラスト】


 足元で砂が爆発する。


 噴き上がる砂の勢いは小さな粒子の一つ一つを凶器に変えた。柔らかい人間の体など、一瞬で血煙に変えるほどの威力を持つ。


「ぬ……? なんじゃあ……?」


 こちらからマンティコアの姿は見えない。


 しかし、奴の戸惑ったような声は微かに聞こえた。


 その理由は、爆発で噴き上がる砂の量が、自身の想定よりも遥かに多かったからだろう。


 我流剣技――【轟刃】


 オーラを爆発させる技術は、すでに【瞬迅】と【空歩】でものにしていた。


 これはそれを刃の形で放った技だ。


 俺は足元で砂の爆発が起こる一瞬前、自らの足元に突き立てた木剣から、【轟刃】を放った。


 地中へ放たれた刃は爆発し、【サンド・ブラスト】の威力を相殺。


 しかし、それは俺の足元でのことで、俺の周囲ではむしろ噴き上がる砂の勢いは相乗された。


 そうして奴の想定よりも多量に噴き上がった砂が、奴から俺の姿を覆い隠した――瞬間、俺は跳躍した。


 ――【瞬迅】


 足裏からオーラを放ち爆発させる。


 その反作用で高く高く跳躍した俺に、マンティコアが気づいたのは、


「――なッ!? 貴様、いつの間に!?」


 すでに間合いに捉えた後だった。


「じゃあな」


 空中で木剣を一閃する。


 それは俺が使える剣技の中でも、最も高い威力を誇る。ただただ速く、超高密度に練り上げたオーラの刃で敵を斬り裂くことに特化した剣技。


 我流剣技――【閃刃】


「ば、かな……!」


 容易く両断されたマンティコアが、驚愕の表情を貼りつけて地面へ落下していく。


 同じく落下した俺は足裏からオーラを放って落下速度を殺し、難なく地面に着地した後、木剣を鞘に納めながら恥ずかしげに呟いた。


【閃刃】とか技名を付けたのは良いが、要するにこれって、


「ただの【スラッシュ】だからな」


【スラッシュ】を使い続けた結果、いまや俺の【スラッシュ】は凄まじい威力になっていた。


 オーラを自力で操れるようにはなったが、スキルの熟練により、結局は【スラッシュ】を使う時が一番強力にオーラを練り上げることができる。


 言うなれば、ちょっと気合いを入れた【スラッシュ】が【閃刃】というわけだ。


 まあ、とにもかくにも。


 これで20階層突破だ。


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