第5話 「棒切れでも同じだ」


 ――≪栄光の剣≫を脱退してから、七年が過ぎた。



 俺はソロで11階層以降へ潜り、そこで戦い続けている。


 はっきり言って、金ならそんじょそこらの探索者たちより、よほど稼げるようになっていた。


 何しろ取り分をパーティーで分ける必要もないのだ。探索の成果は全て俺一人の物――である以上に、手に入る魔石や素材の単価が上がっていることが理由だ。


 もはや、普通に暮らすだけなら金の心配をする必要はないし、何だったら週に二日くらい迷宮に潜るだけでも、生活するための金を得るには十分だった。


 だが、俺は普通の探索者と同じ程度には、迷宮へ潜り続けた。


 金は大好きだ。金は大切だ。金のために探索者になったと言っても、過言ではない。


 だけど、それが理由の全てではなかった。


 もう半分の理由のために、俺は迷宮へ潜り続ける。


 そうして戦い続ける内に、俺の【スラッシュ】は更なる変化を遂げていた。


【スラッシュ】とは要するに、オーラへと変化した魔力で剣を覆い、そのオーラでもって対象を斬るスキルなのだ。この時、オーラに籠めた魔力が十分であれば、あるいはオーラが無駄なく練り上げられていれば、剣を使う必要はない。


【スラッシュ】で剣が必要になるということは、オーラの構成が甘く、オーラの刃だけで対象を斬り裂けていないのが原因だ。


 真の意味で【スラッシュ】のみで敵を斬り裂くことができる。


 俺は既に、その領域へと足を踏み入れていた。


 手や足にオーラを集め、刃の形へと練り上げ、対象と接触した際に消耗するオーラ量を見積もって、必要な魔力を籠める。


 少々特殊なジョブで覚えることができる【手刀】や【足刀】と呼ばれるスキル。その模倣だ。


 だが、ここまで出来るようになると、そもそも剣を持つ意味が薄れてくる。


 もちろん、手足を武器に振り回すより、間合いの長い武器を振るった方が強いのは当然だ。間合いが長ければ、ただそれだけで有利だし、長い得物の方が先端部分の攻撃速度は飛躍的に向上する。それは単純に破壊力が高まるということを意味してもいる。


 だが、真に【スラッシュ】だけで敵を斬り裂けるならば、わざわざお高い金属製の剣を持つ意味はない。極論すれば、棒切れを振るっても剣と同じ働きをさせることができるのだ。


 俺は探索者となってから三代目となる愛剣(一代目、二代目は折れた)を武器屋に売り払い、訓練用に販売されている木剣を購入した。


 試しに浅い階層で魔物を斬ってみたが、やはり問題はなく、オーラの刃さえしっかりと練り上げれば、金属剣と遜色ないレベルで魔物を斬れる。


 なので、そのまま木剣を持って戦い続けた。


 そんな俺の姿を他の探索者たちが目撃していたのだろう。いつしか、俺には「才無し」以外の二つ名が付いていた。


 ――「バカ」


 いやちょっと待てよッ!?


 果たしてこれを二つ名と言って良いのかは分からない。ってか、普通に二つ名でも何でもねぇわ。シンプルに侮辱だろ。


 はっきり言ってかなりムカついていたが、俺をバカバカ言う奴ら全員に喧嘩を売っていてはキリがない。


 ここは俺が大人になって我慢すべきなのだろう。


 大人だ。大人になるんだアーロン・ゲイル。奴らは俺の実力を見抜けない程度の奴らなんだ。そんな体たらくでは、どうせすぐに迷宮で死ぬに決まっている。そんな奴らにいちいち腹を立てても仕方ないじゃないか。


 俺は酒場で安酒を呷りながら、自らにそう言い聞かせていた。


 キレてないですよ。俺をキレさせたら大したもんで――


「お、お前ら見ろよ。才無しのバカのクソ雑魚野郎が酒飲んでやがるぜ」


「てめぇえええああああッ!! 上等だ表出ろぶっ殺してやらぁああああああッ!!」


 ――とまあ、時には仕方のない事情により乱闘となり、酒場を出禁になることもあったが、良い思い出というやつだろう。


 ともかく。


 俺は周囲にバカにされ、嘲笑され、時に奇異な視線を向けられながらも戦い続けた。


 そうして八年目、15階層の守護者に挑む。


 場所は相変わらずの草原。風景は牧歌的で、どこか郷愁の念を想起させる。


 だが、俺の目の前にいる守護者はのんびりとした風景にそぐわない化け物だった。少なくとも、その実力は。


 ――エルダートレント。


 樹齢何百年も経たような、巨大な大樹の魔物。


 それが草原のただ中に、傲然と聳え立っていた。


 高さは優に二十メートルを超え、幹の太さは熟練の樵でさえ斧を投げ捨てるほどに太い。一見するとただの巨木に見えるが、油断して近づけば、地面から飛び出してくる無数の根によって拘束され、養分にされることは間違いない。おまけにこいつは魔法も使う。


 通常は炎の魔法によって焼き殺すのが、正しい討伐方法だ。


 それだって生半可な火力じゃあ燃やすことはできないから、かなり強力な炎魔法、あるいは多数の魔法使いが必要になる。


 魔法を使えない近接職だけで倒せるような敵ではない。大量の油を運んできて、それで燃やすという手もあるが、金も労力も掛かりすぎる。これは実際に行われた討伐方法の一つではあるが、ソロの俺にとっては現実的ではない。


 だが倒す。倒せる。今の俺ならば。


 木剣を右手に下げながらエルダートレントへ悠然とした足取りで近づいていく。巨木はただの樹木であるかの如く、何の反応も見せない。


 ――と。


 地面。


 振動。


 直後に足元から突き出された無数の樹木の根は、先端が鋭い槍のように尖り、下手な金属よりも硬い。


 回避せねば全身を貫かれて早贄のようになる他ないが、広範囲から突き出される根槍の範囲攻撃から逃れるには、前後左右のどこへ動いても間に合わない。


 ゆえに、俺は高く高く――地上10メートルを超えるほどに高く、跳躍した。


 ――【瞬迅】


 足の裏から放った【スラッシュ】……正確には爆散する性質を持たせたオーラを放ち、その反作用で高速移動するために編み出した技だ。


 俺の足元で地面が抉れ、一瞬にして根槍の先端から逃れる。


 高く跳び上がった俺へ、しかし、エルダートレントは当然のように追撃してきた。


 それは根による攻撃でも、枝による攻撃でもない。


 風魔法。


 大気を操り刃と化さしめ、敵を切り裂く風魔法――【エアリアル・カッター】


 透明な大気の刃。数は数多。迫り来るは上下左右、四方八方。


 空中にある俺では回避は不可能?


 いや、そうではない。


 俺は木剣にオーラを纏わせると、更に足にも纏わせ、何もない虚空を蹴りつける。


 盛大に轟く爆音がした。


 ――【空歩】


【瞬迅】よりも足裏から放つオーラの爆発力を高めれば、空中にあっても移動に十分な反作用を得ることができる。


 それによって空中で弾かれたように軌道を変え、移動する。


 しかし、大気の刃は俺を球状の檻のように囲んでいた。


 狭い部屋の中で高速移動すれば壁面にぶつかるように、まるで壁のごとき密度の攻撃に、自ら突っ込んでいく形となる。


 だが、これで良い。


 全ての魔法を一度に受けるよりは、自ら突っ込んで一面の攻撃に対処する方が、幾らか楽だ。


 そして、透明な刃といえど、完全に目に見えないわけではない。圧縮された空気は光を歪め、陽炎の如く見えざる刃を可視化している。加えて刃に籠められた膨大な魔力が、たとえ見ていなくとも何処から襲って来るかを教えてくれる。


 ならば対処は簡単だ。


 視界の中で迫り来る無数の刃に向かって、俺はオーラに覆われた木剣を振るう。オーラに触れた大気の刃は、その軌道を弾かれたように急激に変化させる。剣技スキル【パリィ】を、さらに改良した剣技。


 我流剣技【化勁刃】


 弾く刃は最小限で良い。


 弾かれた刃が別の刃へとぶつかり、その内に秘めた破壊力を解放する。それは次々と周囲の刃を誘爆させ、瞬く間に無為な爆風となって散華する。


 大気の刃の壁に、穴が穿たれた。


 もう一度【空歩】を発動して、その穴から檻の外へ逃れる。


「今度はこっちの番だ……!!」


 歯を剥いて獰猛に笑う。


 既に恐怖は好戦的な気分に上書きされている。愉悦。敵よりも自分の方が上回っているという確信。


 俺は木剣に魔力を籠める。


 籠める魔力の量は莫大。


 今の俺が持つ半分以上もの魔力を一度に消費する。


 俺は空中で剣を振るった。


 振るわれた先は虚空。間合いは遥か遠く、木剣が届くわけもない。かといって、【飛刃】を放ったわけでもなかった。


 我流剣技――【連刃】


 木剣から霧のように広範囲へと解放されたオーラが、空中で凝集していく。凝集したオーラは刃と化す。ただし、その数はエルダートレントの魔法のように、数多だ。


 放出したオーラを複数の剣の形へ変化させ、それを飛翔させることで広範囲を攻撃する、剣技スキルとしては珍しい【オーラソード・レイン】


 それを模して編み出したのが、この【連刃】だ。


 ただし、刃はただの刃でしかなく、剣の形はしていない。そして【オーラソード・レイン】のように融通が利かないわけでもない。


 俺は刃と化したオーラを、さらに操作する。


 我流剣技【連刃】変化――【集連刃】


 エルダートレントの太い幹、その一点へ向かって、全ての刃がざあっと殺到した。


 一撃で一刀両断するには、エルダートレントの幹はあまりにも太すぎる。だが、一撃で無理なら何度でも刃を叩き込むだけだ。


 一つ一つはさほどでもない威力の小さな刃たちが、ひたすらに同じ場所を穿ち続ける。


 穿つ。穿つ。穿つ!


 間断のない破砕音は、俺が地面に着地した後も続いた。


 エルダートレントは刃の驟雨を嫌がるように巨体を微かに捩らせたが、その巨体ゆえに奴はその場から動くことはできない。


 やがて、太い幹の半分以上を抉られたエルダートレントは、自重に耐えきれなくなって真っ二つに折れた。


 上半分の大質量が大地を打ちつけ、地震のように辺りを揺らす。


 そうして役目を負えたかのように骸を魔力へと還元していく。


 エルダートレントが消えた後の地面には、奴が上に乗って隠していた、16階層へ続く階段が姿を現していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る