第4話 「全ての剣技に必要な極意が含まれている」


 リオンたちと別れてソロになってからも、俺は迷宮に潜り続けた。


 1階層、2階層、3階層あたりで同じ魔物だけを狩り続ける。最初の二年はずっとそんな調子で、4階層には向かわなかった。


 というのも、4階層からは基本的に魔物が群れを作っている。だからソロでは危険なのだ。対して、3階層までなら群れを作っていることは皆無ではないが、少ない。


 比較的安全な場所で、雑魚だけを狩り続けるソロの探索者。


 しかもその左手には「初級剣士」で才能限界を迎えたことを示す、特徴的な黒い紋様――「初級限界印」と呼ばれる――が浮かんでいる。


 となれば、探索者界隈で俺のことが噂にならないはずがなかった。


 いつしか、俺には「二つ名」が付いていた。


 何か人並み外れた活躍をした探索者は、「二つ名」で呼ばれることがある。


 それは名誉な称号だ。


 だが、俺に贈られた二つ名はそうではなかった。


 ――「才無し」


 それが俺の二つ名だ。


 まったくもって単純にして明解で、否定の余地もない二つ名。


 他の探索者たちにバカにされ、嘲笑されるのはムカついたが、俺は努めて気にしないようにした。


 大人だ。大人になるんだアーロン・ゲイル。どうせあんな奴らは迷宮ですぐに死んじまうさ。そんな奴らに怒ったところで無駄ってもんだろ? だからここは大人の余裕を見せつけておけば良いのさ。


 俺は酒場で安酒を呷りながら、自らにそう言い聞かせていた。


「お、見ろよお前ら。才無しのクソ雑魚野郎が飲んでやがる」


「てめぇえええああああッ!! 上等だ死ねやぁあああああッ!!」


 ――という感じで、乱闘に発展した挙げ句、酒場の一つを出禁になったのも良い思い出だ。


 ともかく、俺は誰に何と呼ばれようが、迷宮に潜り続けた。


 浅い階層の魔物が落とす魔石や素材は単価が安いため、稼ぐためには数を狩らなきゃならない。ひたすらに魔物を探し回り、確実に一撃で倒すために【スラッシュ】を叩き込んでいく。


 もしも「中級剣士」くらいのジョブ補正があれば、スキルを使わなくても低階層の魔物くらい一撃で倒せるのだが、残念ながら俺はそうではない。


 無用な反撃。無用な危険。それらを極力排除するためには、【スラッシュ】で確実に倒していくしかなかった。


 だが、スキルを使えば魔力を消費する。攻撃に魔力を消費しなければならないとなれば、継戦能力は低下する。一日に狩れる魔物の数も限られてくる。


 危険を承知でスキルを使わないという手もあったが、俺は【スラッシュ】を使い続けた。


 雑魚とはいえ魔物を倒し続ければ、魔力は勝手に増えていく。迷宮では避けられる危険を許容した奴から死んでいくのだ。


 そして結論から言えば、俺の選択は正しかった。


 もちろん魔力は増えていったが、そうじゃない。


【スラッシュ】を使い続けることそのものが、俺を強くしてくれたのだ。


「スキルの熟練」と呼ばれる現象がある。


 同じスキルを何度も繰り返し使い続けた時、そのスキルを発動するための消費魔力が減少したり、威力が向上したりする現象のことだ。


 そもそもスキルというのは、誰が使っても同じような効果を発揮するような、そんな画一的な技ではない。


 本来は神代の英雄たちや神々が使っていた技能を、才能に拘わらず誰でも使えるようにしたものがスキルだと聞いている。


 それは技術であり、そこには熟練する余地がある。


 スキルを使い込むことでスキルに対する理解は深まり、変化させ応用することができるようになってくる。


 たとえ最も基本的な剣技スキルと言われる【スラッシュ】であっても、それは同じだ。



 そして一年。



 たった一つしかスキルがないゆえに、【スラッシュ】だけを繰り返し使い続けた俺には、明らかな変化が生じていた。


 まず、最初の頃は三十体も魔物を狩れば、魔力が枯渇していた。


 しかし、一年経った頃には、百体の魔物を狩っても魔力が切れることはなくなっていたのだ。


 それは魔物を倒し続けて魔力を吸収し、最大保有量が上昇したのも理由の一つだろう。だが、魔力の上昇は魔物の持つ魔力量によって大きく変わる。


 雑魚しか狩っていない俺では、そこまで大きな変化が起こるはずはなかった。


 となれば、残る理由は一つしかない。


【スラッシュ】に熟練することによって、【スラッシュ】に必要な魔力量が減少したのだ。


 他の真っ当な探索者たちと比べれば、如何にも小さな変化だろう。だが、それは小さくはあれど、確実に進歩と呼んでも良い変化だった。


 俺は【スラッシュ】し続ける。



 そして三年が経った。



 一人での戦闘にもずいぶんと慣れた。


 弱い魔物相手であれば、一撃で確実に倒すことができる。それが群れであっても、立ち回りを工夫することで、危うげなく勝利することができるようになった。


 二年を過ぎたところで四階層へ進み、俺は一日で百五十体の魔物を狩るようになっていた。


 それでも魔力には、多少の余裕がある。


 4階層と5階層を主な狩り場とし、生活のために日々魔物を狩り続ける。危険だが単調な日々。


 だが、確実に【スラッシュ】は進化を遂げていた。


 通常、【スラッシュ】というスキルは、剣を振った瞬間に剣身を魔力のオーラが覆うことによって、斬撃の切れ味と威力を高めるスキルだ。


 剣をオーラが覆うのは攻撃のための僅かな時間でしかない。


 しかし、俺は意識的にその時間を長くすることに成功した。


 攻撃の瞬間じゃなくても、常にオーラを剣に留める。それは単に魔力の無駄に思えるが、そうではなかった。


 オーラに覆われた長剣は、刃の部分じゃなくても触れるものを弾いた。


 ゴブリンどもの投石や弓矢の攻撃だけではない。群れの中に時折混じる上位種、ゴブリン・メイジが放つ魔法の攻撃さえも、オーラは弾いてみせたのだ。


 それは【パリィ】と呼ばれる剣技スキルと、ほとんど同じ効果だった。


 それまで回避するしかなかった魔法攻撃への対処法が増えたことによって、戦闘は格段に楽になる。


 俺は5階層の最奥の間へ進み、配下を従えたゴブリン・キングを倒した。



 そして六年が過ぎる。



 この頃になって、俺はかなり「自由」に【スラッシュ】を使えるようになっていた。


 オーラの刃へさらに魔力を籠めることによって、斬撃の威力を飛躍的に高めることに成功した。


 斬撃と共にオーラの刃を剣から分離し、敵へ向かって飛ばすこともできるようになった。


 それらは通常であれば、【ヘヴィ・スラッシュ】や【フライング・スラッシュ】と呼ばれるべきものだろう。


 だが、俺にはそれらのスキルはない。飽くまでも使っているのは【スラッシュ】のはずだ。


 しかし、【スラッシュ】を熟練する内に俺も気づいていた。


【スラッシュ】には、全ての剣技に必要な極意が含まれている、と。


 要するに剣技スキルとは、オーラを使った技術に過ぎないのだ。


 体外に放出したオーラを時には留め、あるいはさらに強化し、体から切り離して操作する。


 剣技スキルとは、そういった技術の応用系に過ぎない。


【スラッシュ】に熟練することによってその性能が強化され、さらにはオーラの操作性が拡張されることによって、俺は覚えていない剣技スキルを模倣することができるようになっていった。


 本来なら自動的に発動されるスキルの、マニュアル発動、とでもいうべき行為。


【スラッシュ】に熟練することによってオーラを操作する感覚が掴めたからこそ、可能になった技術だ。


 威力を強化した一撃に遠距離攻撃、そして【パリィ】もできるなら十分だろう。


 かつて仲間たちと進んだ階層を、今度は一人で進んでいく。


 6階層から10階層。「遺跡階層」と呼ばれる領域の、一筋縄ではいかない魔物を、5階層以下の雑魚と同じように一撃で屠っていく。


 不思議と、以前よりも楽に踏破して。


 そうして今度は、六年ぶりにミノタウロスの前に立った。


「久しぶりだな、ミノタウロスくん」


「――ブモォオオオオッ!!」


 感動の再開。


 万感の想いを込めた俺の挨拶に、ミノタウロスくんは再開の喜びを表すかのように、元気良く叫んだ。巨大な鉄塊のごとき戦斧を振り上げて、興奮のままに俺を殺さんと駆けてくる。


 対して俺は、その場から動かずに剣を一振りしただけだ。


 我流剣技【重刃】、【飛刃】――合技【重飛刃】


 言うなれば、【ヘヴィ・スラッシュ】と【フライング・スラッシュ】の合わせ技だ。


 虚空を切り裂いた斬線から飛び出すように、オーラで出来た巨大な刃が飛翔する。


 容易く回避など出来ないほどの高速。


 刃は真っ直ぐに疾走してきたミノタウロスくんを捉えた。


 袈裟がけの斬線がミノタウロスの巨大な胴体に走り、直後、その巨体が両断される。


 ミノタウロスくんは俺に戦斧を届かせるよりも遥か手前で力尽き、ずるりと巨体が二つに分かたれると、突進の慣性のままに石の床へと勢い良く転がった。


 魔力へ還元されていくミノタウロスくんを見つめながら、俺はようやくここまで来たかと、過去を回想する。


 この日、俺は六年ぶりに11階層へ降り立った。


 かつて仲間たちと一度だけ見た、草原が広がる階層に。


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