第2話 「確かに俺たちの友情は、永遠に不滅だ」
「――というわけで、アーロン君は≪栄光の剣≫を卒業することになりました!」
わー! パチパチ!
【神骸都市ネクロニア】の一画、探索者ギルドから程近い安酒場の中で、リオンがエールの入った杯を掲げながらそう言った。
同じテーブルに着いた≪栄光の剣≫のメンバーたちが、白々しくも拍手をして追従する。
俺は両の拳をテーブルに勢い良く叩きつけ、この憤懣やるかたない気持ちを吐き出した。
「ズッ友だと思ってたのによぉおおおッ! この裏切り者どもがッ!!」
【神骸迷宮】10階層の番人、ミノタウロスを倒して迷宮から帰還し、それからすぐの話である。
あのボス部屋で確かめ合った友情は幻だったかのごとく、こいつらは俺に「才能限界」が訪れたと知るやいなや、あっさりと手のひらを返しやがった。
いつものように迷宮で手に入れた魔石やアイテムを探索者ギルドで売却すると、そのまま俺のパーティー登録の解除申請を出したのだ。
探索者パーティーの登録は、パーティーメンバーの過半数以上の申請があれば、本人の許可なく解除することができる。
俺以外の全員が解除申請に賛同したために、俺は為す術もなく≪栄光の剣≫のメンバーから外されてしまったのだ。
「いやいや、アーロン、裏切り者って言うけどよぉ」
リオンが「まあまあ」とでも言うように手を動かしながら、
「俺たちはお前のためを思ってパーティーから外したんだぜ?」
そうだそうだ、と仲間たちが頷く。
まるで自分達は悪くない、とばかりの態度。
こいつらに非があるかどうかは……まあ、置いておくとして、俺には言いたいことがある。
「ふざけんな! 俺たちはズッ友じゃなかったのかよッ!? 俺たちの友情は、絆は、たかが「初級剣士」で「才能限界」になったくらいで失われる程度のものだったのかよッ!? 違うだろおい!? 俺たちの友情は永遠に不滅だろ!?」
リオンたちとパーティーを組んでから半年、色々なことがあった。
迷宮に潜ったり、下らないことで殴り合いの喧嘩をしたり、運良く宝箱を見つけたり、それで得た大金を手に童貞どもが揃って娼館へ行ったり……とても一言では言い表せない。友というよりも穴……いや、色んな意味で兄弟に近い存在だ。
そう、思ってたのによぉ……ッ!!
「確かに俺たちの友情は、永遠に不滅だ」
リオンは俺が責めるのに堪えた様子も見せず、真面目くさった表情で言う。
「俺たちがある意味で兄弟であることも、ずっと変わらない事実だ。でも……だからこそだ。分かるだろ、アーロン?」
「…………くそッ」
俺は諦めたように悪態を吐き捨てた。
分からないはずがなかった。
こうなることは分かっていた。
すでに成長が止まってしまった俺と、まだまだ成長の余地があるリオンたち。
リオンたちはこの後も、さらに迷宮の深層を目指すだろう。だけど、俺ではそれについて行くことはできない――ということが。
それでもなお、無理について行こうとすれば、きっと俺は死ぬことになる。
いや。俺が死ぬのなんてどうでも良い。一番最悪なのは、俺がリオンたちの足を引っ張って、無用な危険に晒してしまうことだ。俺の実力不足で、リオンたちを死なせてしまうことだ。
そんなのはダメだ。
そんなことになれば、きっと俺は自分で自分を許せないだろう。
だから、こうなることは必然。俺だって本気で駄々を捏ねていたわけじゃない。
「分かってんだよ…………でも、楽しかったんだよ……」
声が震える。俯いた顔から涙が零れた。鼻水まで出て、顔はもうグシャグシャだ。
――楽しすぎた。
こいつらとパーティーを組んで、バカをやって、はしゃいでいるのが楽しすぎた。
だから、別れがたく思ってしまったのだ。
こんなにも楽しい毎日が終わってしまうのが、寂しくてたまらなくて、結末は分かっているのに縋りつこうとしてしまった。
たぶん、コイツらと出会わなければ、俺は未だに……、
「へっ、何泣いてんだよ、アーロンバカ野郎」
似合わない俺の思考を、仲間たちの声が遮る。
顔を上げると、全員が涙を堪えるような、不細工な顔をしていた。
「言っただろうが、俺たちの友情は永遠に不滅だって」
「そうだぜ。何たって、俺たちは一人の女を巡って争った仲じゃねぇか」
「アイラちゃん(娼婦)の指名争いだけどな」
「ちな、アイラちゃんと結婚するのは俺だけどな」
リオンたちの軽口に、完全に繋がりが失われるわけではないと思えた。
少なくとも今は、こいつらも俺のことを友だと思ってくれているはずだ。
だから泣くのはもう止めよう。
俺は涙を拭い、笑みを浮かべて、言った。
「アイラちゃん、今度結婚するってよ」
なぜか今日一番の悲鳴があがった。
ざまあみろ。
●◯●
「――で、これからどうするんだ、アーロン?」
俺の新たな門出を祝う壮行会という建前の飲み会は、宴もたけなわといったところだった。
その頃になって、リオンが俺に問う。
「一般系か生産系のジョブに転職するんだろ?」
いや、それは問いというよりも、確認といった方が正しいかもしれない。
ジョブというのは神々から非力な人間に与えられた力だ。
その力は基本的には、魔物という脅威に対抗するためのものである。しかし、だからといって全てのジョブが戦闘に適したものであるわけではない。
むしろ、種類としては戦闘系のジョブは少ない部類だろう。
たとえば全人類が剣士や魔法使いになったところで、魔物を駆逐できるかと言うと、そうはならない。むしろ全人類が戦闘ジョブに就いてしまえば、遠からず人類は滅ぶことになるだろう。
人間の社会や文明を――ひいては戦う者たちを支えるためには、戦う者たち以上の生産力が必要だ。
食料を作る者、衣服を作る者、建物を建てる者、武器を作る者、組織を運営する者、商売をして様々な物品の流通を行う者――魔物と戦うためには、それらの人々の力こそ軽視することはできない。
ゆえに、神々から与えられるジョブには戦闘系以外の「一般系」と「生産系」のジョブがある。
教会へ行けば「初級剣士」である俺でも、今のジョブの力を失う代わりに、どちらかのジョブを得ることができる。
「商人」や「大工」や「鍛冶師」や「農民」など、細かい区分こそ選択することはできないが、転職したジョブで才能が開花することも十分にあり得るはずだ。
リオンは当然、俺が探索者を辞めるという前提で聞いている。
「いや、転職はしねぇ」
だが、俺は探索者を辞めるつもりはなかった。
「お前…………死ぬぞ?」
リオンは俺の返答に目を見開き、それから何かを躊躇うように口を開閉させた後で、そう言った。
周りで話を聞いていた仲間たちも、雑談を止めてこちらを注目している。
やはり、俺の返答が予想外だったのだろう。
「そうかもな」
俺はあっさりと頷いた。
「初級剣士」で「才能限界」が訪れ、おまけにスキルは【スラッシュ】しか覚えていない。そんな俺をパーティーに入れてくれる探索者など、探したところでいるわけがない。
だから、俺はきっとこの先、二度とパーティーは組めないかもしれない。ずっとソロで活動することになるだろう。少なくとも、その覚悟は必要だ。
そしてソロの探索者なんて、ただでさえ死亡率の高い探索者たちの中でも、真っ先に死ぬ確率の高い存在だろう。
――間違いなく死ぬ。
そう思っておいた方が良い。
それでも、俺は探索者を辞めるつもりがない。
「まだ、恨んでるのかよ?」
リオンの問いは、気遣わしげだった。
誰にも触れられたくないことはある。そんな心の柔らかい部分に、あえて踏み込むからこその遠慮。
しかし、俺は努めて笑みを浮かべて返した。
「恨むったって、もう相手がいねぇよ。そんな真面目な話じゃねぇ。ただ……」
恨みとか復讐とか、そんな理由で探索者を続けようというのではない。
それは本当だった。だけど、この後に告げた言葉は、半分だけ嘘だ。
「ただ……探索者の方が金を稼げるだろ? 俺は金が大好きだからな」
探索者は命をかける職業だ。その危険度は他のあらゆる職業を遥かに上回る。
高位探索者たちの煌びやかな活躍の影で、6割の探索者たちが人知れずに死んでいく。五体満足で探索者を辞めることができれば、かなり上等な部類だろう。
それでも探索者となる者は多い。
なぜなら、稼げるからだ。
地縁や血縁、コネがなくとも、それこそ孤児であったとしても、才能と実力さえあれば稼いで成り上がることのできる、ほぼ唯一と言っても良い職業――それが探索者だから。
「まあ、とは言っても安心しろよ。さすがに金目当てに深い階層に行ったりはしねぇ。しばらくは2~3層の浅い場所でチマチマ稼ぐさ」
おどけたように話す俺に、リオンはずっと眉間に皺を寄せたままだ。
迷宮の浅い場所でも、何とか生きていくくらいは稼ぐことができる。それでも危険に代わりはないし、生きるか死ぬかは運次第。そして何度もサイコロを振っていれば、必ず出目の悪い時が来る。
「金……金か……」
「そう、金のためだ」
「そうか……なら、仕方ねぇのかもな」
リオンも、他の仲間たちも、それで言いたいことを呑み込んだ。
なぜなら全員、知っているから。
俺たちみたいな探索者にとって、金というのは常に命の次くらいには大事な物だ。時に、それは分の悪い賭けであっても命をベットするのに値する。
それに今さら転職したところで、まともに稼ぐことができるかどうか。
職人の道へ行くなら弟子入りしないとならないが、コネもなしに拾ってくれる工房があるかは分からない。農民系のジョブを得たとしても、そもそも農地などあるわけもない。
すぐに働ける仕事といったら、人足か建設現場の資材運びくらいのものだろう。
そしてそれらは、まともに生活できないほどに稼ぎが少ない。ならばこのまま低階層をうろつく最底辺であっても、探索者を続ける選択肢は普通に「あり」なのだ。
「まっ、しばらくは貧乏暮らしになるだろうし、稼いだら奢ってくれよ」
暗い雰囲気を払拭するように殊更明るい調子で言う。
リオンもそれに乗り、ニヤリ笑って杯を掲げた。
「分かった分かった。哀れな貧乏人に恵んでやるとするか。ただし、俺らが貧乏じゃない時にな」
「そいつぁ期待できそうもねぇな」
この日、俺たちは店が閉まるまで笑い合いながら過ごしたが、それはどこか作り物めいた白々しさを感じさせた。
俺を含めて全員が、遠くない未来に俺の死を予感していたからだ。
だが、結論から言うと――その予感は外れることになった。
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