【完結】極剣のスラッシュ ~初級スキル極めたら、いつの間にか迷宮都市最強になってたんだが~

天然水珈琲

第1話 「俺たちは、最高の仲間だ」


 俺の名前はアーロン・ゲイル。15歳。


 世界最大の迷宮を擁する、世界最大の都市【神骸都市ネクロニア】で、迷宮探索者として働く一人だ。


 といっても探索者になったのは半年前で、まだまだ新人と呼ばれる立場。


 それでも俺――いや、「俺たち」は、新進気鋭のパーティーとして界隈ではそこそこ名も知れるようになっていた。


 探索者パーティー≪栄光の剣≫


 新人が名乗るにしては名前負けし過ぎているが、最近ではそのことでからかわれることも少なくなってきた。


 何しろ、俺たちは既に【神骸迷宮】の9層までを突破し、今まさに10層を突破しようとしているのだから。


 10層と言えば探索者の下級と中級を隔てる最大の壁と言われている。


 どうしてもここを突破できずに、ずっと下級で燻っている探索者も多い。


 10層より下へ行けるかどうかで、探索者の未来は変わる。


 ゆえに、気合いも入ろうってなもんだ。


「――アーロン!」


「任せろ!」


 10階層、最奥の間。


 俗に「ボス部屋」と呼ばれる場所で、俺たちは中級への壁、その最後の試練に挑んでいた。


 ボス。守護者。番人。


 呼び方は色々あるが、要するに下層へ続く階段を守護する魔物だ。


 そして10階層の守護者は人身牛頭の巨大な魔物――「ミノタウロス」


 身長は3メートルを優に超え、体躯は鋼を束ねたような隆々とした筋肉に鎧われている。


 右手にはまさに「鉄塊」とでも評したくなるような巨大な戦斧を握っていて、それを小枝でも振るかのように軽々と振り回す。


 厄介な魔法やスキルは使わない単純な相手とはいえ、繰り出される戦斧の一撃は下級の探索者にとってはどれも一撃必殺の威力を誇る。


 強敵だ。


 僅かな油断が、即、死に繋がる。


 だが、負ける気はしなかった。


 俺たち≪栄光の剣≫のリーダーたるリオンの指示を受けて、俺は前へ飛び出す。


「――ブモォオオオオッッ!!」


 体の芯まで震わせるような雄叫び。


 大上段から振り下ろされる戦斧の一撃。


 強力な攻撃だが、それゆえに動きは読みやすい。


 跳躍するように右斜め前方へ進行方向を変え、致死の一撃を回避した。


 俺のすぐそばを通り過ぎた巨大過ぎる鉄塊が、古代の神殿のような石造りの床を叩き、爆発のごとき轟音と共に最奥の間を震わせる。


 しかし、それに俺が萎縮することはない。


 戦意に昂った精神は、死の恐怖さえも興奮に変える。


 攻撃の直後、奴に生じた一瞬の硬直。


 その隙を見逃すことなどありえない。


 俺はすでに間合いの内に、奴の巨体を捉えていた。


「スゥゥウウラァアアアアッシュッ!!」


 剣技――【スラッシュ】


 両手に握った長剣を振り抜く。その剣身を青いオーラが覆い尽くし、薄暗い地下で斬線を鮮やかに煌めかせる。


 防具の類いを身につけてはいなくとも、ただその筋肉によって、生半可な矢も剣も弾き返す。それがミノタウロスという魔物だ。


 だが、オーラによって斬撃の切れ味を何倍にも強化された俺の一撃は、人一人分もあるミノタウロスの左足を、深く深く斬り裂いた。


 鮮血が派手に噴き出し、ミノタウロスが苦痛に雄叫びをあげる。


 足は潰した。これで奴は満足に移動することもできない。


「ヨシっ! 全員で畳み掛けろ!」


 リオンの指示でパーティー全員が総攻撃に移る。


 放たれた弓矢がミノタウロスの片目を潰し、ファイア・ボールが着弾と共に奴の全身を舐めるように広がる。死角に回り込んだ仲間がオーラの纏った槍を突き刺し、リオンが真正面から奴の首を剣で斬り裂く。


 それで終わりだった。


 探索者たちの前に立ちはだかる、最初の壁とも評されるミノタウロスは、俺たち≪栄光の剣≫の前に呆気なく敗れ去った。


「意外と余裕だったな」

「ナイスだったぜ、アーロン」

「まあ、俺にかかればこんなもんさ」

「いや、俺の矢がミノタウロスの片目射貫いたの見た? たぶんあれがトドメだったぜ?」

「ばーか、ミノタウロスがそれくれぇで死ぬかよ」


 戦闘が終わり、それぞれが軽口を言い合う。


 そんな俺たちの前で、絶命し倒れ伏したミノタウロスの巨体が、徐々に魔力へ分解されていく。


 地上の魔物とは違い、迷宮の魔物は死んだ後に骸が残ることはない。迷宮によって生み出された魔物たちは、迷宮によって魔力に分解され、迷宮へ還るのだ。


 だが、完全に何も残さないというわけではなかった。


 一つは魔力。


 魔物が死んだ後に迷宮へ還元される魔力の一部は、近くにいる生物(大抵は倒した探索者たち)に吸収される。


 魔物の魔力を吸収することで、俺たち探索者は保有できる魔力の容量を増やすことができる。


 魔力は魔法やスキルを使うのに必須のエネルギーだから、どれだけあっても多すぎるということはない。魔力の量は探索者の実力を測る上で、最も重要なバロメーターだ。


 そしてもう一つは魔石。


 探索者が迷宮へ潜る最大の理由であり、様々な魔道具や魔法薬の材料の一つでもあり、魔道具を動かす燃料でもある。


 迷宮の魔物は倒すと例外なく、この魔石を残すのだ。


 だが、残るのは魔石だけとは限らない。


「お、戦斧がドロップしたぞ」


 リオンがミノタウロスが消えた床の上を見つめて、嬉しそうに言った。


 そこには言葉通り、ミノタウロスが使っていた戦斧が消えずに残っていた。


 魔物が装備していた武器や防具、あるいは魔物の体の一部なんかが、倒した後も消えずに残ることがある。こうしたアイテムを迷宮探索者は地上へ持ち帰り、売ることでお金に変えるのだ。


「レアドロップか。幸先良いねぇ」


 仲間の一人が言う通り、ミノタウロスが戦斧を落とすのは珍しい。巨大すぎてほとんどの人間には振るえない武器だが、高位の探索者ならば普通に使える者もいるし、単に金属素材としてもかなりの価値になる。


「よっしゃ! この調子でどんどん進もうぜ! とりあえず11階層には行ってみるだろ?」


「まあ、攻略するのは後日だけど、見るだけ見ていくか」


 そうしてこのまま11階層を見てから地上へ帰還することを決め、俺たちはミノタウロスのドロップアイテムを回収して動き出――そうとして。


 だが、その前に、リオンが声をあげた。


「ちょっと待ってくれ。俺、今の戦闘で新しいスキル覚えたかもしれん」

「マジ? 俺もそんな気がしてたんだけど」

「俺もちょっと確認してみるわ」


 俺たちのような「戦闘系ジョブ」を持つ探索者は、強敵と戦うことによってジョブの性能を成長させ、さらに新しいスキルを覚えることができる。


 あっさりと倒せたとはいえ、ミノタウロスは間違いなく強敵だった。奴の攻撃を一度でも喰らっていたら、俺たちの誰かは死んでいたはずだ。


 だから、奴を倒したことでジョブが成長してもおかしくはない。


 ジョブの成長は、ジョブによる身体能力などの補正が強化されたり、新しいスキルを覚えることで間接的に確認することができる。


 このように、魔力と同じく明確な数値や文字などで確認することはできないのだが、しかし、二つだけ例外があった。


 一つは「ジョブ進化」が可能になった時。


 現在のジョブが限界まで成長し、なお個人に成長の余地がある場合、ジョブは教会で儀式を受けることによって進化させることができる。


 この場合、基本的には左手の甲に「白い」紋様が浮かび上がる。だが、何らかの理由で左手が欠損している場合のみ、別の場所に浮かび上がることになる。ちなみに紋様の形はジョブの種類によって決まっている。


 そしてもう一つ。


 左手の甲に「黒い」紋様が浮かび上がった場合だ。


 ジョブが進化するとは言っても、誰もが進化させられるわけではない。


 ジョブとは、人間が魔物の脅威に対抗するため、神々によって与えられた力だ。しかし、そこには厳然とした「才能の差」というものが存在する。


 ジョブをどこまで成長させられるか、どれくらいのスキルを習得することができるのか、あるいは何回進化させることができるのか。


 その全ては、個々人の「才能」によって決まっている。


 多くの場合は「初級ジョブ」から一度進化した「中級ジョブ」で成長が止まる。


 極一握りの者だけが「上級ジョブ」に至り、その中でもさらに一握りの天才たちが「固有ジョブ」に覚醒する。


 ジョブによる戦闘能力の補正はかなりのものであり、何より使えるスキルの数も威力も全く変わってくる。それゆえにジョブがどこまで成長できるかは、探索者にとって一番重要な資質だ。


 だが、誰もが「固有ジョブ」に至れるわけじゃない。それどころか上級ジョブになれる奴だって極少数だ。


 多くは中級。そして――極々一部は、「初級ジョブ」で成長が止まる場合もある。


 この成長が止まることを「才能限界」と呼び、「才能限界」が訪れた時、左手の甲に「黒い」紋様が浮かび上がるのだ。


「なあ、リオン」


「ん? どうした、アーロン?」


「ああ、ちょっと、皆も聞いてくれ」


「何? どうした?」


 俺はふっと笑いながら、リオンに――いや、≪栄光の剣≫の素晴らしい仲間たちに声をかけた。


「思えば、俺たちも色々あったよな」


「どうしたいきなり?」


「頭でも打ったか?」


「探索者ギルドに登録した日に、たまたま出会った俺たちでパーティーを組んでよぉ」


「こっちの話を聞いてないぞ」


「最初はよく、喧嘩なんかもしたよな。でも、俺たちは強い友情の絆で結ばれていた……」


「なんか語り出したんだが」


「どんな困難を前にしても、俺たちは決して諦めず、友情と努力を武器に勝利を収めてきた! そして今日、遂に中級の壁と言われた10階層を突破した! 俺は思う! 俺たちは最高の仲間だ! 最高のパーティーだ!!」


 俺の熱の籠った言葉に、リオンたちは誰ともなく顔を見合わせ、照れ臭そうに笑った。


「へへっ、なんだよ」

「今さらだぜ。そんなの当たり前だろ?」

「ああ、俺たち以上のパーティーはいねぇよ」

「このまま俺たちで進んでやろうぜ。この迷宮をどこまでもよぉッ!!」


 仲間たちの熱い言葉に、俺は頷いた。


 目頭が熱い。やっぱり俺たちは最高の仲間だぜ。


 だからこそ、問う。


「なあ、俺たち、ズッ友だよな?」


「何言ってんだよアーロン。そんなの当たり前だろ?」

「わざわざ馬鹿なこと聞きやがって。……ず、ずっと友達に、決まってんだろ?」


 仲間たちの言葉に、俺は安堵した。


 ならば何も問題はない。俺たちは、ズッ友なのだから。


「そうか、その言葉を聞いて、安心したよ」


 俺は頷き、そして続けた。


「そういえば、大した話じゃないんだけどさ」


「おう、どうした?」


「俺、才能限界が来ちゃったみたい」


 仲間たちに左手の甲を見せる。


 そこには「黒い」紋様が浮かんでいた。


 俺のジョブは「初級剣士」


 初級の戦闘ジョブだと普通、個人によってバラつきはあるが、五個くらいのスキルを習得する。しかし、俺はまだ【スラッシュ】しか習得していなかった。


 対して仲間たちは、すでに3~4個ほどのスキルを習得し、中級ジョブへの進化も目前と思われる。


 仲間たちと比べて成長の遅い自分に、前々から「まさか」とは思っていたのだ。


 だが、それにしたって、あまりにも早すぎた。初級ジョブ、それも習得スキルが一つしかないなんて、逆の意味で稀少すぎる。


 はっきり言ってショックだ。何かの冗談だと思いたい。


 普通ならばパーティー追放の危機だろう。


 だけど、大丈夫だ。問題はない。


 なんせ俺たちは、ズッ友なんだからよぉッ!!



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