第3-8話
ファルザ「アキラの身分証を作りに行くか。」
収穫した野菜を袋詰めしてる時にファルザさんが言った。
アキラ「身分証ですか?」
ファルザ「ああ、農業の手伝いをしてる分にはいいんだが、店に野菜を卸したりする作業は金が絡んでくるだろ? そうなると身分証が無いとダメなんだ。これからはアキラ一人で行く場面もあるからな。」
どうやら身分証は不法就労や脱税対策の為、法律で所持を義務付けられてるようだ。
アキラ「何処に行けば作れますか?」
ファルザ「区長のとこで発行してもらえるぞ、後で街に行くから、その時に案内するよ。」
街に着くまでに詳しい説明を受けた。
身分証は犯罪歴等も記載するシステムなので僕のようなナガレ者や再発行となると、第三者を保証人にしないと作れないらしい。そして、もし僕が罪を犯した時は保証人も一緒に罰せられるとの事。
僕の保証人はファルザさんなので下手な事をするとファルザさんも捕まってしまう。
ファルザ「だから、お縄につくような事はしないでくれよ。」
ファルザさんは笑いながら言ってくれた。
アキラ「ええ、大丈夫です。決して迷惑をかけません。」
ファルザ「知ってるよ、だから俺も保証人になるんだよ。」
この言葉だけで嬉しくなる。
そうして話している内に、区長の屋敷に着いた。屋敷の外観は屋敷と言われるだけあって、やたらとデカイ。国会議事堂クラスの大きさがあるんじゃないか?
屋敷の出入り口には受付の女性がいるのでファルザさんに手続きをしてもらい、その後、案内係に区長がいる部屋まで案内してもらった。
案内係が扉をノックをして開ける。
案内係「リョーシュ様、身分証の許諾面談を願います。」
書斎の部屋になっており、周りは本棚に囲まれて、中央に机が一つあるだけだった。椅子に腰掛けていたリョーシュと呼ばれた男は机に向けてた顔を僕達に向けた。
見た目は痩せてると言うより、ヤツレている。不精髭を生やしてゲッソリした不健康そうな顔だ。だが、額に皺を寄せていて厳格そうな男だ。おそらく40歳ぐらいの年齢かな。
リョーシュ「ああ、わかった。」
そう言い、案内係から書類を受け取る。
リョーシュ「どちらがアキラかね?」
アキラ「はい、僕です。」
リョーシュ「君は身分証を発行するに至って、この西区で不義をしないと誓えるか?」
リョーシュさんの鋭い眼光が僕を見る。
アキラ「はい、誓います。」
僕はリョーシュさんの目を見て答えた。
リョーシュ「よろしい、ではファルザ。君はこの者の保証人となる事を誓えるか?」
ファルザ「はい、誓います。」
リョーシュ「よろしい。君達の活躍を心より願っているよ。これにて面談を終了とする。後は頼んだぞ。」
そう言い、案内係に目配せをする。
案内係「かしこまりました。それでは、こちらへどうぞ。」
その後は身分証に記載する僕の絵を画家に描いてもらったり等して、ようやく僕の身分証が作られた。
身分証を発行してから二週間が経った。
本日は野菜の出荷に街へ繰り出すのだか、今日はドータちゃんとマーザさんも同伴するので、ファルザさんと僕も入れて四人で行く事になった。なんでも、家族揃って教会へお祈りに行く日とのこと。
街に着いたら最初にサイさんの八百屋へ向かった。八百屋に着くと、いつもの様に店先に熊みたいなサイさんが座っている。
マーザ「どうも、サイさん。いつも主人が世話になってます。」
マーザさんとサイさんが互いに軽く会釈する。
サイ「いや、こちらこそ毎度、美味い野菜卸してもらってすまないな。」
ファルザ「そうだろう。感謝しろよ。」
ファルザさんが軽く笑いながら言う。
サイ「……調子に乗るな。お、ドータちゃん!よく来たな。奥行ってサヤと遊んでやってくれ。」
ドータ「うん! おじゃまします!」
ドータちゃんが走って店の奥に消えてった。
サイ「家族勢ぞろいって事は、お祈りの日か?」
ファルザ「ああ。それとついでに神父様にアキラを家で引き取った旨の報告がてらかな。」
サイ「そうだったな。今じゃ、お前もここに慣れたもんだな。」
サイさんが僕に顔を向ける。
アキラ「ええ、仕事にもようやく慣れてきました。」
僕は袋詰めした野菜を運びながら答える。
サイ「最初の頃は、ヒドかったものな。」
サイさんの怖い顔を見たり、声を掛けられただけで驚いて、持ってた野菜を落とした事もあった。(失礼な話だが。)
アキラ「はい。今、思い返しても我ながら恥ずかしいです。」
サイ「ま、成長したんだからいいんじゃねえか。」
サイさんが歯を見せて笑った。
ファルザ「そうだな。もうアキラは、一人前だからな。」
アキラ「いやいや、茶化さないでくださいよ。」
最近ではこんな風に男三人で笑いながら仕事をしている。
ファルザ「んじゃ、今日はこれで全部だ。それじゃあ教会に行ってくるよ!」
マーザ「それでは、失礼しますね。ドータ、出発するわよ。」
マーザさんが奥で遊んでたドータちゃんを呼ぶ。
ドータ「はーい! サヤちゃん、バイバイ!」
サヤ「またね、ドータちゃん。」
サヤちゃんが抱えてた人形の手を持ちながら
手を振っている。
アキラ「どうも、ありがとうございました。」
サイ「おう、ありがとな!」
八百屋を後にした僕達は、次に教会へ向かった。
教会の中に入ると、神父のジオディさんと修道女のタシスさんがいた。
ファルザ「こんにちは! 神父様。本日はお祈りに来ました。」
ジオディ「おお、ファルザ久しいの。それとその青年はアキラじゃったかの?」
ジオディさんがファルザさんに確認を求める。
ファルザ「はい、そうですよ。あと、報告が遅れましたがアキラは家で雇う事にしました。」
ジオディ「そうかそうか、それはよかったのアキラ。」
ジオディさんが僕を見て微笑む。
アキラ「はい。ファルザさんに拾ってもらったお陰で毎日が楽しいです!」
ファルザ「へへっ。」
ファルザさんが照れ臭そうに鼻を擦る。
マーザ「どうも、ご無沙汰してます、神父様。供物ですが、また、我が家の野菜でよろしいですか?」
今回、教会に来るに至って、形が不細工ものや、小さすぎて売り物として卸せない野菜を予めはじいて別の袋に纏めていた。それを供物として捧げるようだ。
ジオディ「うむ、よいぞ。マーザ達が丹精込めて作った野菜なら神様も許してくれる。」
そして、僕達は祭壇に野菜を捧げると手を組み祈った。祈りの最中では神父様が口上を述べていた。
曰く、主は世界を創った。戦が起きた際は主は涙を流し、涙は洪水となって戦を終結させた。高貴で洗練された魂は安寧を得られる。……等、この世界の伝記や教訓等が誇大チックに語られた。
一、二時間程祈っていると、
ジオディ「では、これで終わりじゃ。」
ファルザ、マーザ、ドータ「ありがとうございました。」
アキラ「ありがとうございました。」
少し遅れて僕も言った。
ジオディ「そしたら炊き出しをやるかの、すまぬがファルザ達、また手伝ってくれるか?」
ファルザ「はい、喜んで!」
タシス「ドータちゃんも手伝ってくれる?」
タシスさんが、しゃがんでドータちゃんの目線に合わせて問いかける。
ドータ「うん! てつだう!」
マーザ「じゃあ私達は野菜を切ってますね。」
女性陣は祭壇に置いてた野菜を持って行く、どうやら下拵えを担当してくれるようだ。
僕とファルザさんは火起こしや、屋外に食器等を配膳していた。
そして2、30人前ぐらいの野菜スープが完成すると、タシスさんは広場で炊き出しの呼び掛けをしていた。
しばらくすると浮浪者らしき人達が15人程集まった。ファルザさんに聞くと、この人達は身分証が無くて働けなかったり、他の区から夜逃げしたり等、そういった事情があるんだろう、と言った。
一歩間違えたら僕もそうなったのかと思うとゾッとする。今の環境やファルザさん達には感謝しかない。
スープが空になり、後片付けを終えるとジオディさんとタシスさんに挨拶してファルザ家に帰宅した。
夕飯を食べ、お風呂に入ったら今日はいつもより疲れたので早めに寝る事にした。僕は物置小屋に着くと洗濯した服を仕舞う。そしてやる事が無くなったので寝ようと思い、棚から毛布を出そうとした時だった。
何で僕は気付いてしまったんだろう。そのまま寝ていればよかったのに。
それでも、生きていた sinnemina @sinnemina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。それでも、生きていたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます