第32話 ウェットとウィット

 それから数週間が過ぎた。

 二ヶ月、という期限を知らされたときには、

「そうか。よ~し、やってやろうじゃないか。やるだけやって、それでもダメなときには、大人しくここを引き上げる、そういうことだな、サヨコ君」

「ええ、その通りですね。わざわざ言う必要もないくらい」

 と軽く受け止めていた船長とサヨコだったが、それでもこのところ、少し元気がない。

 船長は故郷の星に帰ることになったときの立場の無さを考えていた。どんな閑職に追いやられるか、考えるだに恐ろしい。窓際オブ窓際だぞ、きっと。そしてサヨコは、毎週続きを楽しみにしていたマンガを読めなくなることが残念だった。好きなマンガの実写版の映画の製作も決まったというのに、それを観ずに去ることになるのは惜しすぎる。

 そんなわけで、ろくろく仕事も手に付かず、メインコントロール室は粛然としていた。

「なあサヨコ君」

 船長が頬杖の姿勢でぼそっと言った。

「なんですか。お金なら貸しませんよ」

「いや、お金には困ってないよ、まだ」そのうちお願いするかもだけど、と船長は呟いて、「愛ってのはなんだろうね」

「なに言ってんですか。訴えますよ」

「なんでだよ」船長は失笑し、「そうじゃなくて、もしかしたら我々が携わった仕事は、最初から非常に困難だったのではあるまいか。考えてもみたまえ。ただ割合近所に住んでるというだけの男女を、どうにかしてカップルに仕立てようなんて、私じゃなくても、誰がやったって難しいぞ。それもあと二ヶ月でなんとか、なんて、ああ~、無理無理、荷が重いよ。重かったんだよ、ずっと」

 サヨコは冷たい目を船長に向けた。故郷の星に帰ったとき、開口一番、いいわけをまくしたてる船長の様子が、鮮明に思い描けた。

 ……どだい無理だったのだよ。荷が重たかったんだって。最初っからできそうになかったもん。いや、そりゃ報告書には都合よく書いたよ? うん、うん、まあそうだけど。だから謝ってるじゃん! もういいよ、はいはい、すいませんでしたぁ。

「船長……」かわいそうに、という目。「一応言っときますけど、実は荷が重かった、ってサイテーですからね、いいわけとして」

 サヨコがそう言うと、船長の湿ったため息が聞こえた。

「それで考えていたのだよ。愛ってなにかね。だってそうじゃないか、愛というものの説明には、比喩表現が用いられたり、ウィットに富んだ言い回しがされたり、あるいは美辞麗句に彩られたりと、様々あるが、それはつまり、愛というものの説明の難しさの証左だろう。しかし一方、我々がこれほど東奔西走しても成しえない「カップル」という、愛を介在した存在が、確かに地球上に存在している」

「そうですね、よく喋りますね、長々と」

「なぜだ? みんなはどこからそれを手配するのだね。カップルはどこで生まれる?」

「それは色々ありますよ」

「ほう。聞こうじゃないか」

 サヨコは立ち上がって、名探偵よろしく、その辺をうろついた。

「(マンガでは)一番多いのは学校の同級生、というパターンですね。年頃で出会うわけですから、これは成立しやすいですね。異性の幼馴染なんてのも、使い古されてますけど、やっぱり良い。似たようなのでは、職場恋愛なども多いでしょうか。あとは、こないだダメでしたけど、合コンで知り合ったとか、友達の紹介で、とか、間接的な出会いですね。それでもダメなら……」

「ダメなら?」

「結婚相談所の利用や、お見合いでしょうか」

 サヨコが座ったのを見て、船長は「ハッ」と力なく笑った。

「お見合いなど、今さらできないのだよ。あとは若いもの同士で……って、馬鹿な」

 そんな今さらながらなことを話していると、モニターの映像のうちの一つから、「え、お見合いっ?」という声が聞こえてきた。船長とサヨコは、同時に怪訝な顔をした。そして素早く調べてみると、その声は島村の職場からと分かった。モニターに、その映像が拡大される。

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