第31話 第二報告書

 その月は、宇宙船のモニターにも大きく映っていた。十三号アイの映像だ。つまり十三号はまだ、例の歩道橋で夜空を見上げているらしい。そのうち警察を呼ばれるぞ。

 そんなモニターの前の船長は、ゆったりと椅子に背を預け、腕を組んで、いやに大人しくしている。やがて聞こえてきたのは「……ぐぅ」。鼻ちょうちんと共に。船長は眠っていた。

 高橋と島村が歩道橋を歩き、ちらほら話しはじめた辺りから、船長の瞼は重くなって、ああ、ちょっと眠たいなと思ったが最後、抵抗する間もなく、眠ってしまっていたのだった。何を夢見ているのやら。

 マンガを熱心に読んでいたサヨコは、ようやく船長が静かなことに気付き、鼻ちょうちんを確認した。すぐにマンガを置き、コツコツとした足音で、船長に近づいた。

「船長、船長」

 と言いながら、肩を揺すった。船長は首がぐらぐら揺れても目覚めない。

「船長」

 今度は船長の頭を、全治一週間くらいならかまわない、というくらい強めに叩いた。起きない。サヨコは歯がゆくなって、片手で船長の口を塞ぎ、もう片手で鼻をつまんだ。反応は早かった。ふごっ、と無様な音と同時に船長は目を開いた。すぐにサヨコを認め、感嘆符を目に宿す。

「なに寝てんですか」

 悪びれもせずサヨコは言って、手を離した。ぜいぜいと息を荒くする船長を気にも留めず、「もしここが冬山なら、死んでましたよ」

「いや、冬山じゃなくても、ああされたらどこだって死んでたよ」

 咳などもして、船長は椅子の上で姿勢を整えた。

「ふわ~あっと」伸びとあくびを一緒にして、「二人はどうなったのかね?」

 どうせ、と語尾に続きそうだった。

 サヨコはモニターの満月を見ながら答えた。

「二人はなんだかんだで素直になれず、口喧嘩をするうち、「どうせわたしのこと嫌いなんでしょっ!」「そんなこと……そんなこと、ねえよっ!」と、ようやく本音をさらして見つめ合い、そして運命的なキスを……」

 船長はぽかんとした。

「え? それ、マジで本当に真実?」

「はい」

「そ、それで、その先は……」

「二巻に続く」

 君が読んでたマンガかよっ! と船長は寝起きもなんのその、大きな声でツッコんだ。それに一巻でもうそこまで展開してどうすんだ、全何巻のつもりだ、と別にどうでもいいことも指摘した。

「船長」

「なんだね」

「結果はどうあれ、これにてこの度の作戦は終了です。報告書をお願いします。早めに」

 頭を下げるでもなく、サヨコは船長を見下ろしながら言った。

「うん。……えっ?」船長はキョトンとして、「私が書くのか? 眠ってしまったために大切なところを見ていなかった、うっかりさんのこの私が?」

「なんで威張ってそんなことが言えるんですか」

 サヨコは蔑みの目を向ける。

「他に書く人もいないでしょう」

「君がいるじゃないか」

「わたしは、ほら、アレですし……」

 そう言いながらサヨコは、自分の席へ戻り、読み散らしたマンガをぱたぱたと片付け始めた。サヨコの席はコーヒーカップ、お菓子の山、マンガの塔、などなどで、まるでマンガ喫茶のような風情だ。職場だぞ、一応。

「アレってなんだい? サヨコ君」

「ほら、もう寝る時間ですので。船長はさっき寝たから、その分を埋め合わせるべきです。おつかれさまでした」

「ええ~、過酷……上司なのに」

 とは言っても、居眠りが事実な手前、船長はそれを承知しないわけにもいかず、しぶしぶ残業に取り掛かりはじめた。

 それでは、と立ち去りかけるサヨコを船長は呼び止める。

「ちょっとサヨコ君、君はさっき、結果はどうあれって言ったな。そこのところを詳しく教えてくれないと、書きようがないじゃないか。私はすやすや眠っていたのだ。歩道橋のあたりからの記憶がない。やはり君が書くべきじゃないのか?」

「船長」サヨコは重なったマンガを両手に抱え、「船長の報告書が、それほど真剣に読まれると思いますか? 根も葉もないのはいつものことでしょう」

「身も蓋もないよ」

 そうして一人になったメインコントロール室で、船長は残業をするのだった。ふとモニターを見てみると、十三号アイには二人の警察官が映っていた。職務質問だ。



〝合同コンパ作戦〟に関する報告書。

 地球上の男女は、常に出会いに飢えている。異性とひょんなきっかけで知り合いになることなど皆無であるから、人づてを最大限に利用し、人脈の人脈を手繰りに手繰って、紹介し紹介され、日夜出会いを求めている。その出会いの場が、合同コンパである。

 合同コンパとはなんぞや。

 それは男女が、一般的には夕餉を囲み、二次会にはカラオケなどにしゃれこみ、盛り上がったあかつきには、そのまま一晩をともにすることも有り得るという、インスタントな催しである。うらやましいではないか。いや、うってつけではないか。

 勉強熱心な私は、そんな合同コンパ、略して合コンなるものの存在を知るやいなや、すぐさま策を講じ、高橋友彦と島村咲子を交えたその会を催した。無論、私にかかればそのようなこともお茶の子さいさいである。甘受している低賃金から比すると、私の働きは驚嘆に値する。ここの辺りは、再考の必要があると思われる。是非。

 かくして高橋友彦と島村咲子とは、初めて互いを認識し、会話もした。さらには我々の作戦によって、高橋と島村を二人きりにすることにも成功し、二人は並んで夜道を歩いたのである。

 真夜中の道を行く高橋と島村。二人がどのような会話をしたかは割愛するが、とにかく二人は「いい感じ」であった。あの雰囲気を伝える言葉を持ち合わせないのは遺憾であるが、そこはかとなく「いい感じ」であった。名状できない「いい感じ」であった。それ以外に言いようがない。だって、そこはかとないし、名状できないっつってんだから。

 二人は駅前で別れたが、そのときでさえ、別れの名残惜しさと初対面であることの遠慮を天秤にかけたような、複雑な顔をしていたという。二人に急展開はなかったが、必ずや今後、惹かれ合うであろう。そういう確信の持てる別れの場面であったそうな。それは、感じ方は人それぞれだし、あの場面を見た人の全てが、二人は結ばれると感じるわけではないかもしれないけれども、私の主観ではそう感じられ、そして私の見識、観察眼は相当に鋭いということから、この報告書の文面を、邪推などせず、そのまま信じていただければ、それでいいのである。

 私の見事な働きによって、二人は互いの顔と名前を知る仲になった。そうして、この先を期待させるような雰囲気をかもし出していたっぽい。それでいいじゃん。以上。


 Re・〝合同コンパ作戦〟に関する報告書。

 後半から急に表現が曖昧になったけど、あれはどういうことだ? 「いい感じ」とか「という」とか「あったそうな」「っぽい」とか(伝聞か?)。もしかして、まさかとは思うけど、後半はフィクションなのか?

 とは言え、二人が知り合いになったのが事実であれば、大きな進展だ。一応誉めておこう。

 しかし、今後はもっと急がなくてはならない。我々にしても、経費が無限にあるわけではない。こないだの会議で、君たちのことが議題にあがった。「ずっと何やってんの?」という声が多数だった。というか、全部だった。そしてあることが決定された。

 頃合を見て、我々は地球から手を引く。残念ながら、だ。

 地球は美しいだろう。君たちの努力如何が、それを左右するということを、あらためて考えてほしい。要するに超頑張れってことだよ。わかってんのか。

 地球時間で、あと二ヶ月。それが期限だ。

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