第29話 誰かが訳したI love you
ロの字の歩道橋の階段を、十三号と七号は静かに上った。それぞれ別々の角からだ。冷静な二つの足音は、やがて歩道橋のある一辺、その中央で合流した。真顔と真顔。
「七号、高橋と島村はもう別れた」
十三号は起伏のない声で言う。
「そう」
返事をした七号は、結っていた髪を解き、ばさばさと頭をふって散らした。恰好はまだスポーティーだ。
「二人に進展はあったのかしら?」
「それを判断するのは俺たちではない」十三号は車道を見下ろしながら、「しかし、互いの名前を知った。会話をした。並んで歩いた。これは進展と考えていいだろう」
「そうね」
七号もまた、十三号と同じように車道を見下ろす。二人してこうして、鹿爪らしい顔で真夜中の歩道橋に佇んでいると、なにか悲劇的な恋の一場面のようだった。
「あなたは二人の会話を全て聞いていたの?」
「いや、全てではない。二人がこの歩道橋にいる間は、近くで尾行することができず、路上から様子をうかがっていた。だからその間の声は聞いていない」
船長に問い合わせればわかるだろう、と十三号は答えた。
「そう」
七号はちょっと残念そうだった。十三号にもそれが伝わったらしい。
「なにか重要なのか?」
すると七号は、十三号の前では必要ないのに、すっかり染み付いた癖で、ふんわりと微笑んだ。そして、
「高橋と島村は、この歩道橋で緊張がとれたと思う。これについてはどう?」
「俺には判断できない。ただ、会話の量は増えたようだ」
「そうでしょう。……それに一つ、わからないこともあるの」
「なんだ」
すると七号は、片手の人差し指を立てて、それを顔の前に持ってきた。島村がしていた仕草の真似なのだ。「これの意味がわからない」
「その仕草については知っている」十三号は眉一つ動かさず、「それは相手に沈黙を要求するジェスチャーだ。島村がそれをしたということは、つまり、急に馴れ馴れしくなった高橋に対して、お前は少し喋りすぎているから黙っていろ、と伝えたのだろう。高橋がなにか、猥褻な質問に及んだのかもしれない。……もしくは」
十三号も人差し指を立て、顔の前にかざした。
「上方向への注意の喚起だ」
その言葉を合図にしたように、十三号と七号は、同時に夜空を見上げた。
歩道橋に並んだロボットたちは、信号の色が何度も変わる長い間、黙って夜空を見上げていた。ヘッドライトやテールランプが、いくつも通り過ぎていった。
「お前には理解できるか?」十三号が静かに言う。「わざわざ他人に知らせるという、その行動の動機や目的が」
「いいえ、理解はできない。ただ、人間はそういう生き物なの」
「そういう?」
「共感の生き物。同じものを見て、それを共感したいと思うのね」
「それに何の意味がある?」
「意味はないわ。人間にはあまり、意味はない。そうでしょう?」
「……そうだな」
二人が見上げる澄み渡った夜空には、輝く満月が浮かんでいた。
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