第20話 王様の命令

 一しきり質問と回答が重ねられ、ちょっと雰囲気が停滞したところで、「よし」と十三号が全員の視線を集めた。

「今から王様ゲームをはじめる」

 厳かと言ってもいいほどの口調で、十三号はそう発言した。まるで本当の王様のようだ。

〈どうした十三号? さっきからお前は少しおかしいぞ〉

 当初の予定では、さっさと二組のカップルになってこの場を去り、高橋と島村だけを残すはずなのだ。一応は合コンだが、実のところ長谷川と土井を排除できれば万事オッケーで、もうそれも可能な段階っぽい。だから今さらの盛り上がりなど、いわんや王様ゲームなど、まったく必要ではなかった。

〈聞こえているのか十三号〉船長はマイクに唾を飛ばす。

〈聞こえている。まかせてくれ。うるさい〉

〈とうとうお前まで……〉

 船長はへなへなと項垂れて、ため息もでなかった。もうなるようになれ、と不貞腐れた気持ちで顔を上げ、再びモニターに視線を戻す。

 十三号が提案した王様ゲームに、長谷川と土井、それから七号も賛同した。長谷川と土井などは、「イエーイ!」とすっかり乗り気だ。高橋と島村は、ぽかんとしていたが、賛成四名に対して、ぽかんが二名、票を数えるまでもなく、王様ゲームの提案は可決された。

「クジは?」と長谷川が訊ねる。

「ここにあります」

 十三号はスーツの内ポケットから、円筒の入れ物に入った六本の棒状のクジを取り出した。用意のいいことだ。クジには一から五までの数字が記されたものと、「王」と記されたものがある。ご存知のとおり、「王」を引き当てた者が、適当な数字を指定して命令を下すことができる。

 テーブルの中央に、クジは置かれた。実はこのクジの持ち手には、十三号の細工がしてあって、十三号ほどの視力を以ってしてようやく見分けがつくほどの、微小な印が刻まれている。ザッツ、イカサマ。

 十三号は素早く手を伸ばし、「王」のクジを引いた。その引いたクジを確認もせず、高橋と島村が引くクジを、冷静に見極める。高橋は「五」で、島村は「二」だ。

「王様は~?」

 土井が下卑た輝きを宿す目で言う。十三号は顔の前にクジをかざす。「王」。お前かよ~、と土井ははしゃぐ。悪いがお前には出番などないのだぞ、土井よ。

「では……」真顔の十三号。その命令が、厳粛に下された。「五番と二番は、結婚だ。そして家庭を築き、少なくとも一人は子供をもうけろ」

 その場は凍りついた。たまたま通りかかった店の人も立ち止まり、有線で流れるジャズのピアニストですら、指を止めたような気がした。景色はモノクロ、船長は絶句だ。サヨコだけは、けらけらと笑っていた。

 この凍てついた雰囲気を解いたのは、またしても長谷川だった。長谷川にしてからようやく浮かべた苦笑いで、

「も、もう、なに言ってんのよ~」

 それから遅れて数秒後、やれやれ、みたいな失笑がさざめいた。

「ホントだよ、なに言ってんだお前は。もうダメ、お前の王様は無し」

 土井は十三号から「王」のクジを奪うと、みんなからもクジを回収して、入れ物のなかに戻した。

「はい、じゃあ次ね」

 言うが早いか、ずっと目をつけていた「王」のクジを、土井は一番に引いた。古来より繰り返されてきた王の座を巡る醜い策略は、こんな場にも顔を出す。

「あれ、俺が王様だ、はは」白々しくもそう言って、土井の顔には不埒な笑み。「じゃあねえ、そうだな、四番が、王様に、」

「やめろ」今度は十三号が、土井からクジを奪い取った。「王様ゲームは終わりだ。いつまでもはしゃぐな」

 自分ではじめておいてこんなことを言うのも、非常に身勝手な話だが、ともかく十三号に一喝された土井は、その謎の迫力におされ、哀れにもシュンとしてしまった。当然ながら、座は白けに白けた。空咳をする者、携帯電話をチェックする者、酒を呷る者、様々に、いたたまれない雰囲気から気を逸らす。

〈なんだこの集いは。これが夢にまで見た合コンか……〉

 これが合コンなら会議だって合コンだ、と言えそうなほどの、固い空気だった。そんなことにはお構いなく、十三号は席を立つ。

「トイレに行ってくる」

 すたすたと十三号が立ち去っていく。残された者たちの気まずさったらない。

「あのさ」おずおずと、土井が言う。「ちなみに、四番って誰だった?」

「あ、それ俺」高橋が答えた。喋るの久しぶりだな、高橋。

「そうなんだ」

 ちょっとホッとした顔を土井はした。四番に下ネタじみた命令をするつもりだったのだ。

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