第19話 要するに単なる食事の場

 六人の席の並びは、こんな風になった。

 こういったシャレオツな店に上座も下座もあったものじゃないので、通路側を基準に説明すると、まず男性陣は、通路側から、土井、十三号、高橋、という並び。そして女性陣は、長谷川、七号、島村。つまり高橋と島村は、向かい合う形になったわけだ。

 それから、ここが今回の作戦で工夫したところなのだけれども、土井と長谷川の二人、適当に選ばれたチョイ役、いっそ言ってしまえばエキストラの二人は、十三号と七号が積極的に相手をすることにしていた。土井は七号が、長谷川は十三号が、といった感じだ。この作戦のメリットは、例えば土井が島村とくっついてしまうような、誰の得にもならないカップルが出来上がることを防げることであり、また、二組がさっさとカップルになってしまうことで、あら素敵、高橋と島村が余りとなるではないか。取り残された男と女。これはもう、何が起きたって不思議ではない。……まあ、何も起きなくても不思議じゃないけど。

 さて、開催された合同コンパ、どことなくビジネスライクな自己紹介のあとは、乾杯の運びとなった。真っ先にグラスを掲げたのは十三号だった。これをしないと酒の席は動かない、と十三号は思っているのだった。別段間違っちゃいないが、そんなに真顔でする行為ではない。

 十三号に遅れること数秒、みんなもグラスを手にして、十三号が口を開くのを待った。なにか挨拶みたいなものか、もしくは、何に対しての乾杯なのかを表明するのだろうと、黙って期待した。

 十三号は、わずかにグラスの位置を高め、しっかりと言った。

「地球に」

「ええぇ……」

 七号を除いたその場の全員が仰け反った。船長とサヨコも例外ではない。素っ頓狂な雰囲気は苦笑いさえも生まず、本来乾杯にともなうであろう盛り上がりは、微塵も発生しなかった。しかしやがて、妙な沈黙に耐えかねたのか、各々がてんでバラバラに、「か、乾杯……」と呟き、ようやく遠慮がちな乾杯が、おずおずと行われた。なんと不景気な乾杯か。

 料理が運ばれてきても、その雰囲気は払拭されず、会話らしい会話もなかった。

 たまらず、船長は口を挟んだ。

〈おい十三号、お前のせいでこの様だ。なんだこの会は。お通夜か?〉

〈なにを言っている。これがお通夜に見えるか?〉

〈見えるんだよ、不思議と……〉

 船長のため息の音。もういい、と十三号との通信を終えて、今度は七号に繋いだ。

〈七号、ここはお前の出番だ。なんとかしてくれ〉

 了解、と返事をした七号は早速、隣の島村に話しかけた。

「島村さん、料理の方はどうですか?」

「ああ、うん、美味しいね」

「それはよかったです」にこりと笑って七号は、〈美味しいと言っています〉

〈心の底からどうでもいいんだよ〉

 チャンスが指の間からこぼれていくようで、船長は焦れた。ロボットたちはどうも、こういったコミュニケーション能力の必要な場では、操作が難しい。流れを察して空気を変えろ、なんて指示を出そうものなら、きっと窓を開いて換気を行おうとするだろう。かと言って、船長には具体的な指示も思いつけない。なにかやれることはないのか。船長のヤキモキ加減は、混乱と呼んでも差し支えなかった。

 そのヤキモキが最高潮に達したとき、救世主が現れた。長谷川だ。

「ねえ、山田さんはどんな人がタイプなの?」

 照れも遠慮もなく、ビシッとした質問だった。長谷川は自信のある笑顔で、十三号から視線を外さない。

 問われた十三号は、最善の答えを考えた。意外に難しい質問だ。いっそ「どんなタイプなの?」と問われた方が、まだ答えやすい。型番を言えばいいのだ。十三号は瞬きもしない一時停止で、ナウローディング。

〈よし十三号〉船長がしゃしゃり出てきた。〈私が言うとおりに言うのだ。いいか。長谷川さんの〉

「長谷川さんの」

〈ような〉

「ような」

〈女性です、だ〉

「女性ですだ」

 田舎者っ? 急に田舎者が出てきたよっ? と長谷川は鳩が豆鉄砲をくらったように驚いていたが、言葉の意味が飲み込めると、

「え~マジで~、うれし~」

 と体をクネクネさせて喜んだ。突然の方言は腑に落ちないが、これほどのハンサムにタイプと言われれば、そんなことは瑣末だった。

 ようやくテーブルを越え、成立した会話に、場の空気はちょっとだけ和らいだ。

「俺のタイプはねえ」今が好機と、訊かれもせぬのに喋り出したのは、モテたい男、土井だ。「やっぱり上品な人かなあ。こう、おっとりしてて、穏やかな感じの人がいいな」

 その「やっぱり」は何にかかっているというのか、土井はぺらぺらと喋った。一同は、誰かがかまうのに任せよう、と共通して思い、だから反応は、かわいそうなほど薄かった。食事ばかりが捗っている。

「んで、なんと言っても笑顔だね、笑顔。笑顔が可愛いのが最高だよ。ね、鈴木さん」

 どうもさっきから、七号に当てはまるようなことを言っていると思ったら、コイツ、七号を狙ってやがるな、と船長は気が付き、ほくそ笑んだ。飛んで火にいる合コンの土井、だ。語呂は悪いが、かえって好都合なのだよ。

「鈴木さんの笑顔も、イイよね」

 七号でなくとも、返答のしように窮するだろう。七号はベストな答えがどうしても分からなくて困ってしまい、結局いつものとおり、笑ってみた。困ったときには笑えばなんとかなるらしい、と習慣がしみついている。

 花が開いたような七号の笑顔に、土井の心は射抜かれた。チョロいものだ。

 こうして長谷川や土井の思わぬでしゃばりによって、席上はわずかに交歓の温度となった。飲み会以上合コン未満、いや、飲み会にも満たないかもしれないが、乾杯直後のあの盛り下がりからは、だいぶ息を吹き返したといっていいだろう。少なくとも、長谷川と土井は楽しそうだ。しょうもない。

〈十三号、作戦の骨子を忘れるな。高橋と島村だぞ。二人がまったく会話に参加していないではないか〉

 船長に注意されて、十三号は高橋と島村へ、交互に目を向けた。二人とも、ただ単純に食事をしていて、黙々とモグモグしている。余計なお喋りに使う舌は余っていない様子だ。

「高橋さん」と十三号。

「ん、なに?」と咀嚼中の高橋。

「高橋さんはどんな女性がタイプですか?」

 気軽でない声で訊ねられ、高橋は苦笑した。「どんなって言われてもなあ」

「胸が大きい人が好きなのではありませんか?」

 高橋は咽た。船長だって慌てる。

〈な、なにを言う十三号〉

〈待て、心当たりがあるのだ〉

「どうですか? 胸が大きくて、目鼻立ちのすっきりした女性が好きなのではありませんか? そして髪の色は黒」

 十三号がこう言う根拠は、以前高橋がレンタルしたエロDVDの内容によっている。確かに高橋がレンタルしたものには、そういう女性がパッケージを飾っていたのだ。だからってそれをここで持ち出さなくても、というところだが、それが分からないのが十三号だ。

「まあ、嫌いじゃないけど……」

 嫌いじゃないのかよ、と船長はどうでもいい箇所をツッコんだ。高橋は気まずさのあまり、勢いをつけて食事を再開し、自分の口を塞いでしまった。あーあ。

〈どうだ、会話に参加させただろう〉

〈会話じゃないよあんなの。嫌がらせだよ〉

 それからも、長谷川は十三号に、そして土井は七号に、と積極的な声が投げられた。席順の都合で、その声はテーブルの上を、×印を描くように行き交ったわけだ。高橋と島村は、この場の主役であるはずなのに、すっか傍観者になり、影も薄くなっていた。つまり今、地球の未来はたいへん危うい。

 島村がなにかのきっかけで、十三号に話しかけたこともあった。

「山田さんはこの店、よく来るの?」

「……」

 それは清々しいほどの無視だった。十三号が考えるのは、島村を自分に惚れさせてはいけない、あくまで高橋を好きになってもらわなければ、ということであり、そんなわけでの無視だったのだ。俺に惚れちゃいけないぜ、ってなわけだ。カッコいいぞ、十三号。感じ悪いけど。

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