第18話 幕、上がる

 幹事、という役割がある。催し物の世話を請け負う人のことで、場所の手配から日取りの調整から、様々な手数がかかるものだ。三度の飯より幹事が好き! なんて人はきっとどこにもいないだろう。十三号と七号だって、ロボットでなければ、合コンのセッティングなどご免被りたかったに違いあるまい。

 とくに骨の折れたのが、島村を誘い出すことだった。

 高橋の方は、十三号が合コンの話を持ち出すと、「まあ、行ってもいいけど?」と言葉とは裏腹に目を爛々と輝かせ、やぶさかじゃない感をしとどに溢れさせていたのだが、島村はそうじゃなかった。

 七号が「合コンってどう思いますか?」と、それとなくでもなんでもなく、直球の質問をぶつけると、「う~ん、あんまり興味ないかな」とやや表情を曇らせての返事があった。そうですか、ところでその合コンに行きませんか、なんて言ってみても、断られるのは目に見えていた。だからここは一つ、島村にはお気の毒だが、彼女をだますことにした。詳細は後ほど。

 また、これは作戦の都合上、三対三の合コンとすることにしていたので、十三号と七号はそれぞれ、本当にたまたま目に付いた同年代の同僚に声をかけ、当日の約束を取り付けることに成功した。

 あとは場所をおさえれば、基本的な準備は完了だった。店はこないだ合コンを目撃した、例の隠れ家的ダイニングバーを選んだ。なんだかんだで繁盛している店らしく、雑誌にも紹介されていたし、二号店を出す予定もあるらしい。隠れろよ。


 さて、そして当日の夜になる。

 十三号率いる男性陣は、早々に店に到着していた。大きめのテーブルの片側にずらっと並んで座り、なんだか面接の順番待ちのような様相だ。早く来すぎたような気もして、それがちょっと、恥ずかしい。

「なあ山田。もう来るのか?」

 高橋は落ち着かない座り心地の様子。

「ええ、もう間もなくと思われます」

「そうか」

 高橋曰く、普通に楽しくメシが食えりゃいいよ、とのことで、それ以上の期待はしていないらしかったが、やっぱりそれなりの緊張はある。

「可愛いんだろうな、山田、おい」

 無理に慣れている風を装って、こんなことを言うのは、偶然誘われた同僚の土井という男だった。土井については、それほど説明の必要はない。モテるためなら何だってする、茶髪が流行れば髪を染め、マッチョが流行れば筋トレに励む、そういう単純な男だ。そのくせあんまりモテないのが、その軽佻浮薄にあるとは考えない、残念な男だ。

「それについては主観ですので」

 十三号が言うと、土井は苦笑いで、

「相変わらずつまんねえ返事だな。まあそんなお前の知り合いだから、どうせお堅い女なんだろ。全員メガネの図書委員みたいな感じでも、俺は驚かないぜ。どうせそうだよ、全員メガネだよ」

 土井はなぜかメガネにこだわる。

「よくわかりません」

「ああ、そうかよ。……それよりまだかよ。女たちはまだかよ」

 山賊みたいなことを土井に言われて、十三号は恋愛衛星に通信した。すぐに船長から声が返ってきた。

〈島村たちは、今会社を出たところだ。普通のペースで歩けば、約十二分後の到着だ〉

「あと十二分でここに来ます」

 十三号が当たり前のように言うと、高橋と土井はそれを冗談と受け取ったらしく、「エスパーかよ」と口々にツッコんだ。こういうことで緊張をほぐす男たち。

 それから十分ほど経過したところで、十三号が席を立った。

「トイレへ」

 と言いつつも、十三号が向かったのは店の出入り口の辺りだった。レジにいる店の人にじろじろと訝られながらも、十三号は平然と佇んでいた。

「あ、あのう……」

「なんでもない。気にしないでくれ」

 そう言われましても、と店の人は困惑していた。


「それでは島村さん、そろそろ行きましょう」

 帰り支度を済ませると、七号は島村のそばに近づいて声をかけた。島村はまだパソコンを相手に仕事をしていて、むう、といった顔つきだったが、すぐにハッとして、

「ああ、もうそんな時間?」

「そんな時間です。さあ、食事に行きましょう」

 そうなのだ。七号は島村に合コンのことを明かさず、「美味しい店を見つけた」とだけ伝えて、今夜の約束を取り付けたのだった。今夜、これから合コンみたいなことになろうと、それはまったく偶然のこと、という体裁だ。

「ちょっと待ってくれる?」

 島村は仕事に一区切りつけたいようだったが、今回ばかりは七号も譲らない。

「島村さん、本当に美味しい店なのです。おなかも減ったことでしょう。あんまり無理をしてはいけません。空腹で欠いた集中力で、いい仕事ができるのでしょうか。それよりは、息抜きに美味しいものを食べて、明日からまた仕事に励んではいかがでしょうか。さあ、食事に行きましょう」

 いつになくつらつら喋る七号に説得され、島村は笑ってため息をついた。

「わかったよん。じゃあ可愛い後輩に従います。……長谷川さんは?」

「さっきから待ってるんですってば。ハラペコで」

 腰に手を置いて、妙に気風良く言うのが、七号の先輩で島村の後輩という地位にあり、大して仲も良くないのに七号によって適当に誘われた女性だった。その名を長谷川という。長谷川についても、あまり語る必要はない。一言で言えば、さばさばした性格だ。アルコールに目がない。カッコいい男が大好きだが、彼氏との関係が長続きしたためしがないという。やまとなでしこ的な部分はあまりなく、どちらかと言えばアメリカンな感じの、あけっぴろげな考え方をしていた。化粧がやけに濃く、行き過ぎたセクシーさをかもし出している。

 島村は手早く支度をして、

「それじゃ、行こっか」

「はい」

「ういっす」

 三人は連れ立ってオフィスを出て行った。

 それからおよそ十一分後。三人は隠れ家的ダイニングバーの前に到着する。

「さあ、ここです」

 七号の先導に付き従い、島村と長谷川は「ふ~ん」と店のなかに入っていく。

 ドアを開いて、BGMのジャズが聞こえるが早いか、店の人のいらっしゃいませよりも迅速に、事は進行した。

「おや鈴木さん」と十三号。

「あら山田さん」と七号。

 もう少し演技のしようはないものか、とその様子を十三号アイから見ていた船長は眉間に皺を寄せた。〈……大根め〉

 そんな船長の不満をよそに、ロボットたちの茶番は続く。

「山田さんもここで食事を?」

「はい、同僚と三人で」

 すっとぼけたこんな芝居の観客は、島村と長谷川なのだ。

「あ」そもそもロボットである十三号に、あ、なんて感嘆符みたいな声は存在しないのだが、十三号は真顔でそう言って、「良かったらご一緒しませんか? 金ならあります」

「そうですか。ちょっと相談させてください」

 くるりと踵を返して、七号は「と、いうことですけど、どうしますか?」微笑みで言う。可愛い後輩の必殺の微笑みだ。

 それでも島村は「まあ、別に……」とちょっと歯切れが悪かったが、長谷川は「いいじゃん。いいじゃん!」と俄かに表情を明るくしていた。目の前の男、山田こと十三号の容姿にすっかり惹かれ、顔にはあまり品のない笑みが浮かんでいた。長谷川のミーハーに感謝だ。

 島村としても、こうも上機嫌の長谷川の気分に水を差すのは望まないので、「うん、じゃあいいよ」と頷いた。この頷きの意味は大きい。

「イヤッフゥ~!」

 十三号の視界と聴覚を傍受していた船長は、島村の頷きを確認するなり、こうして年甲斐もない喜びの声を上げた。なんと、早々にもガッツポーズまで飛び出した。

「見たかサヨコ君! いくら島村が合コンを億劫がっても、私にかかれば、このように巻き込むことができるのだ! どうだ!」

「……うるさいです。それに船長、以前にも言ったことがあると思いますが、まだ何事も起きていません。喜ぶのは結果が出てからにしてください。何より、うるさいです」

「なっ、うるさいを一度の台詞で二度も……!」

 そうしている間にも、女性陣は十三号の案内でテーブルに到着する。六つの視線がテーブルの上を、赤外線レーザーのように交差する。

 ここで一つ、残念なお知らせを。

 高橋と島村は過去に、地下鉄のプラットホームでかなりの距離まで近づいたことがある。そして島村は、少なくとも一度は、高橋の顔を見ている。だからもし、島村の印象や記憶に高橋が強く残っていれば、この場面で「あ、いつかの……」と、この偶然のフリをした必然に驚いたことだろう。話も弾んだかもしれない。

 しかし、そんな反応は見られなかった。実際の島村は、「ああ、どうもどうも」と町内会の寄り合いみたいな反応で、その声もかなりの小声だった。

 劇的な再開からの急激な接近、みたいな都合のいい展開を期待していた船長は、鼻息も荒く悪態をついたことだ。「覚えてろよ島村」と捨て台詞のようなことを呟いて。

 それはともかくとして、女性陣が席に着き、かくして合コンの幕が上がった。

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