第16話 ゴウコン

 そしてまた他日。地球の日本時間の十四時過ぎ。

 船長とサヨコが、これといって仕事に精を出すわけでもなく、あくびの涙で視界を滲ませているところへ、十三号から通信があった。

〈船長、おい船長〉

「そんな言い方はないだろう……」船長は顔をしかめて、「なんだ十三号」

 モニターを切り替えてみると、十三号は職場で事務仕事をしていた。傍目には仕事に集中しているような顔つきながら、頭のなかではこうして通信をしているのだ。相変わらず、タイピングの速度がすさまじい。

〈許可がほしい。実行したい作戦がある〉

「ほう。お前からそんなことを持ちかけるだなんてな。いいだろう、聞こうじゃないか。どんな作戦なんだ?」

〈合コンをしたい〉

「……むん?」

 船長の頭上にハテナが浮かぶ。

〈七号と連絡して、高橋と島村とを誘い出し、合コンに参加させて出会わせる〉

「……七号?」

〈そうだ。考えておいてくれ。一旦通信を終える〉

 船長は口を開いて何かを言いかけたが、色々な言葉が喉につかえて、結局間抜けな半開きの口のまま、何も言えなかった。考えることが多すぎる。一分かそこら、船長は身じろぎ一つしなかった。船長の頭は、ちょっとしたことでパンクするのだ。

「サヨコ君」

 呼びかけてみたが、サヨコは返事をしない。

「サヨコ君よ」

「なんですかもう。今忙しいんですよ」

 忙しいって君、と船長は訝ってサヨコに目をやると、サヨコはネイルケアをしていた。ああ……、としか反応できない船長。咎めようかとも思ったが、なんだか逆に怒られそうで怖い。もう好きなだけ爪をピカピカにすればいいよ。

「サヨコ君、今の通信を聞いていたかね?」

「はい、なんか言ってましたね。内容はちょっと覚えてないですけど」

「聞いてなかったんだね」

 ため息の船長は、十三号との通信を正確に再現して聞かせた。そして腕を組み、

「私には十三号が何を言っているか分からんぞ。なんとかコンとか言っていたが、なんだそれは? ……あれか、ある物とある物を一つにまとめて梱包することか?」

「それは同梱です。十三号が言っていたのはゴウコンです」

「そうだな」

 船長は頷いた。なぜか鷹揚に。

「どのへんが分かりませんか?」

 と、爪の仕上がりの程を確かめながらサヨコ。

「ふむ、そもそも『ゴウコン』とはなにか?」

 サヨコはじろりと、船長の顔を見た。冗談を言っている笑みはそこになく、妙にインテリぶった顔があった。イジワルだって言いたくもなる。

「なんだと思いますか?」

「ゴウコン、か。ゴーコン、の可能性もあるな。ゴールデン、コンビ。ゴーイング、コンビニエンスストア……」

「んまったく、違います」

 船長をせせら笑い、サヨコは合コンについての説明をした。地球の文化についての知識を、ほぼマンガから取り入れているサヨコだから、実際の合コンの様子とはやや離れた説明だったが、おおよそにおいて、間違ってはいなかった。合コンを制する者が、恋愛を制するのだ。そうじゃない人もいるけど。

「それはいいじゃないか!」船長は膝を打つ。「そんな素晴らしいシステムがあったとは。地球の男女は、どれだけ出会いに飢えているのだ、みっともない。いやいや、積極的だと誉めておこう。ときにサヨコ君、どうして君はそれを知っておきながら、今まで黙っていたのだ」

「言葉を選ばずに言いましょう、面倒くさかったからです」

「なるほど! フゥ~!」

 合コンという簡便な方法を知ったことで、船長の機嫌はちょっとおかしくなっていた。もう今しも目の前に、高橋と島村のウエディングな姿が浮かぶようで、夢見心地の有頂天だった。

「合コン。いいじゃないか。これで高橋と島村は必ず出会うだろう。ふっふふ。あ、合コンで高橋と島村をまとめられる、つまり同梱だ!」

 目を輝かせた船長だったが、サヨコはあくびをしていた。

「ねえ、ほら、サヨコ君。合コンで同梱、っつって……」

 無視をされ、船長の上機嫌はあっという間にしぼんでしまった。すると、忘れかけていたもう一つの疑問を思い出した。

「そ、そうだ、さっき十三号は、七号がどうだか言ってなかったか?」

「ああ、それはわたしも気になりました」

「しかしサヨコ君、七号はもう地球にいないはずだろう。とっくに回収を済ませている」

「ええ」とサヨコは頷きながら、「船長がやってくれたんですよね」

「ん?」船長は眉をひそめて、「私じゃないよ、君が回収したんだろう?」

 それから二人は、時限爆弾を使ったキャッチボールのように、とにかく相手に責任を負わせようと、言い訳とも説得ともつかない文句を言い合った。「わたし、そんなの知らないし」とサヨコ。「君がやってくれるような素振りを見せた節があった」と船長。どんなにむちゃくちゃな言葉でも、相手の側で爆発してくれればいいのだ。

 二人がその口喧嘩の無意味さに気が付いたのは、十分も経ってからだった。

「確認しようじゃないか」船長は帽子をかぶりなおしながら「十三号の間違いということだってありえる。サヨコ君、七号とは通信できるのか?」

「回線は切ってありますが、今、それを復旧させてみましょう」

 ポチポチとボタンを押していくサヨコ。「船長、呼びかけてみてください」

 うむ、と船長はマイクに顔を近づけて、

「あー、もしもし? まさか、まあ、そんなことはないと思うが、七号か?」

 しばらくノイズまじりで、安定しない通信だったが、そのうち拭き取られたみたいにクリアになった。そうして返ってきた声。

〈そのまさかの七号です〉

 船長とサヨコは驚いて目を合わせた。船長はマイクを握る。

「なぜだ、なぜお前がまだ地球にいるっ?」

〈それはこちらの質問です。なんでわたしはまだ地球にいるのでしょう?〉詰るでもなく、七号は眠たそうに言う。〈指定された日時、指定された回収ポイントにわたしは向かいました。そこは真夜中の森。でも、迎えはなく、わたしは取り残されました。その後は連絡が入ることもなく、こちらからの通信も届かないようでした。真夜中の森へは、度々足を運びました。一体なにがあったのでしょう?〉

 ごめんとしか言いようのない船長は、サヨコを見やる。ささっと目を逸らされた。

「な、七号、それには、その、なんだ、こちらの考えがあったのだよ。断じてお前を忘れていたわけじゃない。なんと言っていいものか、えっと、そうそう、いつか使うだろうと思って仕舞いこんだものを、大掃除のときに見つけて驚くことがあるだろう。それだよ。……申し訳ない」

〈問題はとくにありません〉まさに機械的な返事。〈それで今になってのこの通信は、一体どんな用件ですか? 回収ですか?〉

「いや。それよりお前は今、どこにいる?」

〈島村の職場です〉

「そうか……えっ?」

 慌ててモニターを切り替えて、島村の職場を映し出してみた。そこは雑然としたオフィス。記事の作成に忙しいらしく、みんな熱心に仕事をしている。静かな緊張感といった雰囲気が、モニター越しでも伝わる。島村の姿も確認でき、その傍には鈴木もいた。二人とも資料を見ながら、パソコンと向かい合っている。

「どこだ?」船長は目を細める。

〈ここです〉

 するとモニターのなかの鈴木が、ウインクをするではないか。どこで覚えたんだ、そんな仕草。

「馬鹿な、鈴木なのか?」

〈はい〉

「ちょっと立ってみてくれ」

〈はい〉

 はたして立ち上がる、鈴木こと七号。

「……ゴリラの真似をしてみてくれ」

〈はい〉

 こんな阿呆な命令にも従う七号。そこまでしなくても、と思わず言いたくなるほど、七号はゴリラを熱演した。笑いたいところだが、船長の表情には余裕がない。

「どういうことだ、本当に七号だ! 全然見た目が違うじゃないか!」

〈はい、髪にパーマをかけカラーを入れ、化粧を覚えました。女はそれで変われるのです。ウホッ〉

「……もういい、座ってくれ」

 突然立ち上がり、脈絡なくゴリラの真似をはじめ、憑き物が落ちたかのようにまた座った七号を、島村が不思議そうに見ていた。そりゃそうだ。

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