第15話 ナンバリング、ナンパキング

 現在、山田として地球で活動中なのは十三号。十三、という数字になるまでには、当然ながら、以前に十二体のロボットがいたのだ。まったく世間に慣れることのできなかった初期型にはじまり、段々と社会に馴染むように改良が重ねられ、試行錯誤のすえ、現在の十三号に至っている。

 新型のロボットが作られると、旧バージョンのロボットは回収される。しかし、その回収作業をするのは、あの船長とサヨコなわけで、どちらもが「やってくれてるだろうな」と確認もせずに思い込み、このように地球上に取り残されるロボットが出てきてしまう。

 それが鈴木こと、七号だった。

 七号は、すっかり船長とサヨコに忘れられていたので、なんの指示も与えられず、これまで勝手気ままに過ごしていた。そういう人はたくさんいるが、七号もまた、生活において、明確な目標を持っていなかった。ただ頭のなかには、タカハシとシマムラ、この二人の間を取り持つという命令がインプットされている。そうしてたまたま見つけた島村に引き寄せられ、同じ会社に勤めるまでは、任務を遂行することができたが、キューピットとしての働き方はてんで分からず、その日その日を「鈴木」として過ごし、今、この瞬間をむかえたわけだ。

 十三号と七号は、互いに全く目を逸らさずに会話をする。

「七号、お前は何をしている?」

「あなたと同じよ、十三号。時間をつぶしているの」

「そうか」

 道行く一人の若者が、二人の横を過ぎていく。美男美女の淡々とした会話に、興味深そうな横目をむけていた。なにかの撮影とかかと思ったことだろう。いやに画になるのだ。

「十三号、飲みに行きましょうか?」

 もし、こう声をかけた相手が人間の男性なら、微笑みとともに発せられたこの言葉に、胸を射抜かれ、イチコロで惚れるに違いない。しかしそこは十三号、

「なんの必要があってだ?」

「必要なんてないけど、こういうとき、人はお酒を飲みに行くものよ」

「こういうとき?」

「仲間と久しぶりに出会った、今のようなとき」

 そう言って、また七号は微笑む。これが、十三号よりも地球生活の長い七号が見につけた必殺技だった。無表情ではなく、微笑みと一緒に言葉を発すれば、事態は楽なほうに動くらしい。キラースマイルだ。

「飲みに行くことに異論はない。いいだろう」

 果たし状でも受け取ったのか、というほど固い口調ながら、十三号は誘いを承諾した。美男美女は、腕を組むこともなく、颯爽とその場を去っていった。

 二人が入ったのは、小洒落た飲食店、隠れ家的ダイニングバーとでも言えば経営者は満足してくれるだろうか、とにかくそんな店だった。薄暗い間接照明、横文字の多いメニュー、BGMは凡庸なジャズ。ついさきほどまで十三号がいた居酒屋よりも、やや値の張る店だ。小さなテーブルに席をとり、二人は強いカクテルを飲む。話すことと言えば、高橋と島村のこと。ロボットがする噂話で、クシャミは誘発されるだろうか。

「どうなっているの?」と七号。

「どうもなっていない」と十三号。

「そう」

「ああ」

 無機質この上ない会話は、これ以上続かなかった。別れ話だって、これよりは盛り上がるに違いない。十三号と七号は、粛々と酒を飲んだ。時計の針は、当たり前の速度で動く。

「も~、なにその質問、ヤダ~」

 ロボットたちの雰囲気とはまるで反対の賑やかな声が、少し離れたところから聞こえてきた。それに続いて、笑い声。

 十三号と七号は、表情一つ変えずに、声の方向へと首を動かした。そこでは、男が三人と女が三人、合計六人の人間がテーブルを囲っていた。男陣営と女陣営といった風に席をとり、なにやら楽しそうに食事やら飲酒やらをしている。話し声と見た感じでは、どうやら全員が友達というわけでもなく、自己紹介や質疑応答を重ねている。

 そこに注がれる、十三号と七号の冷たい目。

「まじで可愛いよね~、モテるでしょ?」と男。

「そんなことないよ~」と女。

「いやいや、俺なんてホレちゃいそうだもん」

「え~、そう? えへへ、んもう」

 それなら結婚でもすればいい、と十三号は思った。

「なんかさ、あの人に似てるよね」とまた別の女。

「え、だれだれ?」とまた別の男。

「ほら、こないだやってたドラマに出てた、あの人」

「ああ~、まじで? 実は時々言われるんだよね」

 あなたで似てるなら、似てる人は百万人くらいいることになる、と七号は思った。

 彼ら彼女らは、異性へ好印象を与えることに躍起になりながらも、その努力をひた隠しに隠し、ウィットに富んだ会話に最大限の情熱をかたむける。ジョークを飛ばし、さりげなく真面目さを匂わせ、不純な優しさを撒き散らす。そうしなければ損をする、とばかりによく喋る。宴もたけなわな感じの彼ら彼女らは、そのうち「王様ゲーム」なるものをはじめた。クジを引き当て、あっぱれ、王様になったのは、とりわけチャラい男だった。何を命令されるか、わかったもんじゃない。

 一方こちらはロボットたちのテーブル。温度差は形容するまでもない。

「……あれはどういう一団なんだ?」

 十三号は硬質な声で言った。

「さあ、わからない」

 と七号も無感情に返事をした。

「そうか、では訊いてこよう」

 ガタッと席を立ちかけた十三号を、七号がたしなめる。

「待って十三号。普通、そういう行動はしない。騒ぎになってはいけない」

 七号の指摘に従って、十三号は素直に座りなおした。まあ、十三号にとっても、面倒を起こしてまで知りたい事柄ではない。相変わらず、いや、王様ゲーム以降、輪をかけてワーキャー賑わう一団だったが、十三号と七号はどこ吹く風と、黙って時間を経過させる。美味しいとも思えないカクテルを、不自然でない程度に摂取する。

 しばらくして、十三号が席を立った。

「だから十三号、普通は、」

「違う」十三号は直立不動で言う。「容量タンクがいっぱいになった。排出してくる」

 別に冗談でもユーモアでもなく、本当に言葉のとおり、容量タンクがいっぱいになったのだ。十三号はトイレに行った。五分ほどして戻ってきた。

 席につきながら「わかった」と十三号。

「なにが?」と七号。

「あの一団の行っているイベントの正体だ」

 さきほど十三号がトイレに行き、個室で排出を済ませて出てくると、そこに例のチャラい男がいて、鏡の前で手を洗っていた。十三号もその横に並んで、必要もないが手を洗った。シャー、ジャブジャブ。すると鏡のなかで、チャラ男が目を合わせてきた。

「可愛い女、連れてんじゃん」

 そいつは不躾にも、そんなことを言うのだ。ああも盛り上がっている最中に、離れた席の七号の可愛さをチェックしていたらしい。なんという目ざとさ。

 十三号は少し間をあけて、

「そっちは楽しそうだ」

「あー、まあ」チャラ男は声を伸ばして、「そうだな、今日の合コンはまあまあかな」

「合コン」

「ああ」

 ジャブジャブ。キュッ、とチャラ男が蛇口を捻った。

「あれは合コンというのか?」十三号は真面目な顔で訊ねた。

「そうだよ、知ってんだろ。合同コンパ。あんたモテそうだから、関係ねえか」

 関係ないのはロボットだからだが、とにかく十三号は理解した。あれが世に言う合同コンパ、略して合コンなわけか。合同コンパという単語は、十三号の頭に記録されていた。

「勉強になった。感謝する、王様」

「なんだそりゃ」

 そんなトイレの一幕があったのだ。

 十三号が、合同コンパとは、ということを説明して、十三号と七号はあらためて一団に目をやった。引き続きの王様ゲームに欣喜雀躍し、一団は我が世の春と盛り上がる。束の間の王様の顔に、悪だくみの笑み。はじけるような笑い声。

「……なるほど」

 十三号と七号は、同時に呟き、また同時に頷いた。

「手っ取り早いな」と十三号。

「ええ、手っ取り早い」と七号。


 ちなみのこれらの様子を、恋愛衛星は監視していなかった。道理で静かなわけだ。

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