第13話 高橋、結婚観を語る(酔)

 それからおよそ、二時間後。

 カウンター席には、へべれけになった高橋と、平然と背筋を伸ばす十三号の姿があった。高橋は眠たい授業を受ける学生のようにしんなりとなり、顔はゆでだこみたいに真っ赤になっていた。先ほどから喋る内容は、同じことの繰り返し。陰気にグチをこぼしたかと思えば、「でもな!」と突然声を大きくし、自らの夢らしきものを語る。そして「でもなあ……」とグチに戻る。情緒がもう、ぐらんぐらんなのだ。居酒屋で、堂々巡りの、グチと夢。高橋友彦。といった感じ。

 十三号はと言えば、そんな高橋の話を聞きながら、「ええ」と丁寧に相槌を打っていた。夜の深まる居酒屋にあって、十三号の冷静さは場違いに浮いていた。

 高橋が何杯目かのジョッキを空にして、

「俺はさ、もう二十七歳なんだよなあ」

 酔眼をどこにとも向けず、つまらなそうに呟いた。

「そうですか」と十三号。

「もういい歳だよなあ。十代のころなんて、二十七っつったら、結構落ち着いた大人だろうななんて思ってたけど、全然そんなことねえもんな。そんで来年には二十八になって、再来年には、はあ、二十九かあ……」

 当然の話をしている、と十三号は分析して、

「ええ、そういう計算ですね」

「そういう計算だよなあ」

 呼気にだいぶアルコール分を含んだため息をついて、高橋はしんみりとした。

「何かその数字に、気になる点がありますか?」

 社運を賭けた商談でもこれほどじゃない、というほどクレバーに、十三号は言った。

「いや、別にいいんだけどさ」高橋は笑う。どちらかというと卑屈に。「なんつーのかな、ほら、こんな風に歳とってくのかなってさ。結婚もしないでさ」

 結婚というワードは、要注意として十三号の頭脳にインプットされている。十三号は、ピピっと反応した。

「結婚したいのですか?」

「結婚、ねえ……」高橋は言葉を宙に浮かべるように囁いた。「どうだろうな。わかんねえな、今んとこ。……でもさ、たぶんいいもんなんだろうなって、思うよ。付き合ってさ、結婚してさ、好きな人とずっと一緒にいられるんだ。楽しくなけりゃ、嘘だね。なんつーか、どっかの誰かと、どっかの誰か。その誰かと誰かが、これからよろしく、ってさ、なんかいいじゃん」

 高橋は笑う。さっきと違って軽やかに。そしてそのまま「だけどさ」と続けた。

「それはどっかの知らないヤツの話でさ、自分の身の上には考えにくいんだよなあ。遠い話みたいでさ。フィクションみたいな話。なんつーの? ほら、空き巣に入られるとかってさ、話には聞くけど、自分には起こらないような気がするじゃん。そういう意味じゃ、UFOとかロボットとかもそうだな。今んとこ、俺にとって結婚は、そんなもんだよ」

 UFOからの使者であり、ロボットでもある十三号に、こないだ家に入り込まれた高橋は、そんなことを語った。意外と身近にあるものなのだよ、高橋。

 ともかく高橋の結婚観をしっかりと聴取し、十三号は「よくわかりました」と頷いた。

「そうなんだよ。……山田はどうなんだよ。彼女とかいるの?」

「いいえ、古来よりおりません」

 高橋は噴き出すように笑った。

「そんないじけたこと言うなって。じゃあもう、乾杯しよう、ほら」

 ジョッキを持ち上げて、なにやら笑う高橋。十三号もそれに応えて、二人はジョッキをぶつけた。寂しい男と寂しいロボットの乾杯は、涼やかな音を立てた。

 二人の夜は更けていく。

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