第12話 Drink like a fish
他日の夜。
「はい、そんじゃ、おつかれ~」
高橋と十三号は、安い居酒屋のカウンター席に並んで座り、ビールのジョッキを軽くぶつけた。二人で仕事終わりに飲みに来たのだ。
誘ったのは高橋だった。高橋ははじめて指導をまかされた部下である山田、つまり十三号と、親しくなりたかった。今はなんとなくだが、壁のようなものを感じる。これを取っ払い、堅苦しい上下関係ではなく、友達のような親近感と、先輩後輩の間柄を両立する、そんな関係を築きたかった。あわよくば、話の分かる頼れる先輩として、胸を張ってみたかったのだ。
飲みに行こうぜ、と誘われたときの十三号は、瞬間、頭のなかで「一緒にアルコールを摂取しようというのか。一人でもそれは可能だろう」と冷徹に考えたが、サヨコに与えられた役割は、忠実で愛される部下、なので、「いいですね」と心にもない返事をしたのだった。
そんなわけで、乾杯にいたる。
金のない若者と夢のないサラリーマンがほとんどの安居酒屋は、アルコールの溶けた喧騒に賑わっていた。酔いにまかせた冗談が、安いツマミの上を飛ぶ。
「山田」高橋はジョッキを半分ほど空け、「仕事には慣れた?」と訊ねた。
十三号は一息にビールを飲み干していた。この液体を飲むのが、この場所での正しい作法らしい、という認識から、顔色一つ変えずに一気飲みをしたのだった。大変危険な行為ですので、絶対に真似しないでください、というべきだが、そこは十三号の超合金胃袋、何の影響もない。比喩じゃなしに、本当に超合金なのだ。あとでそっくり排出される。
「はい、おかげさまで」
プハーッ、ともせずに、十三号は言う。
「飲みっぷりがすげえな。山田って、もしかしてザル?」
ここで出てきた「ザル」という単語の使い方は、十三号の頭脳にはインプットされていなかった。竹などで編まれた水切りに用いられる道具、としか検索の結果は出てこない。そしてもちろん、十三号はザルではない。ロボットだ。
「いいえ、ザルではありません」
「ああ、そう? でも酒強そうじゃん」
「確かに酒で酔うことはありません」
「じゃあザルじゃん。……あ、これ、早口言葉みたいじゃね? じゃあザルじゃん」
まだ酔っ払ったわけでもないのに妙に上機嫌な高橋は、ほら、山田も言ってみろよ、とへらへら言った。「じゃあザルじゃん」。仮に百度言えと言われても、十三号には難しくない。しかし高橋の発見したこの早口言葉によって、十三号は「ザル」の別の意味を覚えた。酒に強い人の謂いなのだ。
「高橋さんのおかげで、一つ勉強になりました」
「そうだろ? 俺って意外と物知りだから、へへ」
ふざけた風に高橋は言ったが、あんまりウケなかった。
「いつも高橋さんにはお世話になっており、」
「いやいや、固いって山田。もっとこう、なんつーの? 砕けた感じにさ、打ち解けてくれよ。礼儀なんて今はいいんだよ。そして今後もいいんだよ」
高橋は苦笑いで本心を語った。そのために今夜、飲みの誘ったのだ。だのにこの山田の四角四面な態度。高橋の苦笑いもしょうがない。
「ほら、酒飲もうぜ」
十三号に新たな一杯を注文し、早速それが運ばれてきた。十三号は、ためらうことなくそれを呷った。するりするりと嚥下する。流し込む、という形容がぴったりだ。
そして、あっという間に空になったジョッキを、トン、と静かに置いて、
「しかし高橋さんの部下として、これからも職務に励む所存であり、」
「またかよ、わかったよ」
高橋は、山田なりの冗談と受け止めたらしく、軽快に笑って自分もビールを飲んだ。なるほど、山田ってこういうヤツなんだ、変わってるけど面白いな。いいよ、変わってても。変わってて、悪いことなんてないよ。うんうん。
頬杖の姿勢で十三号の横顔を見ながら、そんなことを高橋は思った。
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