第11話 ダブルオー
「じゅ、十三号っ?」
目を見開き、ついでに口もあんぐりと開いた船長は、呆然とした。スーツにネクタイにオールバックの、山田と呼ばれた男は、確かに十三号にそっくりだった。しかし、しかし。そんなわけがあるか。
船長は、ハッと慌てた様子でボタンを乱暴に押す。モニターに呼び出されたのは十三号アイだ。そして映ったのは、どアップの高橋だった。
高橋は、なに食う? 俺ざるそば、なんちゃって、とか言っている。
なんちゃって、じゃないよ。わかりにくいよそのボケ。別に昼にざるそばってあり得る選択肢の一つだろ。普通だよ。……いやいや、そんなことは心底どうでもいい。
「やっぱり十三号だ!」
叫び声を上げた船長、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、サヨコに向かって「十三号だ、やっぱり!」と、倒置法を用いて再度言った。その余裕を失った目にこめたのは、私が不在の間に一体何事が? という問いだった。
サヨコはそよとも表情を変えず、
「……デンデデデンデ~ン、デデデ」
なんの脈絡もなく歌いはじめた。それがサヨコの答えらしいが、船長にはチンプンカンプンだ。ああ、なるほど、ってなるわけがない。
サヨコの歌うそのメロディーは、地球で有名なスパイ映画のメインテーマだった。
「サヨコ君、あの……」
「テレッテレ~、テレレ~」
ここは一際力強く、いやに熱心にサヨコは歌った。
「だからサヨコ君……」
「デンデデデンデ~ン、」
「もういいだろ! 本編でもこんなにしっかり聴かないよ!」
船長が一喝すると、さすがに少しは悪のりしてしまった自覚があるのか、サヨコは咳払いなどをして、わずかにうつむいた。ここぞと船長は詰問する。
「どういうことだサヨコ君。なぜ十三号が高橋の職場にいて、知り合いになり、あまつさえ部下などになっている? わけがわからんぞ、んん?」
「だって船長」サヨコは口を尖らせて、「もう間接的な方法をとっている場合じゃありませんよ。今までの調子で、なんの進展もなかったじゃないですか。これからだってそうに決まっています。だからいっそ、十三号を高橋に近付けたわけです。この方がやりやすいでしょう。むしろ、良くやったと褒めてほしいものですね、ふん」
「な、な~んだ、その態度は」
「ふん、ふん」
船長とサヨコは、やや気まずい雰囲気のなかで黙っていたが、やがて船長はため息まじりに、「やってしまったものはしょうがない。とにかく現状を教えてくれ」と、なけなしの上司風を吹かせた。サヨコは、いいわけとも報告ともつかず、それを語った。
たまたま高橋の勤める会社が求人を出しているのに気付き、面白半分で十三号に応募させてみたこと。もちろん、十三号の経歴はまじりっけのない虚構だったのだが、あれよあれよと採用が決まったこと。仮に詐称がバレてクビになっても、別にかまやしないこと。十三号の人物像は、海外の有名大学を主席で卒業し、四ヶ国語に精通し、パソコンなんて自由自在に操れて、剣道と柔道と空手と剣玉で合計二十四段になる達人、という設定であること。百メートルを十秒フラットで走る。筋肉とかもすごい。
「……超人じゃないか」
「もとよりそうです」
船長は帽子を脱いで、ゆっくりとした動作で頭を抱えた。頭はずっしりと重たかった。どうしてそんなに大それた設定にしたのだ、サヨコ君よ。それでは十三号が目立ってしまう。目立ってはいかんのだ。それはなるほど、サヨコ君の言うように、そろそろ直接的な手段を選ばなければならない段階かもしれん。しかし、目立ってはいかん。私はそれこそスパイのように、十三号を使いたかったのだ。スパイは暗躍するものだ。人知れず秘密裡に、いつの間にやら高橋と島村をカップルに仕立てる。なぜってその方がカッコイイだろ。
そんなことを船長はぶつぶつと呟き、
「そうだろう、サヨコ君」
しかしそこには、もうサヨコの姿はなく、一枚の紙切れが置かれているだけだった。
昼寝します。サヨコ。
と、紙切れには書かれてあった。
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