第9話 それからしばらく

 アダムスキー型宇宙船の内部には、様々な施設がある。メインコントロール室の他には、簡素なキッチンと食堂、小さなスポーツジム、シャワールーム、資料室、船長とサヨコの自室、トイレ、などなど。なんだ、宇宙船ってそんなものかと思うなかれ、ちゃんと未来的な施設もあるのだ。

 それがテレポート室だ。

 なめらかな自動ドアを入ると、透明で大きな円筒状の機材が目にとまる。そばにあるコンピューターで行き先を設定して、その円筒のなかに入れば、あら不思議、テレポートができるという仕組み。その円筒に入った物質をデータ化して、その先で再構築することで、テレポートを実現させる原理だという。誤ってハエと人間をごっちゃにしてしまうようなことはないので、ご安心を。

 今、その円筒内の上部には、光の輪が浮かんでいた。そしてその輪は、ゆっくりと下降をはじめる。再構築というわけだ。輪が通過したところにシルエットが出来上がる。

 そうして現れたのは、我らが船長。円筒が、プシュッ、と軽い音を立てて開き、船長はそこからのこのこと出てきた。長旅の疲れ、なんて起こり得ない瞬間移動だが、船長の様子には疲労が色濃く漂っていた。肺活量をフルに使ったため息が、船長の口から吐き出された。

 船長は昨日まで、本部から呼び出されたついでに、地球時間で一週間ほどの休暇をとっていた。リフレッシュしたはずが、このため息の湿り具合。その理由は大きく二つ。一つは、今日から仕事をしなければならないという、夏休み明けの学生のような憂鬱。そしてもう一つは、本部でのこっぴどい叱責だった。これは、まあ、仕方がない。

 とぼとぼとした足取りで、船長は久しぶりにメインコントロール室に進んだ。すっかり見慣れた、薄暗い室内だ。

「ああ~疲れた。とくに何もしてないけど」船長はぶつぶつ言って、辺りを見回す。「あれ? サヨコ君?」

 いつもサヨコがいる席が空いていた。と、別の場所から声が返ってきた。

「あ、船長、戻ってきたんですか。頼みもせぬのに、のこのこと」

 そりゃ戻るよ、と内心で言いながら、船長は声のした方に顔を向ける。そこは、普段自分が座っている席、全てのモニターが見渡せる、中央の席だった。サヨコの座る椅子とは、材質からクッションから、とにかく全てが違う、高級で偉そうな椅子なのだ。フカフカだ。

「サヨコ君、何をしているんだ?」

「仕事に決まってます」

「君の席はそこじゃないだろう」

「いいじゃないですか」

「別にいいけど、君が座ったあと、お菓子の欠片が椅子の間に挟まっててイヤなんだよ」船長は小言を呟き、「サヨコ君、何を頭にかぶっている? それは私の帽子じゃないか」

 サヨコは船長がいつも頭に乗せている、いかにもキャプテンな感じの帽子をかぶっていた。軍服姿のサヨコには、それが良く似合っていた。

 どうやらサヨコは、船長が留守の間、こうして帽子をかぶりフカフカの椅子にかけ、船長ごっこのようなことをしていたらしい。お菓子を食べながら。

 船長は立ち上がりたくなさそうなサヨコを無理にどかし、帽子も取り返し、およそ一週間ぶりにモニターの前に座った。手で椅子の隙間をさぐると、案の定、ポテトチップスの破片が見つかった。船長はそれを口にした。しけっていた。薄塩。

「船長、本部は何か言っていましたか?」

「そうだな、仕事ぶりを感心され、この先も期待していると誉めそやされたよ」

「はは」

「いや、笑うところじゃないんだけど……」

 船長は拗ねて、ブスッとした。そうしてモニターを眺める。地球は相変わらずのようだった。今、日本はお昼らしい。テレビをザッピングする要領で、船長はメインモニターの映像を気まぐれに切り替えていった。

「あ、島村だ」

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