汗をかきたい彼女は病室で笑う

大学生

第1話

俺の名前は糸井風斗いといかざと。ダラダラと蝉の声がうるさく響く夏休みをクーラーが効く涼しい部屋で、漫画を読みながら過ごしていた。


そんな高校二年生の夏、俺の幼馴染が突然倒れたという連絡が着た。


幼馴染と言っても高校生になってからやはり異性ということもあってか、話すことが少なくなっていき疎遠になっていた。


そんな中でのこの出来事だった。


俺はどうせ、水を飲まないで軽い熱中症になってしまったのだろう。そんな簡単に受け止めていた自分がいた。


が、状況は想像の数倍悪かった。お母さんから急いで病院に来い、と呼びつけられた。どうやら心臓の病気で倒れたらしい。


電話越しのお母さんの焦りようから、最悪の状況まで想定できた。俺は頭が真っ白になった。


だって俺は幼馴染に想いを伝えることが出来ていない。小さい頃から抱いていた小さな想い。


地面に散らばっていた私服をかき集めて、そこそこのファッションを完成させると、500mlのペットボトルを片手に玄関を出た。


アスファルトが生きているかのように左右に揺れる程の暑さ。サドルも熱くなっているが、そんなことに構っている暇はない。自転車を立ちながら漕いで病院へと向かった。


街の1番の大きな病院とでも言えばいいだろうか。そこに着いた俺は肩で息をしながら、自動ドアが完全に開くのも待たずに病院に滑り込んだ。


電話で説明された病室へと早歩きで向かうと、病室の前の長椅子で腰を丸くして、なんとも言えないような表情をしたお母さんがそこにいた。


俺を見るやいなや、血相を変えて近寄ってくる。そして現状を嘆くかのように俺に声をかける。


「やっと来たの、風斗!?美咲ちゃん、心臓の病気が悪化したんだって。小さい頃に治ったって言われてたのね……」

「で!大丈夫なのかよ!美咲は」


俺がかなり食い気味に聞くと、少し落ち着くように俺の肩をポンと軽く叩くと少しだけ安心させるように、笑顔を無理やり作ったような顔で言う。


「命に別状はないって。でもこの夏休みは多分、病室からは出られないだろうって」

「よ、良かったぁ……。もしもの事があったらって思ったら」


俺の体から魂が抜けていく気がした。少しふにゃけた俺に、緊張感を取り戻させるかのように冷静な声でお母さんは俺に向かって、言葉を続ける。


「でも何が起こるか、分からないから」

「わかった」

「分かったなら、ほら早く!美咲ちゃんと話してきなさい」


そう言って俺のおしりを叩くお母さん。この人はいつも頑張れ、って言う時はこんな仕草をする。何もかもお見通しか……そんなふうに思った。


304号室のドアを開ける。開けるとすぐに正面に見えるのは大きな窓と白いベットで横になる美咲とそのお母さんだった。


「久しぶり」


俺がそう声をかけると、美咲は驚いたような顔をしてから、クシャりと頼りなさそうに笑った。


「申し訳ない……。ちょっと心臓が痛かっただけで大袈裟なことになっちゃった」


そう言ってちゃかそうとする美咲に、横から美咲のお母さんはもうっ!と怒ったようにツッコミを入れる。


「来てくれてありがとーねぇ。最近は家に遊びに来ないから見てなかったけどかっこよくなったねぇ……」

「ありがとうございます。お母さんも変わらず美人でびっくりしました」

「お世辞はけっこうよぉ!」


そう言って笑う美咲のお母さんは美咲にそっくりである。ひとしきり笑い終えると、スクリと美咲のお母さんは立ち上がった。


「じゃあ後は若い二人に任せるとするかね」


そう言ってニコニコしながら出ていってしまった。出ていく時に何か、美咲に耳打ちをしたが蝉の声がうるさくて聞き取ることが出来なかった。


出ていってからしばらく心地の良い沈黙が続いた。小さい頃から一緒にいるからこそ、生まれるこの時間。


そんな沈黙を破ったのは美咲だった。いつもみたいな透き通った声で話し始めたのだった。


「私、この夏は病室ここで過ごすんだって。せっかくのJKの夏なのに悔しいなぁ!」

「……そーだなぁ。俺は家で過ごすだけだし、変わらないけどな」

「引きこもっているから、こんなに綺麗な白い肌してるのか!男子としてはちょっと頼りないなぁ」


そう言ってクスクスと笑う美咲。頼りないって言う言葉がグサグサと俺の胸に刺さる。帰ったら筋トレでもしようと決心した。


「こうやって話すのも久しぶりだね。なんか話すの恥ずかしくなっちゃって」

「まぁ、歳も歳だし。でもこうやって話してみるとぜんぜん変わらないな、俺たち」

「そーだね。私ね、私が倒れたって聞いた時、すぐに来てくれたこと、ちょっとだけ嬉しかったよ」


そう言って柔らかい笑みを浮かべる。患者衣を来ていなかったらすぐにでも、連れてどこかに行きたい気持ちに襲われる。


「まぁ幼馴染だしな」

「……幼馴染だもんね」


再び、沈黙がまた訪れる。蝉が沈黙を埋めるかのように鳴き続ける。その声に負けじと美咲はまた話し始める。


「ねぇ、もし良かったらだけど時々でいいからここに遊びに来てくれないかな?」


美咲は真面目な顔で俺の目を見てそういった。その後に、少し恥ずかしそうに逸らして説明を加える。


「病室、何も無いし。暇だからさ?」


どうかな?、と聞く美咲は緊張が顔から感じとれた。俺の返答なんて決まっている。


「毎日来てやる」

「あはっ!やったっ!」


そう言ってガッツポーズをする。俺に毎日病室に通うという夏休みの予定ができた。


そこから毎日通い詰めた。雨が降っている日も台風が近づいているとか言われていた日も。病室に行ってから帰って来れなくて一夜を過ごした日もあった。


そんなある日の事だった。筋肉質だった美咲の腕が少しづつ細くなっていた時、いつものようにどうでもいい話題を振るようにこんなことを呟いた。


「最近、汗かいてないなぁ。ずっと涼しいところにいるからさ。夏なのにおかしいね」

「俺はいつも自転車をこぐとき、汗だくだからな?」

「久しぶりに汗かきたいなぁ。もしさ、私の病気が落ち着いたらさ、二人で海に行こうよ」

「分かった。じゃあ頑張って治さなきゃだな」


俺がそう言うと、大きく頷く美咲ちゃん。このまま良くなっていくのかと思っていたそんな頃だった。


……彼女の病状が悪くなったのは。


「あはは……。ちょっとやばいかもだね」


元気の無い笑みを浮かべる美咲ちゃん。医師の話を聞くに明日には手術をするらしい。急な悪化でどうなるかは分からない、との事だった。


「絶対大丈夫、美咲は大丈夫」


俺が美咲の手を掴んでそういう。そういうと美咲は天井を見ながら、独り言を言うようにして言った。


「私、病気になって良かったなんて思ってるの」

「なんで!?美咲はこんなに苦しめられているのに」


俺が少し大きめの声で反応してしまう。でもこれは仕方の無いことだと思う。普通はこんな反応をしてしまう。


「だってね?病気になってなかったらこうして風斗と手を繋げてなかったと思うと、幸せだなって思うの」

「そんな……」


思ってもいなかった言葉になんて返事をしていいのか分からず、戸惑うような声を上げてしまう。


「だから笑ってよ。そんな心配することじゃない。もし後悔はいっぱいあるけどね?最後にひと汗かきたかったとか?」


そんなことを言う美咲に、俺は思わず手をまた強く握ってしまう。そして俺が1番伝えたかった言葉を今、言う。


「俺、美咲のこと大好きだ。小さい頃からこの先もずっと。だからさ、生きて一緒に色んなところに行こう。病室なんか飛び出して海に行こう」


俺がそう言うと、美咲は患者衣に水をこぼした。彼女の目から零れた雫。鼻水をすする彼女から聞こえたのは呟くような声だった。


「私も……だよ」


そう言って彼女は涙を拭った。そして冗談っぽく笑みを浮かべると、


「これは汗だから!泣いてなんかないから!」


そう言って強がるように笑う美咲の頭を衝動的に抱き抱えてしまっていた。


「強がらなくていいんだ。俺の前だったらいくらでも泣いていいよ。だって幼馴染なんだから」


俺がそう言うと、美咲は何かが吹っ切れたかのように泣き始めた。


「怖いよぉぉお。死にたくない、まだ死にたくないの。色んなところにも行きたいし、まだ勉強もしたいの!」

「……うん」


俺は美咲から打ち明けられる不安を夜通し聞いた。やがて泣き疲れた美咲が俺の胸で眠りについた頃、病室のドアが開いて美咲のお母さんが入ってきた。


「……美咲のことは任せたわよ」


そう言ってクスリと笑うお母さんに俺は力強く頷いた。そこから俺も疲れていたのか寝てしまった。


ここから記憶があまりないのだ。朝になると美咲は連れていかれて、生きてる心地のしないまま手術の結果を待った。


手術中のランプが消える。そして医師がドアから出てくる。俺たちが駆けよると口をゆっくりと開いた。


「美咲さんは……」


♣♣

「遅いっ!おいていくよ」


そう言って俺の前をどんどんと進んでいく半袖の彼女。ちょっと前まで心臓の病気に犯されていたとは誰も思うまい。


「美咲、コンビニでもよっていくか?」

「私、炭酸がいいー!」


そう言ってシュワシュワするジュースを手に取った。俺はその横にあったスポーツドリンクを手に取る。


どうせ甘ったるくなって俺のスポーツドリンクを横取りするんだろうなと思いながら会計を終わらせる。


「海に行ってもし私が綺麗すぎてナンパされたら助けてくださいね?彼氏さん?」

「前の俺と一緒にするなよ。夏休み期間中、毎日筋トレを続けてだな?」


俺かそう言うと俺の肩を辺りを触って腹を抱えて笑った。


「あははっ!ちょっとは男らしくなったんじゃない?」

「……どういう笑いだ?」

「私が言ったこと、気にしてたんだなぁって思って笑っちゃった」


そんな些細な会話を意識して筋トレをしていた俺も大概だが、その会話を覚えている美咲もそこそこである。


そんな俺たちの夏は始まったばかりだ。


♣♣

カクヨム甲子園優勝目指すぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

汗をかきたい彼女は病室で笑う 大学生 @hirototo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ