蒼の世界
高岩 沙由
初めてのダイビング
春に大学生となった葛原真人はキャンパスの中を歩きながらどこのサークルに入ろうか悩んでいた。
真人はそこまで浮ついた人間ではないと自分で思っているが、高校まで男子校だったので大学に行ったらサークル活動を通して恋人を作りたいと思っている。
(やっぱり女子からも人気のあるところがいいよな)
そう思って真人は再びサークル紹介をしている道に戻り、きょろきょろとしていた時に1枚のポスターが目に入った。
そのポスターは南国の海っぽく、海以外にも、海の中をカメやイルカと一緒に泳いでいる人間の写真が不規則に配置されていた。
「君、海は好き?」
ポスターを食い入るように見つめていた真人は、突然声を掛けられてびくっとしてしまう。
「ああ、ごめんね、急に話しかけたりして」
真人は首を横にふりながら目の前に立っている男性を見つめる。
男性は髪が真っ黒で短髪、瞳も黒いけど、日焼けなのか肌は浅黒くなっている。
(あっ、この人……!)
真人は昨年のオープンキャンパスの時に見かけた人だと思い出した。
「俺はこのサークルの副キャプテンしている2年の古城凛人。君は?」
「あ、僕は葛原真人、と言います」
ドキドキしながら、真人は凛人に向けて名前を名乗った。
「まだ新入生だよね? ちょっと中に入って写真見て行かない?」
「はい!」
真人は迷うことなく返事をすると、凛人は笑顔を浮かべる。
「ありがとう! じゃあ、中に入って」
凛人はくるっと振り向くとテントの中に向かうので真人も後を追って中にはいった。
「凛人、その後ろのかわいい子、誰?」
テントの中に入った瞬間、女性の甲高い声が聞こえてきて、真人は耳を押えながら見回すと女性が8人に男性は真人と凛人のみ。
「ポスター見てたから、声かけたんだ。1年生の葛原真人君」
その瞬間、テントの女性たちから一斉に視線を向けられ、慣れない状況に真人は顔が熱くなり、思わず俯いてしまう。
「真人ね。これからよろしく!」
「えっ!?」
女性の声に真人は驚いて顔を上げる。
「えっ!? 入るんでしょ?」
「あ、あの……」
「こら、陽菜、まずは真人の意向を聞かないと」
陽菜と呼ばれた女性はてへへ、と笑いながら、真人を見る。
「あ、あの……」
「ああ、あれは
「そういうこと。3年の蕎原陽菜です。よろしくね」
陽菜は長い髪を揺らしながらにこ、と笑いかけているが、真人は年上を呼び捨てにするこのサークルに面食らっていた。
(体育会系だと、上下関係が厳しいと聞いたことがあるけど……)
凛人が不思議そうな顔をしている真人を見つめながら口を開く。
「こんなサークルだけど、一緒に活動してみる?」
真人は少し考えたけど、大きく頷いた。
「あ、あの、これからよろしくお願いします」
「やったね! 凛人、私が指導するよ!」
「陽菜、それは俺がやる」
むっとしたような口調で凛人は陽菜に返答する。
「なんでよ? いいじゃん!」
「いきなり女性のバディにさせるわけにはいかないだろう?」
「凛人のけち!」
陽菜がそう言って、あかんべーと舌をだす。
真人は状況がわからす2人の会話を聞いている。
「あ、あの、僕はどうしたら……?」
真人は隣に立っている凛人をみながら問いかける。
「ああ、まずは海に潜るためにオープンウォーターというCカードを取るんだけど、その前に体験ダイブをしようか?」
「ここはダイビングのサークルなんですか?」
「ああ、そうそう。そう言えばあまり話していなかったね」
凛人は苦笑いしながらテントの中にあるパイプ椅子を2客用意して、片方に真人を座らせる。
「このサークルはダイビング愛好者の集まりで、1年中、近場だと神奈川の真鶴あたりから、遠いと北海道の流氷の下に潜っているんだ」
「ダイビングって夏だけとか思っていたんですけど……」
真人は驚きながら質問すると凛人は笑いながら首を横にふる。
「ダイビングは体調がよく、適切なギアがあれば1年中、どこでも潜れるんだ」
凛人は目を輝かせながら真人に語り掛ける。
「海だけじゃなくて、講義を受け、実技試験に合格すれば、湖や夜だって潜れるんだよ」
「湖ですか!?」
ダイビングイコール海だと思っていた真人は凛人の言葉に衝撃を受ける。
「ああ。もちろん、海水と淡水では見られる魚も違うし環境も異なる」
真人は凛人の話に興味を覚えた。
「あ、あの、僕も湖に潜ってみたいです……!」
真人のその言葉に凛人は笑顔を炸裂させた。凛人は真人の両手を握りながら話を続ける。
「ありがとう。その前に海に潜って経験を積まないと。ちょうど来週の土曜日に真鶴に潜り行くから、ついてくるかい?」
「はい! 先輩、よろしくお願いします!」
真人の元気のいい声に凛人は目を丸くした後、笑い出す。
「真人、先輩じゃなくていいよ。俺のことは凛人と呼んでくれ」
「え、え、でも……」
「俺もだけど、ここにいるメンバーは全員下級生から呼び捨てにされることに慣れている」
真人は恐る恐るあたりを見回すとテントの中にいる女性たちがこっちを見て何度も頷いているのが見えた。
「あ、あの、じゃあ、凛人……さん……よろしくお願いします」
真人は声が小さくなりながらも凛人の名前を呼ぶ。
「よし、じゃあ、来週の打ち合わせをするぞ」
凛人は笑顔でそう言い、テントの中で車座になりながら来週の出発時間などの確認を始めた。
翌週土曜日、朝6時。
真人は待ち合わせとなっている大学の最寄り駅の出入り口にぽつんと立っていた。
電車は動いているにしても、利用者の8割が大学生という駅は乗り降りする人はあまりいない。
(ダイビングって朝早いんだな)
あくびをかみ殺しながら真人はスマホ片手にみんなの到着を落ち着かない気持ちで待っていた。
(まだかな?)
そう思った時、クラクションの音が聞こえてきて、真人の近くに白いワンボックスカーが止まる。
「真人、おはよう!」
運転席から降りてきたのは凛人でサングラスをかけ、Tシャツにジーンズ、スニーカーという軽装だった。
「おはようございます、古城先輩!」
真人の言葉に凛人は苦笑いしながら近づく。
「……早く、凛人と呼んでくれ」
凛人はそう小さく言うと真人が手に持っているボストンバックを受け取る。
「このところ、雨も降っていないし、気圧も近づいていないから海の中は良好だろう」
凛人はそう言いながら車に近づき、助手席側のドアを開ける。真人は何も考えずに助手席に座ると、後ろから声が聞こえてくる。
「真人、おはよう!」
その声に慌てて振り向くと、陽菜が座っていた。
「あっ、
真人は慌てて挨拶をすると、陽菜は笑いながら、助手席をポンポンと数度叩く。
「んもう! 呼び捨てでいい、って言ってるじゃない。はい、もう一度!」
陽菜の言葉に真人は目を白黒させる。
「陽菜、あまりいじめるな」
「いじめていないよ!」
「どうだか」
凛人が運転席に乗りながら陽菜を諫める。
その様子に陽菜はあっかんべーとしなからシートに深く腰掛けシートベルトを閉める。
真人も慌てて前を向くとシートベルトを閉めた。
「よし、じゃあ、出発するからな」
車が静かに動き出し、真鶴方面へと向けて走り出した。
東名高速、小田原厚木道路など経由して2時間程走ったところで、目的地に着いた。
「ここは真鶴半島の付け根にある、福浦というところだ」
凛人と陽菜はコロ付のバックと真人のボストンバックを車から降ろし、ダイビングサービスに向かって歩いている。
駐車場の近くにあるダイビングサービスで真人の機材を一式レンタルするため、凛人と一緒にサービスの中で着替えさせてもらう。
だが、真人は初めてのドライスーツにすでにめげていた。
「最初は着慣れなくて苦しいよな」
凛人はすでに黒一色のドライスーツに着替えていて、真人の着替えを手伝っている。
「はい……」
締め付けられながら真人は凛人に返事をする。
足はブーツと一体型になっていて、手首と首元をぎっちりと閉められている感じがする。
「ドライスーツというのは、体を濡らさないため、水が入らないようできているんだ」
凛人は背中側にあるファスナーを閉めながら説明する。
「よし、これでドライスーツは大丈夫だから、あとは外に出ようか?」
凛人は念のため、と言って真人の手を握りながらサービスから外に出て、駐車場に向かうとそこにはタンクとなにやらホースがセットされているベストが見えた。
「よしまずは、と。陽菜、確認するよ」
「はーい!」
凛人が陽菜に話しかけると、一転真剣な顔になりタンクをいじりながらゲージを見ている。
「こっちは全てOK。真人の分も……問題なし」
2人でダブルチェックしたあと、鉛の塊を腰に巻き、足にも何やら巻き付ける。
真人は体重を聞かれた後に、同じように鉛の塊を腰に巻き、足にも重りをつけると凛人と陽菜は頷くとタンク付のベストを背負い、スーツにホースを繋げている。
お互いの装備を確認した後に真人の元に向かい、凛人はタンクを持ち上げると真人に手を通させドライスーツにホースを繋げた後に凛人が説明を始める。
「真人、これがレギュレーターと呼ばれ、水中で呼吸するために口にくわえるもの。こちらにぶら下がっているものは予備で使うものだ。じゃあ、レギュレーターをくわえてエアが出るか吸ってみて」
真人はあまりの重さに後ろに倒れそうになっているが、レギュレーターをくわえ呼吸してみると空気が出てきたので、頷く。
「じゃあ、早速海に行くか。レギュレーターはずしていいよ」
真人はその言葉に頷くとレギュレーターを口から外す。
そのあいだに凛人と陽菜が足ヒレと水中眼鏡と筒状の物を手に持つと、真人の両側を支えながら海に続くコンクリのスロープを進む。
腿がつかる深さまでくると、真人は凛人と陽菜に支えられ海に浮かび、あっという間に足ヒレをブーツにつける。
その後、立ち上がるように言われ足ヒレをつけたまま立つと顔に水中眼鏡と筒状の物をつけられる。
「この筒状の物はシュノーケルと言ってレギュレーターを加えるまではこれで空気を吸いながら水面移動をする」
凛人は真剣な顔をしながら真人に説明している。陽菜はその横で水中眼鏡とシュノーケル、足ヒレを装着していく。
真人は海につかりながら2人がてきぱきと装着していくのを見ていた。
「よし、もう少し進もう」
凛人の声で陽菜に支えられながらゆっくりと海を歩く。
胸のあたりまで海につかると陽菜が声を掛けてくる。
「これから潜るからね。レギュレーターをくわえて、深呼吸していて。海中に入っても慌てずに呼吸して」
真人はその指示通りにシュノーケルを口から外すと水中からレギュレーターを探しだし口にくわえ深呼吸する。
凛人と陽菜も同じように準備を整えるとアイコンタクトと指で“OK”とサインを出す。
真人のスーツから空気が少しずつ抜けていき、どんどん沈み顔が海中に入った時に思わず呼吸を止めてしまった。
その様子を見て陽菜が真人のレギュレーターを軽くトントンと叩く。
(そうだ、呼吸しないと)
真人はレギュレーターを片手で押さえると思い切って吸ってみる。
(あっ、呼吸できる!)
そのまま2人に支えられながら潜っていく。
ある深さまできた時に2人が何やらベストをいじくり、水中でピタリと止まる。
(沈まないし、浮上もしない!)
陽菜がその時また、レギュレーターをトントンと叩くので真人は慌てて呼吸を始める。
そのまま2人に支えられながら横になると海の中を進んで行く。
海の中は色とりどりの珊瑚が岩の上にあり魚たちが泳いでいた。
その当たり前の景色に真人は興奮しながら、ときおり、凛人や陽菜にレギュレーターを叩かれ呼吸しながら満喫した。
水中散歩になれてきたころ、前方に不思議な光景が見えてきた。
水中にありながら、ガラス張りの六角形の大きな建物が見え、中にはシャンデリアや鳥かごがあり、星形のオブジェが天井から下がり、女性が1人床に座り、物憂げな表情で海を見ていた。
(これは何?)
驚いた真人は両隣の2人を見ると、目が大きく見開かれていた。
真人は2人の口から泡が出てない気がしたので、最初に陽菜の、続いて凛人の腕を引っ張るとはっとして呼吸を始める。
凛人と陽菜はアイコンタクトを取ると、その場でゆっくりと浮上していく。
水面まで出たところで凛人と陽菜はレギュレーターを外すと顔を見合わせると凛人が呆然と呟く。
「あれは……一体……?」
蒼の世界 高岩 沙由 @umitonya
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