ヴァレンタインデイ

成阿 悟

ヴァレンタインデイ

(トントントントン……)

 キッチンナイフでチョコレートを刻む。

 細かくなったチョコを湯煎して、とろとろに溶けたところで、ストロベリーリキュールを加えてよくかき混ぜる。

 彼は、いちごが大好きなのはリサーチ済み。

 せっかくの手作りなんだから、ひと手間かけなきゃ。

 ハートの型に半分まで流し込んで、冷蔵庫で固まるまで寝かせる。

 買い物から帰ってきたママが、普段まったく料理なんてしない私の、左手の人差し指に巻かれたバンソーコを見て「言わんこっちゃない」みたいな顔をする。

 ひどぉい! めっちゃ痛かったのに! 少しくらい心配してくれてもいいじゃん!

 もう! ママなんて無視無視。

 固まったチョコの上に、先に作っておいた、こちらも市販のベリーソースにひと手間加えたものを流し込んで、その上にまた溶かしたチョコを、型のぎりぎりまで入れる。

 あとは冷蔵庫に入れて待つだけ。


 お風呂上がりに冷蔵庫を覗くと、チョコはいい感じに出来上がってる。

 カワイイ包み紙でひとつひとつ包んで、ラッピング袋に入れてキラキラのリボンで飾る。

 うん、めっちゃ可愛くできた。

 

 ヴァレンタイン当日。

 やっぱり彼は、女の子たちからたくさんチョコをもらってる。

 みんなと同じように学校で渡しても、彼の印象に残らない。

 私は、彼の家のそばで待ち伏せ作戦。

 

 陽が落ちて、空が素敵な色に染まったマジックアワー。

 寒さも忘れて景色に見惚みとれちゃう。

「——杉田?」

 不意に聞こえた声に視線を向けると、彼がすぐそばに立っていた。 

 びっくり!

 慌てて向き直りながら、カバンからラッピングした手作りチョコを取り出して、彼に差し出す。

「あ、あの、このチョコ受け取って」

 あぁん、彼の前だと、いつもぎこちない動きになっちゃう。

「ああ、ありがと」

 彼は貰い慣れた様子で受け取ってくれた。

「ん? その指どうしたの?」

 私の左手人差し指に巻かれた包帯を見て、彼が言う。

「え、あ、ちょ、ちょっとね」

 慌てて手を身体の後ろに回す。

心臓がすごくドキドキしてる。

 ここで勇気を出して言おう。頑張れ、私。

「あの、私、ずっと前から高位くんのことが好きでした」

「――こうやって、面と向かってはっきりと言われちゃうと、なんか照れるな……ありがとう」

 彼は頭をきながら言う。

「もしかして、これ手作りチョコ?」

 やだ、高位くんの顔が近い近い。

「う、うん……あ、あの、よかったら、ここで食べてみてくれないかな?」

 いっそ勢いで言ってみる。

「え、いいの?」

「うん、食べてみて」

 彼はラッピングを開いて、チョコを一粒つまんだ。

 心を込めて作ったチョコレートが、高位くんの口の中へ入っていく。

「――うん、美味しい!」

 彼の表情がほころぶ。

「チョコに苺の風味がついてて、中にも濃厚なベリーソースが入ってる! 俺、いちご大好きなんだよ」 

 やったぁ! めっちゃ嬉しい!

 大好きな高位くんが、私の名前の通り「愛」をいっぱい詰め込んだチョコを食べて、美味しそうに微笑ほほえんでる。

 彼の口の中でチョコレートがけて、ベリーソースがあふれ出し、喉仏がゆっくりと上下して、飲み込まれていく。

 なんだか身体がゾクゾクして、口元に笑みが浮かんできちゃう。

 他のコたちのどんなチョコレートより、絶対私のチョコがいちばん心がこもっているし、絶対にいちばん美味しい。

 

 

 だって、あんなに痛い思いをして、ベリーソースにたっぷりと私の血を混ぜたんだから——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴァレンタインデイ 成阿 悟 @Naria_Satoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説