七之二
「それが、ことはそう単純ではありません」
「式の会場となった鱗の廟堂には、なんと龍神像が祀られていたというのです。なんでも
白髪混じりの頭には慣れたはずの神官帽に代えて頭巾を被り、常ならば紫の
「それで
神官の身分を隠し、庶人を装ってまでして現れた兆薫に、多嘉螺は白々とした目を向けた。
どの面下げてという言葉を飲み込んだだけ、多嘉螺にしては控えめな態度といえよう。もっとも瞳には呆れと侮蔑が浮かぶのを隠そうともしないから、兆薫はこの部屋に足を踏み入れた瞬間から、ひたすら恐縮し続けている。
本来なら兆薫は、この
大廟堂主といえば、稜では王に次ぐ権威の持ち主である。その彼がこうして多嘉螺の屋敷で卑屈なほどの態度を見せるのは、無論わけがあるに決まっていた。
「鱗の結婚式の様子が伝わって、邪教徒たちはますます勢いづいております。真に由々しき事態と言わざるを得ません」
「兆薫様のお立場もわかりますが、邪教呼ばわりは控えられた方が良いでしょう。龍神道は枢智貴璃様のお父上、渓口公も傾倒されていると聞きます。他にも宮中で信心する方はいらっしゃるのでは」
「まさに仰る通りです。それどころか」
多嘉螺の言葉に深々と頷いて、兆薫は大きな顔をずいと突き出した。
「あろうことか、陛下までもが話を聞いてみたいなどと仰る始末」
兆薫の嘆きは、さすがに多嘉螺にも予想外であった。眉を跳ね上げる彼女の前で、兆薫は憤りさえ交えながら零す。
「陛下が
先代旻王・
そもそも枢智子恩は、夢望宮の神官が宮城で我が物顔でいることを、どうやら好ましく思っていなかったらしい。彼が即位してからは、大廟堂の神官ばかりが偏重されてきた。
ところが枢智子恩と昵懇だった沈阮は失脚して、夢望宮から送り込まれた兆薫が後任となった。兆薫が旻王に疎まれるのは自然な流れであったが、それにしても――
「夢望宮への当て馬にまでのし上がるとは、龍神道もたいしたものになりましたな」
思わず多嘉螺の口を突いて出た呟きに、兆薫が恨めしげな顔を見せた。
「他人事のように仰られるな。多嘉螺様が龍神道を唱えたとは今さら言いませんが、かの
そう言って、兆薫は多嘉螺の傍らに視線を向けた。
彼の視線の先には、ひと言も口をきかぬまま、まるで眠っているかのように静かに座している
「如朦様」
兆薫は如朦に向き直りつつ、だがその顔を直視できない。
「この世を眺め、全てを受け容れよという
両手を床について、ほとんど平伏する兆薫の頭を、如朦の細い目が見下ろしている。その横顔を窺う多嘉螺には、彼の瞳に浮かぶ表情までは読み取れない。
「龍神道の教母とやらを招く場には、大廟堂主たる私も同席と相成りました。ですが私が何を申そうとも、陛下は聞き入れてくださりますまい」
「……陛下の御前に、私どもも参上せよと仰いますか」
如朦の発した言葉に、兆薫はひれ伏したまま顔を上げた。亀のように滑稽な姿勢を取りながら、兆薫がおそるおそる首を上下させる度、彼の顎肉がぶるぶると震える。
「
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