告白とお見舞いと

 布団から顔だけ出し、柔らかい笑顔で僕を見ているのは、僕の初恋の君である花宮浩佳ちゃん。

 その浩佳ちゃんが僕に告白し、僕が返事を保留したのは、居酒屋で偶然会った浩佳ちゃんの尊敬する先輩に『きちんとした姿』を見せたいと言ったからだと思い悩ませてしまっています。




「ひ、浩佳ちゃん……あ、あのね……」




 僕はもう限界でした。

 これ以上、浩佳ちゃんの想いを保留しておくのも、僕の思いを押し留めておくことも、最早不可能な領域にきています。




「ぼ、僕も……浩佳ちゃんのことは……す、すす好き……だけど……」




 心臓ばくばくで、血液が全部こめかみの辺りに集まったんじゃないかと思うくらい顔が熱を持ち、浩佳ちゃんを直視出来ずに目を逸らしていますが、横顔に浩佳ちゃんの視線は痛い程感じています。




「その……僕は……何の取り得も無い人間で……誰にも見向きされない人間で……浩佳ちゃんの隣に居てもいい人間じゃなくて……つまり……僕は……浩佳ちゃんのか、彼氏には相応しくない人間で……」


「私の感性っておかしいのかな?」


「え?」




 僕が一生懸命言葉を引っ張り出して自分は浩佳ちゃんには相応しくない理由を話していると、途中で浩佳ちゃんがカットインしてきました。




「前も言ったよね?やっぱりカズくんから見ると、私の感性はおかしい?」


「え……いや……そんなことは……」




 浩佳ちゃんは視線そのままに布団の上で体を起こしました。

 薄いピンク色のパジャマが視界の隅に入ります。




「カズくんはどうして自分を否定するの?私、カズくんのいい所いっぱい知ってるよ?気遣いしてくれる所とか、今日みたいに私が体調崩したらすぐお見舞いに来てくれる所とか。自信持てないなら持てないでいいから、自分を否定するのは止めて欲しいよ。」




 静かに、ゆっくりではありましたが、その声はいつもの明るい浩佳ちゃんではなく、僕をどうにかして説得したいという迫力が込められていました。




「カズくんが自分を否定すればするほど、私もカズくんに否定されてるんじゃないかって思っちゃうよ。」


「そ、そんなことは無いけど……」


「だって私の感性を否定してるんだよ?」


「……!」




 浩佳ちゃんが布団の横から足を出してベッドに腰掛けました。

 立ったままの僕を見上げています。




「私はカズくんの彼女になりたい。いっぱいいい所のあるカズくんの彼女になりたい。」


「浩佳ちゃん……」


「宝生さんにきちんとした姿を見せなきゃとかそんなのどうでもいい。私はカズくんのことが好きなの。」




 浩佳ちゃんの声が少し震えています。

 ちらっと浩佳ちゃんの方を見ると、浩佳ちゃんの目がウルウルしていました。

 泣かせてしまいました。

 これ以上、返事を先延ばしにするのは賢明ではないようです。

 僕も覚悟を決めなければいけませんね。




「あ、あのね……浩佳ちゃん……」




 口を開いた僕を、浩佳ちゃんがじっと見詰めています。

 開いた口から心臓が飛び出そうです。




「浩佳ちゃんがぼ、僕の彼女になりたいって……い、言ってくれるのは凄く嬉しい……ぼ、僕も浩佳ちゃんのことは……すす好きだから……」




 浩佳ちゃんは微動だにせずに僕を凝視しています。

 さすがに僕は恥ずかしさと緊張で、浩佳ちゃんを凝視するどころかチラ見すら出来ていませんけど。




「でも僕は……さっきも言ったようにこんな人間で……きっと……浩佳ちゃんは僕の事が嫌になってしまうと思うんだ……」




 ベッドが軋み音をあげます。

 姿勢を変えた浩佳ちゃんが視界の隅に入ってきました。




「カズくんって未来が見えるの?」


「は?い、いや……見えるわけない……よ……」


「じゃあ私がカズくんの事が嫌になるかどうかなんて誰にも分からないよね?」


「そ、それはそう……なんだけど……でも……そうなる気が……」


「カズくんって誰かと付き合ったことある?」


「へ?い、いや……それは前にも言ったけど……あるわけないって……」


「つまり、私がカズくんの事が嫌になるって言うのは経験じゃなくてカズくんの直感って事?」


「ま、まぁ……そうなる……かな……」




 浩佳ちゃんはベッドから立ち上がって僕のすぐ隣に並びました。

 微妙に手や服が触れるくらいの至近距離です。

 浩佳ちゃんがぐいぐい来ます。

 心臓の音が伝播しそうです。




「直感って経験から積み重ねられて感じるものだと思うなぁ。”あ~このパターンはイケるなぁ”とか”これはダメなやつだ”とか。未経験の直感って何だろ……空想?」




 僕ははっとなって浩佳ちゃんの顔を今日初めて見ました。

 睫毛に涙の雫が付いていますが、いつもの可愛らしい笑顔でした。




「空想……そうかもしれない……」




 その笑顔を見た瞬間、僕の中で重たい何かが下ろされたような感じがしました。




「返事ならいつまでも待つけど、同じ空想ならもう少し前向きに考えて欲しいな。例えば……」


「例えば?」


「学校が休みの日に何もする事が無くてもメール1本で見付かる話し相手が出来るんだとか、バイトで疲れた時に頭を撫でてくれる癒し相手になってもらおうとか。」




 『話し相手』は分かるけど『癒し相手』って初めて聞きました。

 僕はきょとんとした顔でつい浩佳ちゃんを見てしまっていました。

 目が合った時、お互い自然と頬が緩んで笑ってしまいました。


 参りました。

 どれだけ僕が浩佳ちゃんとの距離を開けようとしても、浩佳ちゃんは離れる速度よりも少しだけ早く僕の方に近付いてくれているのですから。




「浩佳ちゃん……」


「ん?」




 笑顔の浩佳ちゃんの目を、僕はじっと見て言いました。












「こんな僕で良ければ、僕を浩佳ちゃんの彼氏にしてください。」




 その時の、浩佳ちゃんの輝くような笑顔と、頬を伝う綺麗な涙と……そして自然と顔が近付き触れた唇の柔らかさも……きっと一生忘れないでしょう。




◇◇◇◇◇




 ええ、忘れませんとも。




 高熱と倦怠感ハンパないです。

 僕はファーストキスと一緒に風邪も貰ったようですね。

 おばさんは浩佳ちゃんの体調不良を『風邪じゃない』『ストレス抱えてるだけ』なんて言っていましたが、どう考えても正真正銘の風邪です。




 でもいいんです。




 浩佳ちゃんが毎日お見舞いに来てくれていますから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

非モテの僕に相応しくない幼馴染 月之影心 @tsuki_kage_32

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ