第6話

アロイと短く握手をした。

「俺が居ても邪魔なだけだからな。絶対に帰って来いよ」

「もちろんだ」

 アロイと父親たちは東方向へ三本足から距離を離して避難をし、俺とトト、ミゲルとミローディアは、そのままロケット型飛行機に乗り込んだ。

 浮遊魔法を重ねがけして、魔法の持続を図る。

「行くぞ」 

 俺は三本足の誘導の為、三本足の機械の前に出ようとしたが、その周りに歩いていた四本足の蜘蛛のような機械が先に気が付いて、レーザーを放ってきた。

 慌てて機体を傾げて躱す。

 俺はこの超合金ロケット型飛行機の操縦で、《浮遊魔法》とは何なのか理解した。

 おそらく起動した人間の、操縦や空気抵抗、重力、揚力、の細かい力配分、理解を試す様な魔法なのだろう。正解に近ければ近いほど、理想の動きと近くなる。

 意外と毛布よりも、こっちの方が動かしやすい。

 四足歩行型や、毛虫がこちらを向き、レーザーを連射してくる。

 機体を斜めに反らして空気抵抗を増やし、レーザーの周りを回転するように避けて進んだ。

 三本足の目玉を横切ると、三本足は停止し、古代文字を発生させる。

 それをよく読んでいる時間はなく、上体を大きく反らして急上昇し、とんぼ返りのように方向転換して急降下した。

 そのまま海の方向に向かって飛ぶと、機械達が追いかけてきた。

「よし!」

 トトが言う。

「でも、ほかの機械も来ていますよ」

「直接斬りたいけど、あの古代文字に当たったらどうなるか分からないしな‥」

 ミゲルが言った。

「今、部下が爆撃機を飛ばしている。タマオアイの25分の1のエネルギーだ。試験もかねて爆撃をする。合図をするから、その時に離れろ」

「‥どうやって指示したんだ?」

「空中にドローンが並走している。超小型のものは視覚把握特化の位置情報付きだ。ここが戦場になってからは、24時間体制で人が操作し、監視を続けている。さっきお前たちが話している間にドローンが飛んできて、俺は指示を飛ばした。ドローンは無線機も搭載している」

「へぇ」

「爆弾を落としたら、俺は爆撃機に乗り換え、お前にクリップボードを渡す。お前は先に飛んで防御魔法を重ねがけして時間を増やせ。誘導なら俺も出来る」

「は?お前はどうするんだよ」

「爆撃機に乗り換える。詳しい指示は無線で出す。無線機も爆撃機が来てから渡す。西の方を目指して飛んでくれ」

 俺は三本足を取り巻く雑魚の放つレーザーを避けながら、海岸線へ進んでいく。

 すると、ミゲルの言った通り西方向から爆撃機が現れた。

 機内を操縦している兵士が手を挙げる。

「上昇してくれ」

 言われた通り、機体を持ち上げて上昇する。

 同じくらいまで爆撃機が上昇し、集まってきた機械に向かって爆弾を直撃させる。

 投下してから、いっぱく遅れて爆発した。

 激しい光と煙が巻き上がり、今まで間断なく放たれていたレーザーの攻撃が止む。

 その隙に爆撃機が近づき、ミゲルとミローディアが乗り換える。

 ミゲルが俺に《防御魔法》を描く用のクリップボードと上質な紙、無線機を渡す。

「海上にコンクリートの塔が二つ確認できるはずだ。陸から並行に右側、西側の塔の上に降りたら、《防御魔法》を描いて待っていろ」

「三本足はどうするんだ」

「塔が端と端の目印になっていて、その地下に爆弾の格納庫がある。塔付近の海底には、天井を開閉できるゲートがあり、機械をそこまで落とし穴まで誘導し落下させ、爆発を受けさせる」

 その時、七色のレーザー光線が一斉に放射される。

 咄嗟に機体を傾け、奇跡的に避けた。

 魔法のような色合いで、鮮やかで美しい。

 同時に分かってしまった。

 悪魔は、俺たちの祖先は、魔法の技術と機械の技術をかつての人間と精霊から盗んだんだ。

 俺は風防を閉じ、機体を回転させ、海へと飛び始める。

 爆煙が風で掻き消され、視界が晴れた。

 振り返って確認すると、小さな四足飛行型や、毛虫は溶解した金属のようになって潰れているが、三本足の終末の機械には、全く効いておらず、むしろ足の金属部分は輝きを増して、内側の赤銅色の筋肉質を覗かせながら、顔だけこちらを向いている。

 俺はミゲル達に誘導を任せて、高速で海へ直行した。

「飛ばすぞ、しっかり掴まってろ!」

「うん!」

 直進する。

 海の上にポツンとせり出した灰色の塔が見えた。

 言われた通り西側のコンクリートの塔に着陸してから、飛行機から降り、膝をついて、クリップボードで《防御魔法》の設計図を描き始めた。

 防御魔法は先ほど試したところ、悪魔の力を持ってしても、数十秒しか続かなかった。

 強力な魔法は一つの設計図当たりの時間が短くなる傾向にあるが、これも同じようだ。

 つまり、この防御魔法の重ねがけが何回出来るかで、俺とトトの命運は決まってくる。

 さらに、設計図自体が何秒保てるかも分からない。

 機械が来るタイミングが遅すぎてもいけない。

 最後の最後で、敵を信じなければいけないなんて。

 僅かに曇るその意識を、トトが大きな声が掻き消した。

「ジン、頑張って!」

 赤いガラスの剣を抱えて、トトが俺を待っている。

「任せろ」

 手が震えそうになる。

 僅かなブレで全てがダメになる。

 息を整えて、集中して描く。

 脳に貼り付けた設計図を、自身の手でコピーする。

 機械的に、精密に。早く。

 


   ◆



 ミゲルとミローディアは爆撃機に乗り込むと、ミゲルはミローディアの首筋に手刀で衝撃を与えて気を失わせた。

「ミローディアを頼む」

 ミゲルは部下に頼んだ。

 部下と操縦を交代し、風向きに翼を傾げて揚力を増し、美しい七色のレーザーを避ける。

 機械は憎くて嫌いだったのに、爆弾の開発やそれこそ杖の製造過程などで機械についての知識は必要不可欠だった。

 皮肉な話だ、何もかも。

 上昇し、降下しながら翼の迎角を狭めて加速する。回転しながら揚力を分散し、複雑な動きで機械のレーザーを躱した。

 機械は驚いたことに、おそらくAIに似た機能が搭載されており、失敗を修正してくる。

 飛行方法のパターンを組み合わせ、貫かれないように、海に向かって緩慢に飛び続けた。

 誘導をしながら、ようやく塔を発見し、超加速して機械を引き離す。

 ミゲルは一人、爆撃機から飛び降りる。

 その時、ジンからの通信が入った。


 ー まだか


 ミゲルは振り返り、機械の速度と距離を目算し、短く応答する。


 ー あと76秒


 反対側の塔から、手の平とパスワードを入力し、地下へ続く階段を降りる。いくつかのシャッターをくぐり、エレベーターで施設の最下層へ向かう。

 扉に入り、モニターが多くある部屋に入る。施設内のドアの開閉やスイッチ、ほか様々な重要なコントロール機能のある部屋だ。

 席に座り、パスワードを打ち込んでから、赤いボタンのスイッチを押した。

 このパスワードを知っているのは自分だけだ。

 

ー ゲートはいわば二重底のようになっている。

 今から一段目のゲートが開く。

 三本足も30秒後にここへ到達、一段目の落とし穴に落とし、落下の瞬間に合わせて二段目の最終ゲートを開く。

 機械は落下し、タマオアイは海水に刺激されて爆発する。

 

ー わかった。つまり、俺は機械が一段階目に落ちる直前で《防御魔法》をかけて、一緒に機械と二段目のゲートに入れば良いって事だな


ー その通りだ。


 その時、扉が開いた。

 ミローディアが立っている。

「あなたが考える事なんて、全てお見通しです」

「‥‥馬鹿野郎」

 ミローディアが隣の椅子に座った。

 こちらを向き、優しい表情で聞いてきた。

「どうして急に立ち直ったんですか」

 ミゲルは言葉に詰まる。

 ミローディアが困ったように笑う。

 ミゲルは絞り出すように言った。

「彼等を見ていて、どこか懐かしい気がしていた」

「懐かしい?」

「予知夢で見ていたからだと思っていたが、そうではなかった。夢を失敗したせいか、認められる」

「何をですか」

「俺は、彼等が羨ましい。もう一度時間を巻き戻し、全てやり直したい」

 言葉にすると酷く残酷で胸が締め付けられた。

 そうだ、俺はやり直したい。

 やり直して‥‥

 ミゲルが吐露すると、ミローディアは優しく言った。

「‥‥私を養子に引き取らなくても、良かったじゃない」

「寂しかったんだ。そしてお前が可愛かった。俺はよくお前の子守りを頼まれていたが、本当は俺の方が楽しかったんだ。兄弟はいなかったし、父親もいつも忙しくて家には母親しかいなかった。母親も魔法の国の流行病で死んでしまってからは、本当に俺はお前を大切に想っていたんだよ。お前を憎しみと復讐に巻き込んで済まなかった」

「裏切ってごめんなさい」

「気にしてない」

 ミローディアは手を重ねて言った。

「私は後悔なんてしていませんし、失敗なんて思ってません。色々なことがあったけど、大変だったけど、それでも隣にいられて良かった」

 ミローディアは右腕の義手を外し、前に置いた。

 金属製の重い音を想像していたが、全く違い、とても優しい低い音だった。

 触れるとシリコン性だと分かった。

「ずっと悩んでたの」

「俺も考えていた。俺が間違っていた。機械を無くした結果、金属製の人工物としてお前の腕は今後無くなる可能性があるという事は分かっていた。俺は憎しみと復讐を前に、大切な事を見失った。俺はお前よりも、自身の憎悪を優先してしまった‥なんて愚かな」

 ミゲルは右手で頭を抱える。

「ミゲル。ミゲル、こっちを見て」

 ミローディアはミゲルの右手に無事の左手を重ねた。

「ミゲルは余りにも優秀過ぎたのよ。誰だって間違いはあるわ。それが大きかっただけ」

 ミローディアは微笑んだ後、真剣な表情をして言った。

「さて、最期の仕事をしましょう」



   ◆



ー ジン、トト、聞こえるか


「ああ、聞こえる」

 目の前に、巨大な三本足の機械がズンズンと迫ってくる。

 海水はどんどん干上がっていく。

 機械の速度は落ちない。

 俺は描き連ねた設計図を足で押さえ、トトの胴体に腕を回した。


ー 一段目を開く、3.2.1


 モーセの伝説のように、ザァァアアと大きく飛沫を立てて、海が割れる。

 想像以上にタマオアイの格納庫は大きい。

 三本足の機械は開いたゲートに足を取られて、ゆっくりと落ちていく。


ー 二段目解錠


「オン!」


 赤いガラスの剣から放たれたのは、眩い七色の光だ。

 それがシャボン玉のように全身を覆った。

 俺はトトを抱え、飛び込む。

 白い星が見え、雷が落ちたように世界が光った。空気がドクンと波立つ。

 その瞬間、何も見えなくなった。

 広がる白煙。

 紙の上に放り出されたかのように、位置把握が出来ない。

 だが、ふいに赤く光る目玉が見えた。

 落下速度が落ちる。

 白煙の中心から、太陽をも焼き焦がす、黄金のマグマが溢れ出す。

 無音。

 黄金の渦に飲み込まれる。

 トトが剣を前に突き出す。

 純白の羽が舞った。

 輝きを放つ翼がトトの背中から生え、重力に逆らって終末の機械の目玉の部分へと剣を導いていく。

 瞳孔の部分に、トトは剣を突き立てた。

 トトは囁くように告げた。

「オフ」

 ドクン、と空気が脈を打つ。

 目玉がゆっくりと目を閉じる。

 雫が流れ落ちる。

 色付いていた目玉は透明になり、溶けるように消えていった。

 トトが手を伸ばす。

 もうそこには何も無い。

 安堵は出来ない。

 心臓がバクバクと音を立てる。

 あと何秒、魔法は保つ?

 早く走って逃げなければ。この爆発なら辺りは焼け野原、海も干上がっているはずだ。

 トトが剣の柄から、ゆっくりと手を離す。

 俺はトトを抱える腕に力を込めたその瞬間、ジジ、と防御魔法のバリアから音がして、何も分からなくなった。



 

 ぽたん、ぽたん。

 ぽたん。


 水滴の落ちる音がする。

 目を覚ますと、陽が沈む前の赤い太陽が見えた。

 遠くに水平線のようなものが見える。

 下を見ると、自分は水の上にいた。

 白い綿のような雲が、反射して流れていく。

 空を仰ぐと、そこには空は無かった。

 代わりに、瑞々しい植物が生い茂り、細い大きな葉から、惑星を反射した雫が、地面に波紋を作って滴り落ちる。

 思考が霧散するほど美しい、自然の宝玉だ。

 俺は天国というものを想像した事がないが、視覚だけで言えば、ここで間違いなかった。

 空気も冷たくて、心地よい。

 雫の滴り落ちる音が、眠気を助長する。

 だが、そこでハッとした。

「トト!」

 俺が身体を起こすと、目の前に巨大な羊の角を生やした化け物が胡座を掻いて座っていた。

 羊の角を生やした化け物は、俺をゆっくりと見下ろし、頬杖をついた後、口を開く。

 声ではなく、文字が流れて、俺の前に現れる。



Αρχικά, τα πνεύματα δεν ήταν ιερά. Είναι απλώς μια φυλή που έχει περάσει χρόνο με γέρους ανθρώπους


『精霊とはもともと、聖なるものでは無かった。単なる旧人間と過ごしてきた種族だ』


Ένας διάβολος, ο νέος άνθρωπος ονόμασε το πνεύμα ως σύμβολο της έννοιας του «καλού» που δημιούργησε ως οντότητα που αντιμετωπίζει το «κακό» του. Το έφτιαξα γιατί το θέλετε


『悪魔であり、新しい人間は、己の「悪」と対峙する存在として作った「善」なる概念の象徴を『精霊』と名付けた。お前達とは違う、穢れず白い存在。お前たちがそう望んだから、私は作った』


Ωστόσο, έκανα κάτι αξιολύπητο στην κορυφή (Άνω). Ο διάβολος έχει το χαρακτηριστικό να αποκλείει τον αδύνατο και να θέλει να τον πληγώσει. Έπρεπε να είχα φτιάξει δύο πνεύματα, όχι ένα. Αυτό δεν θα δημιουργούσε προκατάληψη


『だが、アノーには可哀想な事をした。悪魔は弱い者を排除し、傷つけたがる特徴がある。一匹ではなく、二匹精霊を作るべきだった。そうすれば偏りは生まれなかっただろう』


 化け物の足元には、白い翼の生えたトトが横たわっていた。


「トト!」


 俺は駆け寄ろうとして、立ち上がると、化け物の指に摘まれ、上へと持ち上げられた。


「トト!」


 化け物の顔の前まで近づけられる。

 目の前に文字が現れる。


Τα ζωντανά πράγματα επαναλαμβάνουν τη ζωή και τον θάνατο. Εσείς που το θεωρείτε απόλυτο κακό και το απορρίπτετε είστε πολύ αλαζονικά και έκπληκτα πλάσματα.


『生物は生と死を繰り返すもの。死を《絶対悪》と見做し、拒絶するお前達は、とても傲慢で呆れた生物だ』


 こいつは‥‥こいつは何者だ?

 創世の神とでもいうのか。

 俺は叫んでいた。


「トトを生き返らせてくれ!お前なら出来るんだろう?」


 羊の角をした化け物は、ニヤリと笑って口を閉ざした。

 駆け引きを‥‥神と駆け引きをするしかない。

 俺は言った。


「人間は他の生物とは違う。高度な知能がある事で、命はただ生殖の為のものと捉えられなくなる。『種』としてではなく、『個人』として『家族』として、命を見ている。だから、殺すことを悪だと捉える」


 創世の化け物は摘み上げていた俺を下ろす。

 俺は手を広げて訴えた。


「だから、トトが死んだら悲しい。お前から見たら愚かなことかもしれないけど、俺にとったら大切な人の生死は深く関係のある事なんだ」


Αν το λες αυτό, δεν είναι λυπηρό γιατί ο πόλεμος σου είναι ένας ασήμαντος άνθρωπος; Γιατί λοιπόν προσπαθείτε να σταματήσετε τον πόλεμο

Σε παρακολουθούσα στη μετενσάρκωση της Dexia, αλλά θα είχα ρίξει τη ζωή μου


『それを言うのであれば、例えば、お前たちのやっている『戦争』は、大切でない人間の事だから、悲しくないのだろう?何故お前は戦争を止めようとする?デクシアの生まれ変わりのお前を見ていたが、命を投げ打っていただろう』


「人間は想像できる。もし自分が相手の状況なら、どんな事を感じ、どんな事を思うのか自分に置き換えて考える。だから遠い人のことでも、悲しくなる。だから戦争を止めたくなる。誰かが死ぬ事を悲しく思う」


Πραγματικά?


『本当か?』

「本当だ」


Τότε γιατί γίνεται πόλεμος; Δεν νομίζω ότι πιστεύουν όλοι έτσι


『ならばなぜ、戦争が起きる?みんなそう思っていないのだろう』


 俺は答えに窮した。


Αυτό που κάνεις είναι άχρηστο. Είναι ανούσιο, είναι αδύνατο


『お前のやっていることは無駄だ。意味のない事、無理な事だ。だからもう良い』

 

 断定し、切り捨てようとする態度に、俺は取っ掛かりを見つけた。


「機械は、停止していなかった。起動していないのに、停止した。つまり、まだ起動していたままだった。四人の悪魔はどうやって終末の機械を停止したんだ?」

 

 創世の神は動きを止める。


「お前が関わっているんじゃないか?手を加えたんだろう?あんなの人の力で止まる訳がない」


 俺は確信をもって続けた。


「旧人間と精霊は機械と魔法の技術を持っていたのに、物語上じゃ、悪魔は何の武器も所持していないし、技術も書いてない。そんなのがあんなデカいものを、止められるはずが無い!」


Δεν υπάρχει σύνδεση της ιστορίας


『話の脈絡が無いな』


「どうして遺跡に止め方が書いてある?なぜ、初代の悪魔の生まれ変わりなんて作った?精霊が剣を持たなければならなかった?期待したんじゃないのか?この星を作ってから、一度はバラバラになった精霊と人間たちが手を取り合い、一丸となって機械を止める事を!!」


『‥‥』


「仲間同士の争いによる種間の死を当然だと言いながらも、争いを止めようとする俺に対して「もう良い」と言った。一体何が、もう良いんだ?」


「お前は、人間は、悪魔は、悪魔という種として、特殊な生命であり続けることに期待している!そうだろう?」


 俺は息急き切って、続けた。


「人は変わっていける!それなら、まだ断定するには早い!今この状況こそ、イレギュラーなんだろ!」

 

 創世の神は、胡座を解いた。

 その時、頭の後ろに、黒いマズルが見えた。よく見ると、二本の尖った角が羊の角の裏にある。

 牛の頭。

 ハッとした。

 記憶と重なる。

 グリモワールという悪魔書(オカルト)に挿絵が書いてあった。

 羊の角、人の顔、牛の顔が横に付いている。

 そうか。

 悪魔を作ったのは悪魔。

 だからこそ、自分と同じ種に、期待をしたいのだろう。


「四人の悪魔が生き残り、新しい世界を創り始めた時のように、また見ていてくれないか?アスモデウス」


 グリモワールには、悪魔への対応が書いてあった。

 《姿を見ても、恐れずに敬意を払うこと》

 丁寧に応対すれば喜び、幾何学や天文学などの知識を与えてくれる


「見ていて下さい」


 俺は恭しく、膝をつき、首(こうべ)を垂れた。

 アスモデウスは、アゴを撫でて笑った。


Τόπιασες. Ας ηρεμήσουμε μια φορά το κακό στους ανθρώπους

Ωστόσο, αν το κακό εξαπλωθεί και καπνίσει ξανά στον ανθρώπινο κόσμο, ο διάβολος θα εμφανιστεί αλύπητα.

Είναι όλα στο χέρι σας


『仕方ない。しかし、また人の世に悪が広がり燻れば、お前たちの中の悪魔は、容赦なく顔を出す』


『全てお前たち次第だ』


 凄まじいスピードで、時が流れた。

 夕陽が沈み、夜がきて、朝がやって来た。

 それが数度続き、俺の身体はシャボン玉のような七色の輝きを放つ泡に閉じ込められ、草木が生い茂り、水の滴る、瑞々しい世界へと、浮上していった。



   ◆



 目が覚めたら、青い空が広がっていた。

 体を起こすと、草原が周囲一帯にあり、風が吹いてさぁぁ、と優しい音を立てた。

 俺は額に手を当てる。

 手を見る。

 人間の手だ。

 俺は、トトと終末の機械を止め、そして‥‥

 そして‥

 俺は信じられなくて手で口を覆った。

 思い出せない。

 俺は思い出せない事が、初めてだった。

 記憶の引き出しが、全く見つからない。

 俺は初めに、精霊にもらった服を着ていた。

 ハッとして右腕を見ると、もう右(デクシア)の跡は無かった。

 俺は立ち上がり、辺りを見た。

「トト!トト!!」

 草原を走り回った。

 小花が咲いている所に、白い髪の華奢な女の子が目を閉じて眠っている。

「トト!」

 身体を揺さぶると、トトがゆっくり目を開けた。

 俺を見てから、目を輝かせて笑った。

「ジン!!」

 首に抱きついてくる。

 俺も抱きしめ返した。




 人間の祖先が悪魔であったならば、性悪説(せいあくせつ)として、人間の中にいる悪の欲を、知能と理性と悟性(ごせい)で押さえ付けなければならないのだろう。

 悪魔に魂を奪われない様に、人としての尊厳を汚さぬ様に、生きていかなければいけないのだろう。



   ◆



 スイズの森から、国境線を含んだ東西の台地と、スイズの中央部の都市の半分までが草原になった。

 信じられないことに、世界中の人々が、その間の詳しい記憶が飛んでいる。

 だが、死者はいない。

 不可解な出来事を解明するために、忘れた記憶を取り戻したくて、現在世界はそのニュースで持ちきりだった。


 

 自分とトトが生きていたように、ミゲルとミローディアもまた生きていた。

 ミゲルとミローディアは自首し、その行いが明るみになった。

 あまりにもミゲル達のしてきた行いは大き過ぎて、情報を引き出すのに時間がかけられる。いつ死刑になるかは分からない。ミローディアはさておき、ミゲルに減刑は無いと思われたが、最近になって変わって来た。

 ミゲルは獄中記を書いた。

 その獄中記は、囚人や刑務官の間で広がった。

 そして、世界にも拡散した。

 大罪人の説教なんて誰が信じるものかと、俺はほとほと呆れていたが、世間では大好評だった。

 ミゲルの獄中記は3部の構成となっており、1部は銃の事件によって人生を狂わされた青年の物語が書いてある。

 それはニュースで取り上げられ、世界中に放映された。

 これに反応した民衆は同情し、社会的に大きく銃に対する意識が変わった。

 それは良いにしても、ミゲルは減刑され、死刑を免れるのではないかという噂もある。

 前例の無い裁判をするには民衆の声も大きく左右してしまう。

 俺は獄中記を読んだが、ミゲルがどこまで計算しているのか、未だに全く分からない。



   ◆



 タマオアイ、名付けたのは自分では無いが、魂を汚染するとは、言い得て妙かもしれない。兵器を所有するのは、何処か安心感と無敵感がある。その結果を忘れて。


 私は頭は良かったが、頭が悪かった。

 どんな人の言葉も盲信してはならないし、頭から否定してもいけない。

 今の人間に欠けているのは、自分でよく考える事だ。

 例えばあなた達は、兵器を持つかどうか、自分の意見が言えるだろうか。単に周りがそう言うから、と、周りの言う事に合わせているだけじゃないか?

 自分の国を守るために兵器を持つべきだという人間は多くいるが、その兵器によって死者が出て、より戦争がエスカレートする場合がある。その結果、全体的な死者数が兵器を持たなかった未来よりも、遥かに増加する可能性が高い事も理解しているのだろうか。

 もう一度言う、武器を持った者に待ち受けるのは、愚かな結末だ。


 

   ◆



 スイズの森から、国境線を含んだ東西の台地も広く草原になってしまったので、復旧次第、国境線を定める事になっているが、この状態ではなかなか目処は立たなそうだ。

 協力して機械を倒し、互いの国を守った事で、大きな和解の一歩となるか、この国境線が次の火種となるかどうかは、俺達次第だろう。

 人は過ちを繰り返す。

 それでも期待をするのは、絶対に不可能だと、言い切れないからだろう。



   ◆



 俺はしばらくスイズの街の復興の手伝いをしていた。

 トトの母親はアロイ達に保護されていて、魔法の国に居たため、会えたのは少し後の事だった。


 俺は今日は復興の手伝いを中断して、駅までトトの母親を迎えに行った。

 トトは以前俺の買ってあげた赤いレースのついたワンピースを着て、鼻歌を歌っている。

 魔法の国では、一駅だけ汽車が出ており、トトの母親はそこから汽車に乗ってやって来るとトバトに書いてあった。

 どんな人だろう。

 トトと手を繋ぎ、わくわくしながら待った。

 俺は、トトの母親の檻が凍った状態だったので、姿を見た事がない。

 水色の帽子を被った小柄な女性が扉が開いたと同時に飛び出してきた。ホームのアスファルトに躓いて転びそうになるのを俺は支えた。

「大丈夫ですか?」

「あらやだ、ごめんなさい!」

 女性が帽子のつばを上げ、俺は目を見開いた。

 トトにそっくりな、白髪の可憐な女性だ。

 羊の角が覗いている。

「トト!」

「ママー!!」

 二人は抱き締めあって、無事再会を果たした。

 みんなが微笑ましく、二人を見守っていた。

 落ち着いてから、トトは俺の手を引いて、大声で言った。

「ママ、これがジンだよ!機械の国生まれで、10くらい離れてて、機械技師で、暗記が得意で天才なの!」

 トトの母親は、目を丸くして俺を見つめる。

「お父さんのお名前は?」

 急に問われて不思議に思いながら、俺は答える。

「シノブですけど」

 トトの母親がハッとして、口を覆う。目を潤ませてから、嬉しそうに腕を広げて言った。

「ジン君おいで!」

「‥‥」

 人生のうち、史上最高に混乱した。

 トトの母親に両手を握られた。

「トトは、あなたのお父さんと私の子供なのよ。ジンっていう子供がいて、お父さんは機械の国からお仕事でこっちに来ているって言ってたわ。すごく静かな人なんだけど、そこが格好良いのよね」

「‥‥」

 俺がトトを見ると、トトは嬉しそうに言った。

「えへへ、びっくりさせようと思って、わざと、言わなかったの!」

 トトは胸に手を当てて言う。

「私は人とのハーフで、ミゲルは、血が優秀で同じだから、呪いがあったって言ってた!だから嘘じゃ無いよ!ミゲルもミローディアと家族だって言ってたもん」

「‥‥」

 動揺を隠しきれない。

 若さ故の過ちというやつか?

 しかも精霊相手って、どうしてそうなったんだ。な、なんで‥

 トトの母親が頬に手を当てて言う。

「ジン君、ちょっと恥ずかしいんだけど、よく聞いてね。精霊は相手を好きになっちゃうだけで身籠っちゃうから、お父さんは悪くなくて、一方的に私が好きになっちゃったの。全然付き合ったりもしてなかったのよ。私のプラトニックな恋愛だったの」

「‥‥」

 精霊って、本当におとぎ話の住人なのか?

 それとも優しい嘘、な訳ないよな。

 トトの母親は初見だが、嘘つけるような人に全く見えない。


 宿に帰ってきて、トトの母親と話をした。

 俺の動揺も全く意に介さず、楽しそうに喋り続ける。

「私はあの時は輸送されてたから檻の中にいたけど、いつもは、スイズのお家で暮らしていたのよ。お裁縫のお仕事もあって、ご飯もあって、確かに連れて来られた時は、凄く怖かったし、怒ったし、悲しかったけど、ミゲルさんの辛そうな顔を見ていると、この人達にも何かあったんだろうなって思ったの。その人達はオシシを知っていて、オシシが責任を持ってトトを世話するから大丈夫だと言ってくれたわ。トトの写真も撮って来てくれて、すくすく育っていて安心してた。ミローディアさんは、スイズの街の果物とかを差し入れしてくれたりして気を遣ってくれた。だからこうして呪いが解けて、みんなが無事で、本当に良かったわ!」

「うん!」

「そ、そうですね。良かった」

 白い血を摂取するから、おそらく心身共に健康でいて欲しかっただけ、という合理的な理由は黙っておく事にした。

 何て純粋で能天気な性格なんだ。オシシの事を急に伝えたら激しくショックを受けてしまいそうだ。

 いずれゆっくりと話す事にしよう。

 トトの視線を交わし、頷き合った。今は再会の幸せを噛み締めよう。 


 父親が復興の手伝いから宿に帰ってきて、事情を聞き、言った。

「俺が愛しているのは母さんとジンだ。精霊が一方的に惚れただけで身籠るなんて知らなかった。不貞なんかしていない。俺は何一つ悪くない」

「父さんごめん、疑った」

 父親に睨まれる。だが、トトの母親を見て言った。

「一言言えば良かったじゃないか。支援とはいかないまでも、手伝えたことはあるだろう」

「だ、だって迷惑だし‥」

「迷惑なんかじゃない。事情はどうあれ、男なら責任を持つのは当然の事だ」

 トトの母親が顔を赤くする。

 本当に惚れているらしい。

 俺も恥ずかしい。

 何だこれ。

 トトが腕を広げて言った。

「ねえ、一緒に暮らそうよ!私、ジンとパパとママと暮らしたい!」

 気まずくなるかと思ったが、トトの母親はニコニコ笑って、手を合わせて言った。

「それ、とっても素敵ね!一緒に暮らしましょう!」

 俺は考えて言った。

「真面目な話をすると、俺は今後、機械の国に戻って、機械技師もやりつつ、国の政治に携われる会議人(アセンブリー)にもなりたいと思う。そして機械の分類やその扱い、外国との貿易とか制限を設ける法整備をしたい。兵器や銃を全部根絶するのは難しいかもしれないけれど、取り組んでいきたい。教育制度にも携わりたい。やりたい事が沢山ある。その上で、俺はトトと一緒にいたい。少なくとも、トトが大人になるまでは、一緒に過ごしたいと思ってる」

 もう寂しい想いをさせたくないし、やっぱりお母さんお父さんという存在は、子供にとっては大きい。母親を失った俺だからこそ、愛情の重要さはよく分かる。

「わかったわ、じゃあ、機械の国に行って、みんなで仲良く暮らしましょう」

 父親は困ったように眉を上げる。

「家は狭いぞ。男二人で飯もてきとうだしな」

 トトの母親が笑って言う。

「私が作ります~お料理は得意なんです〜」

「そうだよ!ママはスパイスチキンが上手で、村のみんなにも大人気だったんだから!お肉料理はもちろん、コリンのジュースやジュリーも舌が溶ける程美味しいよ」

 父親の眉が動く。

 俺は苦笑して、思い出した事を言った。

「母さんは昔、言ってたじゃん、『パパは寂しがり屋で、不器用で、一人じゃ何も出来ないんだから、私の事は忘れて絶対誰かと再婚しなさい』って。当時俺には分からなかったけど、母さんは父さんの幸せを死ぬ時まで思ってた。だからきっと、母さんの幸せは父さんが幸せでいる事だよ」

「‥‥そうだろうか」

「うん。だから一緒に居ようよ」

 俺がそう言うと、トトの母親がニコニコ笑った。

 トトが父親の隣に座って甘える。

「パパ〜」

 驚いて目を剥く父親に、俺も思わず笑みが溢(こぼ)れた。



   ◆



 俺は工場の看板とマークを一新した。

 戦争産業を縮小し、平和的な産業、いわば《平和産業》を大きくしていきたい。

 だから、人々を笑顔にする機械を作っていく、というテーマを持つ。

 今回は自分達の工場だけでなく、他の工場などからも武器が作られ、戦場に送られていた。

 戦争をしない方が明らかにみんなが得をするという社会構造を作らなければならない。

 さらに、医療や福祉の拡充や、格差や貧困への対策をとり、教育費に回す。お金は武器にではなく、人々に回す。

 俺はそんな考えを纏めた。



 アロイとアロイの父親が、機械の国に訪ねて来てくれた。

「平和の式典を上げたいと思っている。これからどうしていくか、について色々な意見はあるかもしれないが、終末の機械を機械と魔法の国の兵士が協力して停止させた事実をもっと伝えた方が良いだろう」

「そうですね。参加します」

「まだ思い出せないか?」

「‥はい」

 アロイがふーん、と胡座を掻く。

「痛っ」

 アロイは狭すぎて広げた膝を壁にぶつけた。

「悪いな、今リフォーム中なんだ」

「そうなのか。良かったな」

 アロイが笑ってトトとトトの母親に視線を向ける。

 父親は工場で仕事中だ。

 しばらく近況を話して、アロイとハロイが立ち上がる。

「もう行くのか、遠くから来たんだし、もう少しゆっくりしてけば良いのに」

 アロイが笑って言う。

「ジンはすっかり忘れてるだろ、学校だよ、学校!」

「あぁ、そういやそうだったな。頑張れ、アロイなら卒業出来る」

 拳をぶつけて、駅までトトとアロイ達を見送った。



「ジン、私、北から遠回りして帰りたい」

「いいよ」

 スイズの街の北端は、まだ草原で覆われている。

 トトは両手を広げて言った。

「気持ち良い風ですね」

「妹なんだから、敬語は要らないぞ」

「気持ち良い風!ジン、肩車して!」

「しょうがないな」

 さあぁぁあ、と草が揺れて爽やかな音を立てる。

 夏に変わっていく濃い青の空にトトは小さな手を伸ばす。

 急にトトがたずねて来た。

「ジンは、平和って何だと思う?」

 俺は足を止めた。

 平和って何だ。

「‥‥戦争がなくて、人々が安心して暮らせること、かな。すごく月並みな答えだけど、平和の定義はそう捉えて良いんじゃないかな。トトは何だと思うの?」

 トトは腕を広げて言った。

「太陽が太陽であり、空が空であり、海が海であって、ジンがジンでいて、私が私でいること!」

 トトは無邪気に言う。

「私、今、とても幸せ!お兄ちゃんがいて、風が気持ちよくて、すごく平和!」

「‥‥」

「この平和な気持ちに、みんななれたら、きっと、すごくすごく平和だね!」

「…」

「ジン?」

「そうだな」

「泣いてるの?」

「泣いてないよ、今朝から喉が変でさ、ちょっと風邪っぽいかもな」

「そっか、じゃあ薬草を摘んで帰りましょう」

「平気だよ」

 ゆっくりと空を見ながら歩いた。

「あ!ジン、そのポポタン取って!」

 ポポタンは春に咲く小さな花で、今はふわふわした綿毛を付けていた。

 俺はトトを下ろして、ポポタンの綿毛がついた茎を摘んだ。

「せーの」

 ふー、と一緒に吹くと種が飛んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

機械と魔法の設計図 白雪ひめ @shirayuki_hime1212

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ