第4話

 マックス――かつて“剣舞”と謳われた剣人マクスウェル・クウィンは戦闘狂である。普段は割と丁寧な物腰をしているが、いざ戦闘となると剣を掲げ、血で遊ぶような狂気を見せる。その様は「魔族よりも蛮族ザ・バルバロイ」「名誉魔族ブラックブラッド」と裏で言われた生粋の戦闘民族である。


 「あーあ、やっぱりそうなりましたか……」


 常に隣で見てきたからこそわかる高揚の片鱗合図。それを察知してクールダウンさせるために不意を打ったヘッドショットは、あろうことか振り向く事すらせず僅かな動きで捌かれた。

 

 (確かに剣を折った事で、身体能力も全盛期と比べて遥かに落ちてはいるんですが……落ちてアレですか。落ちてアレですよ)


 隙間無くびっちりと降り注ぐ魔法の数々。下手な人間の軍ならば万を超える大軍でも相手できるであろう魔法の中を舞っている。決して素早い動きではない。ゆったりしているようにも見える。ただ、動きの一つ一つに切れ目が無く非常に滑らかだ。かつても、一つ一つの動作に細やかなカウンターと牽制を仕込んだ切れ目のない連撃こそが真骨頂だった。


 同じことをやれと言われたら出来る。剣と銃、扱う得物は違えど、乱戦の中ついていく事が出来る事こそがマックスの隣に立たされた理由の一つでもあるからだ。だからこそ、マックスが見せるあの機動がどれだけ難しいのか、そして力が落ちても腕は錆びていない事がよくわかる。


 (だけど、。乱戦で踊れても、相手が初球魔法のみを使っているからこそできる事。肉薄した後……今の剣は強者を相手にした場合


 中々攻撃が通らないほどの強固な種族もいる。種族的な特徴だけでなく、魔術、魔法に長けている者ならば、魔力を練ればいくらでも身体を強化できる。かつてのマックスはそれを物ともせず斬り裂いてきたが、そういった猛者を相手に戦えるほど回復しているとは思えない。実際、自分ですら、マックスを相手した所で、多分勝てるだろうという確信に近い予感がある。

 一点、という未知数の術理だけを除いて。

 

 「大人しく軍に居た方が良かったんじゃない?」


 本人は謙遜して「そこそこの地位は貰えただろう」と言っているが、もし何事も無ければ、間違いなく帝国軍の頂点に立っていた。マックスはああ見えて統率も熟せるタイプだった。周りがあまりにも個人主義的で酷すぎた、とも言えるかもしれないが。


 軍の要職に居れば、マックスは危機に晒される事も無く、護られつつも力を取り戻すべく戦いに興じられたかもしれない。

 だが、野にあっては違う。自ら闘いを探さなければならないし、常に自らの実力と釣り合った相手がくる訳ではない。現に、この演習が行われている闘技場コロシアムの客席には剣呑な雰囲気を纏った見学人が多い。


 (案の定ですが、こうも派手に動けば……また少し忙しくなりそうですね)

 

 突発的な演習で闘技場を満員にするほど、この地においてのマックスの知名度と人気は絶大だ。

 当然寄せられる感情は良いものだけでは無い。人族からの恨み。力を欲する者たちからの挑戦。不死者を中心とする深域に住む魔族からの執着。狙われる理由を問う事すら無駄なぐらい心当たりなどいくらでもある。そして何よりも本人がそれを一番望んでいるという点が最も厄介だ。


 だが、今の彼の手に余るようならば自分が隠密裏に動く――その事に躊躇いはない。


 今も昔もミミにとってマックスは相変わらず手のかかる厄介な上司だ。

 

 ◆


 やはり闘争はいい。それがたとえ演習であっても、殺す殺されるの独特の覇気で満ちた時間が心地よい。文句を言うなれば避けるための訓練にしかならなかったという事だが、一発も貰わなかった事は一応は面目躍如だろう。参加した魔法兵団員たちはこれから必死で課題探しに追われる事だろうが。


 「をあそこまで鍛えたのは見事と言うしかないね」

 「元々低くは無いとは思いますよ。確かに魔力量は多い方では無さそうですが」

 「だけど、私ならば最初から彼らは前線に配置する。ビアンというマエストロがいてこその魔法兵団だ」

 「否定はしませんよ」


 今回相手した魔法兵団員は獣人やゴブリンなど、比較的魔法職の印象の無い種族の者が多かった。一撃必殺の大技よりも、継戦能力を兼ね備えた物量での作戦で挑まれた理由がそれだろう。それ故に、一発の怖さはそんなには無かった。実際にはあの物量だ。一発貰ったらその時点で畳みかけられただろうが。


 「でも、だからか、やはり術者が動き回り始めてから、彼らの目指すべき形が見え隠れしていたね」

 「機動力を活かした遊撃ですか」

 「ミミのような、ね。彼らがになったらすごく心強いだろう。身に染みてるよ」

 「…………唐突に褒めても何も出ませんよ」

 「おや、残念」


 闘い事に関しては嘘はつかないが、褒めて褒めて持ち上げられた先で、大量の仕事と重たい責任を負わされたのだから警戒もするか、とマックスは肩をすくめた。


 「――で、なんか良さそうなのは居た?」

 「まあそこそこですかね……警戒しなくてもわざわざ貴方の獲物なんて獲りませんよ、面倒くさい」


 そういう時は「この為のご機嫌取りだった」と思わせる質問が一番いい。実利も本音も伴って最高の一手だ。やりすぎると余計に警戒されてしまうが。


 「久しぶりに不死者と戦いたいなぁ……」

 「……嫌って程戦ってません?」

 「弱い奴とはね」


 あの不死王との一戦から間違いなく戦う回数は増えた。だが悲しいかな。この街は魔族領に近い地方とは反対側。ここまで至るには一騎当千の強者かつての戦友が集う帝都の近くを通らなければならない。

 そして強者であればあるほど、帝都の警戒網に引っかかってしまってこの街までたどり着くことはほとんどない。帝都の知り合い皇帝たちに何度か「ここまで通せ」と嘆願したものの、断られてばかりだ。


 「折角、がリハビリ相手に送ってくれているというのに」

 「……正直アンタらの行動原理が理解できないです」

 「君もかつては帝国軍の前身――“黄金の自由アウレア・リベルタス”の将兵ならばその鉄の掟も知っているだろう?」

 「ああ……はいはい、『喧嘩は自分より強い奴に売れ』でしたか。そういうマッチョな考え方は今も昔も嫌いですよ」


 不死者はいい。耐久性があって何度も斬れるという点も素晴らしいが、「いずれ」に備えて力を蓄えておきたい。少なくとも全盛期よりは強く。


 かつて我が剣をへし折ったあの不死王を再び叩き斬りに行く為に。


 かつて理由はあった。今も剣を折った事を根に持っている。そこまでして決着がつかなかった事も含め、不甲斐なく思っている。


 あの男もそうだろう。格下と見下していた相手と死の淵まで戦い抜いたのだ。気高き王にはさぞかし噴飯だろう。どれだけ弱ったかは知らないが、その隙に因縁ある帝国総大将皇帝陛下が率いる帝国軍に大分押し込まれてしまっている事も含め、さぞやプライドが傷ついた事だろう。


 ならば今度会った時は以前よりも強い姿で決着を付けねばならない。


 「そういえば、その結果でこうなった事は知ってるんですが、前回の戦いの時は――まさか負けたんですか?」

 「んー、両方負け、みたいなもんかな」

 「あー……成程」


 最高に呆れた顔をされても致し方なし。


 要は、全ては負けた自分が許さないというプライド。自分より強い者が居る事が許せないプライド。

 負けず嫌いじゃない奴が戦場になど出るものか!!!

 

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リヴィン オン ア ソード 北星 @Hokusei

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