第3話

 過去に「もしも」は禁句だ。

 だが、それでも「もしも」と思うときがある。


 親元から離れ、軍属になる事を決めた時。

 反乱の誘いに乗った時。

 首の皮一枚の決着だった死闘の時。


 そして全てを賭したあの日の夜。不確かな勘に従って一人夜を駆け――……。

 


 「ほう……その惚れ惚れする剣戟、これはいきなり大当たりか。だが、惜しいな。貴様のその剣では俺は殺せんよ、剣人ソードマン


 煌々と輝く月の光を背に、その男は笑っていた。

 叩き切ったばかりだというのに、相も変わらず本当にこの世のものかと思えるほどの完璧な造形。この世の美を集約したかのような容姿を更にその余裕ある絶対王者ならではの態度が引き立てる。


 「……その紅い眼。隠しきれない血の匂い。禍々しい魔力……アンタが噂の不死王か。何でアンタみたい大物が一人でこの辺をウロチョロしているんだか」


 会った瞬間敵だという事はわかっていた。事実、お互いがお互いの存在を認識して即座の戦闘だった。そして厄介な事に、対峙した事は無いが相手の正体については嫌というほど思い当たりがあった。

 一当てして感じたのは話に聞いていた以上に難敵だという事。身体能力を含めた戦闘能力は同等。剣技はこちらが遥かに上。だが、おそらく相手はどちらかというと魔術師マジックキャスターが本分かもしれない。

 

 そして、どんな傷を与えても即座に回復するその力。音に聞く魔族領奥地に君臨する不死の王ノーライフキングの権能。口では反発しても不利なのは否めなかった。

 せめてあと一人か二人……仲間が欲しいが、残念ながらこの事態に気が付けるほどの猛者は運悪く全て出払っている。出払っているからこそ、こういった非常事態に対しての最後の砦として残っていたのだ。


 「ほう?よくわかったな」

 「わかるさ。アンタ……私がいつか一度は斬ってやろうと思った奴とそっくりな顔をしている。そいつは不死者としては半端者でな」

 「クククッ……成程。


 運がいいのか悪いのかカマを掛けただけだったのに余計なことを知ってしまったと思った。その件の男の出自について聞かされたことがある数少ない者の一人だったが、まさかという思いの方が強い。


 「で、その弟だか息子だかの顔を見に来ただけ……じゃないよな?」

 「無論。奴の名が久しくこちらまで届いたから、いずれ来る前に潰そうと思ってな」

 「だろうと思った。拗れてそうな予感はしたんだ」


 ただでさえ不死者は人族からも魔族からも嫌われ、恐れられる。特にその頂点の一角に存在する吸血種とその他魔族、人族は簡単に言えば「捕食者と非捕食者の関係」だ。結果として生まれた半端者からは最も嫌われる。


 「いい予感だ。そして、其方の名も届いているぞ、“剣舞ソードダンサー”。貴様、?」

 「さてね。そういうお前は覚えているのか?」

 「ふむ、それもそうか。だが――私には僅かに足りんな」


 瞬発的に踏み込み、相手の剣を掻い潜って一閃。腰のあたりから上下に両断するも、斬った端から赤い霧が立ち上がって、すぐさま何事も無かったかのような姿を見せつけられる。

 それはまるで、一寸前の言葉を証明するように。


 「無駄だ。わかっているだろう?」


 続けざまに幾たびも、繰り返し、繰り返し、弱点を探るように様々な部位を解体するように斬りつけ、斬り飛ばしてもその余裕は崩せない。


 うんざりする。


 隠しきれない苛々を吐き出すように舌打ちをした。


 「頼むから――いつか斬り殺しに行ってやるから今は穏便に帰ってくれないか?」

 「んん?それは、中々面白そうな提案だが……お断りしよう」

 「やはりそうか。ならば――」


 決裂と同時に身体が動いた。

 無二の友と似た、その顔で我々の前に立ちはだかると言うのならば。


 首を落とし、心の臓を貫き、手を落とし、腕を落とし、身体を粉々になるまで切り刻む。回復した端から再び斬り捨てていく。


 剣を振るうたびに、奴の血を吸うたびに、手に握られている剣が禍々しく変化していく。その事はわかっていたが、他に選択肢など存在しないのだ。

 この戦いの先に――負けた場合は当然、そしてたとえこの戦いに勝った後、何が起こるかとわかっていたとしても。


 もし、不死王などという存在と戦うとわかっていたら、事前に神に祈りを捧げていただろう。


 「そっちから交渉を吹っかけておいて、これは酷いな」

 「それは失礼――気が変わった。足りないというならば、足りるまでこの剣に血を吸わせるまで。私の剣がその不定の命に届くか――その力に負けて砕けるか、我が剣は“不死”という概念まで斬れるか、根競べと行こうか、不死の王ノーライフキング

 「ふっ、まさか早々にこのような者と出会うとはな――まあよい。我が名は◆◆◆◆。名乗りの権利を与えよう、我が道を遮る敵よ」

 「されば名乗ろう。マクスウェル・クウィン。貴様を斬る剣の名だ」


 月が中天に差し掛かる頃、それはかつて偶然の遭遇から生まれた、必然だったかもしれない死闘の始まり。

 太陽が昇る頃、不死王は消え、剣は砕けて落ちた。それ以外は何でもない一日の始まりだった。


 ◆


 「では、はじめます」

 「よろしく」


 ふーと深く息をついて身体から力を抜く。いつでも自然体でいられるようには心掛けているが、それでも少し高揚しているのがわかる。一足では飛び込めない距離には10数人の魔術師が杖をこちらに向けて詠唱していた。時間差で来るか、はたまた一斉射撃で来るか……。


 「っと?!」


 正面に集中していたら、不意に足元に魔法陣がうっすら浮かび上がっている事に気が付いた。思わず背後に飛ぶや、今までいた位置に岩の槍が隆起した。遮蔽になって初手にそれは悪手だろ……とマックスは思ったが、すかさずその上から弧を描いて飛んできた無数の焔の球と氷の槍が降り注いできた。


 「無駄に練度高くない?!」


 たまらず腰の剣を抜きはらって2,3と斬り飛ばす。だが、変幻自在に曲げて飛んでくる弾幕相手に足を止めるのは悪手だと判断し、すぐさま態勢を立て直すために飛び下がった。そこを容赦なく様々な魔法が追尾してくる。攻撃系の魔法だけじゃない。下手に触ると詰む、拘束魔法バインドのような絡め手も混ざっている分性質が悪い。


 「はっはっは、帝国始まりの地を預かる魔法兵団が弱いとでも?」

 「御尤も」


 開始の合図を告げた旧知のゴブリン――驚くべき事にこの魔法兵団の兵団長のビアンの言葉に頷きながらも弾幕を捌いていく。一兵としては頼りないが、相変わらず兵を率いさせると嫌らしい。彼もまた一芸でのし上がった帝国らしい変異体とも言える。


 「相手はかつての頂の一角、帝国最強の剣――各員逃げ切らせるな!圧殺せよ!!」

 「……殺意高いなぁ」


 大技に頼ることなく、最低限の殺傷能力を持った魔法を選択し、速射で近寄らせない。大技に頼らないが故に継戦能力も高そうだ。模擬戦ではあるが、当たったらただでは済まない。


 そう、暇ならば、とビアンに唆されて始めた模擬戦だ。だが――と弾幕に身を晒し、マックスの中でふつふつと沸きあがってくるものがある。ぱっと見では普通の鉄の剣にしか見えない――蓄えた力をすべて失ってしまった愛剣をちらりと見やる。鉄より硬い物はまだ斬れない。だが、この程度の魔法を斬るぐらいならば余裕だ。


 「やるか――陽光神の加護やあらん」


 祈りに応えて剣身が淡く光り輝く。鉄風雷火を遊び、剣林弾雨を踊る――頼りない剣を申し訳程度の強化が包む。ただそれだけの力だが、それでも「もし」あの時にこの力があれば――と思わなくもない。


 「っ!来るぞ!散開せよ!!」


 明らかに変わった空気を真っ先に感じ取ったビアンの怒号が飛ぶ。同時に一列で待ち構えていた魔法兵団の面々が一斉に散った。一時的に弾幕が薄くなるが、上手く時間差着弾と曲射を織り交ぜて隙が無い。


 「――貴様らも糧になれ」


 舞うように魔法を避け、なんて事の無いように魔法を斬り落としていく。普段のそれとは違った――凶悪な笑みを浮かべたマックスの一言がやけに冷たく響いた。


 「っとぉ?」


 刹那、全く無防備の背後から飛んできた弾丸を、腰の鞘を少し押して動かして弾き飛ばした。曲射が飛んできても背後に通るような射線は無く、そちらに居るのは――。


 「もう一発必要ですか?援護射撃」

 「……いや、十分だよ、ミミ」


 振り返る事も無く、後ろに軽く手を振って大丈夫だと告げる。少し頭に血が上りすぎたかもしれない。反応しなければ頭に直撃していた点については……お互い様のような気がするが。


 「興に乗って帝国の若い芽を摘まないでくださいよ」

 「はぁ……私も若い芽の一つのはずなんだが」

 「アナタは既に枯れたじゃないですか」

 「………………なんで私は背後から撃たれてるんだろうね?」

 「さあ?胸に手を当てて考えてみたらどうですか?」


 とはいえ、正論も正論だ。かつての片腕の言葉ならば特に。


 ……もう一つ、「もし」が言えたならば。


 あの時、彼女を連れていたら、という、どちらにしても後悔しそうな「もし」かもしれない。

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