めでられしもの
それからというもの、男は青年の暮らしを何かと支えてくれるようになりました。手始めに、男は持ち手の部分を革紐で覆った杖を新たに青年に与えました。革のおかげで青年はすぐに持ちやすい位置へと手を置くことができましたし、余った革紐が輪になっているので杖を落とすこともなくなりました。また青年は、男の導きのおかげで毎朝祠で祈りを捧げられただけでなく、以前のように羊を連れて外に出ることもできるようになりました。飼い主の青年が安心しきっているからでしょう、羊たちも怯えることなく男の先導に従います。村人たちも男を怪しまず、青年と羊たちを連れて外に出ることを許してくれました。男は青年の生活の一部として、彼を取り巻くすべてに溶け込んでいきました。
男は多くを語りませんでしたが、青年もあれこれ尋ねることはしませんでした。これまでの経験から、黙することを選ぶ者に語らせようとしないことを学んだともいえますが、それよりも重要なのは、彼にはその必要がないということでした。彼の中では、男の存在に対する答えはすでに出ていたのです。
毎朝、日の出とともに男はやって来ます。青年は今日も男に腕を引かれて祠へと向かいました。青年は音と匂いと感触だけの世界にすっかり慣れ、男の足音や衣擦れの音、差し出される腕の感触から男の姿を思い描くことができました。男は目の粗い麻のローブを着ていました。その下の腕はがっしりしていて、不安というものを感じさせません。野良仕事で鍛えられた腕を思い出させる逞しさでしたが、その手のひらは滑らかで、野良仕事とは無縁であることがすぐに分かります。声が上から聞こえてくるので、きっと背も高いのだろうと青年は想像しました。男は、まるで青年に頼られることが己の務めであるかのように青年を気にかけました。そして青年も、男の気遣いを素直に受け取って、毎日彼の献身を神に感謝しました。
ある日のこと、青年が祠でのお祈りを終えると、男があることを尋ねました。
「お前は、なぜ私のことを神に感謝する?」
青年は笑って答えました。
「神様があなたを遣わしてくださったからです」
「なぜそう思う? お前を憐れんだ者の一人がそれまでの仕事を捨て、勝手に村に出入りしてお前に付き添っているだけなのかもしれないのだぞ」
「そうだとしてもあなたは神様の使いです。こんな身体でも日々の努めを果たせるように、僕たちの出会いを神様が取りはからってくれたんです。今ならよく分かるんです、僕は神様に愛されていて、いつも守られているって」
「なぜだ?」
何度目かの同じ問いにも、青年は笑顔で答えます——まるで、その質問に答えることこそが彼の求めた天上の喜びの証明であるかのように。
「なぜって、もし僕が本当に神様に見捨てられていたら、こうして羊を追って野に出ることは二度とできないはずでしょう? 僕はあの大雨の中で、どうか僕と羊たちを守ってくださいとお祈りしました。もし神様が僕を見捨てていたら、羊はみんな死んで、僕は食うにも困る身になっていたはずです。それか土に埋もれたまま、誰にも見つけてもらえなかったか。でも僕は今も生きていて、あなたに助けられながら羊の世話をしている。祠にも毎朝お祈りを捧げている。それはあなたという存在を神様が遣わしてくださったからだと僕は信じているんです。神様はまだ僕のことを愛してくださっている。なら僕はその呼びかけに応えないと」
男はそれを聞いて、考え込むように押し黙りました。青年は首をわずかに持ち上げて、男の顔があるであろうあたりに顔を向けました。
「……もし、神が罰としてその身体を与えたのだとしたら、お前はそれでも神の愛を信じるのか」
男が自分の顔を見下ろしているのを、青年は眼前の暗闇にさす影で感じました。青年はその影に向かってにっこり笑います。
「たしかに、この身体は罰を受けたんだと思います。でも良いんです、だって僕が神様の愛を忘れていたのがいけないんですから。それに、償いの機会はすでに与えられています。なら今は、その機会を無駄にしないよう、与えられた務めを果たさないと」
青年の語る口調は、そのためにあなたがいるんでしょうと暗に男に言っているようでした。今や青年は、男を通して神の存在、神の慈悲、神の愛を感じとっているのでした。そしてその愛に報いることこそが己の幸せであると、青年は信じて疑っていませんでした。
男は青年の言葉を聞いて、静かに頷きました。当然のことながら青年にはそれが見えません。こちらを見上げたままじっと返事を待っている青年に、男は一言「行こう」と言うと、杖を持っていない方の手を引いて祠を離れました。
本当のところ、青年が盲い、片脚の自由を失ったのは、神が下した天罰ではありませんでした。別の神が気まぐれに嵐を起こし、青年は不幸にもそれに巻き込まれてしまったのです。神は青年を危ない目に遭わせたことがありましたが、それはただの戒めで、本当に青年の命を危険に晒すつもりはありませんでした。
青年の祈りを聞いた神は、青年と羊たちを救いました。しかし、神は祈られたことしか叶える力を持ちません——そのために、神は青年の視力と片脚の自由を守ることができませんでした。己の手に余る事故だったとはいえ、それでも病床でうわ言のように祈り続ける青年を神は哀れに思いました。そしてもう一度、彼のために人の姿を取りました。
盲いた青年は、日夜己を助けてくれる男の正体を詳しく知ろうとはしませんでした。彼の出した答えは当たらずとも遠からずといったところでしたが、それでも神の意図は掴んでいました。神はそれで満足しました。神に感情はありませんでしたが、何かを完全に支配するとどういう状態になるかはよく知っていました。少しばかり遠回りはしたものの、ついに青年は神の
とはいえ、神の取った人間がどんな姿であったかは分かりません。なぜなら青年はもちろん、村人さえもその姿を目にすることがなかったのです。事実、毎朝杖だけにすがって村を出てゆく青年を村人たちは避けていました。ぶつぶつと独り言ち、実に穏やかな笑みを浮かべる青年を遠巻きに見ながら、村人たちはこうささやき合いました。
「本当に、ハイタの奴はどうしちまったんだろう。あれじゃあまるで、何かに憑かれているみたいじゃないか」
“H”の愛と幸せの定め 故水小辰 @kotako
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