第25話キラキラ

「ばぁちゃんどこ行ってたんだよ!? なんにも言わないで」

 問い詰める僕に、ばぁちゃんは立ち上がって「しっ」と指を立てた。大家さんが駐車場のすみにいた。散歩やら草取りやらをしながら貸家の状態や住人をチェックしているのだ。声が聞こえたのだろう、老年に似合わない俊敏さで近寄ってきた。僕は精いっぱいの愛想を振りまいた。

「こんにちわ」

「はい、こんにちわ。花本さん、うちはペット禁止なんだけど」

 言いながら、僕の足元にあごをしゃくる。

 僕にとってはばぁちゃんは子どもにしか見えない。いったい大家さんの目にはどううつっているのか。

「見たことない猫だね。飼って……はなさそうだね、そのようすじゃ」

 品定めをするようにながめているのに、てきとうに話を合わせる。

「飼ってないですわかってますペット不可。……えぇと、そうです、最近ぜんぜんみかけなくてこのばぁちゃん猫。ひさびさにみかけたんで、つい」

「暑いからどっかに隠れてたんだろ。人間も猫も年取ればしんどいさねぇ。ふんふん」

 大家さんは、手はださないものの、しゃがみこんで舌をちちちっと鳴らした。

「アレルギーの人がいると困るんだよね。だから中に入れたらダメ。いいね」

「はい」

 僕は直立不動で返事をした。

「うちで飼えたらいいけど、孫がぜんそくだから」

 猫のばぁちゃんはワン太郎のほうへ行ったらしい。大家さんが僕には見えないものを追っている。

 この大家さん、悪い人じゃないんだけど、つかまると話が長い。

「じゃ、失礼します」

 僕は、それこそ猫がドアの間をすり抜けるように扉を開けて家に入った。

 もちろん、ばぁちゃんも玄関にいっしょにいる。

「……ばぁちゃん」

「おかえりゆうちゃん」

「ばぁちゃん?」

 ほかに言うことがあるんじゃないのか。僕は無言の圧をかける。

「ただいまゆうちゃん」

 ごめんと頭を下げられて、あいらしいキラキラの瞳で見上げられてしまうと、非難ができない。

「急にいなくなるから」

「うん。ごめんね。時間の観念のズレをまちがえちゃって」

 時間? 観念? なんのことだかわからないがなんかアレなことなんだろう。

「ばぁちゃんのエクレア、あるよ」

「楽しみにしてた」

 ばぁちゃんが冷蔵庫の前で足踏みして待っている。

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空に文を綴る月 水原達軌 @ttk_kkym

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