Day29 揃える

「こんにちは」

「ああ、先生」


 付喪神と飛び入り参加らしい幽霊が飛び交う。ナイの引っ越し先である例の屋敷の中である。引っ越しにともなう屋敷の掃除やら整理やらは佳境といったところだろうか。

 ナイに呼び出された斑目は、屋敷に入るやいなやナイの姿を視認する。一つ目の黒い猫の姿だが、いつもの大きさではない。猫カフェでたまにいる大きなメインクーンの大きさとだいたい一緒のように見える。一体何がどうなってこうなっているのか。斑目の自宅を出ていくときのナイは例の面をつけた成人男性の姿だったはずでは。そう思いながら斑目はナイの様子を見る。すると、それを見透かしたようにナイが答えた。「威厳のある姿とやらの練習ですよ、先生」と。


「確かに威厳があるかもね……その大きさは」

「そうでしょう、自分も結構気に入っています」 

「そうだ、それはそれとしてだよ。アイス食べないかい? 付喪神のみんなも」

「だそうですよ」


 小型のクーラーボックスを開けて、中からアイスの箱を取り出す。ソーダ味の棒アイス、それからチョコバー。

 すると、作業を止めた付喪神たちがわらわらと寄ってきた。彼らの様子はどことなく嬉しそうな気配がする。怪異のたぐいも、夏に食べるアイスが好きなのだろう。一本ずつ付喪神たちに渡していけば、残ったアイスはちょうど斑目とナイのぶんだけとなった。

 付喪神たちは各々が好きなところに陣取って、器用に包装をはがしてアイスを食べている。怪異の力をうまく使って食べているものから、普通に手を使ってたべているもの。それから、道具や他の付喪神の手助けを得てたべているものなど、彼らの個性が見える。


「器用に食べるねえ」

「ところで先生、頼みごとの件は大丈夫でしょうか」

「ああ、それなら大丈夫だよ」


 仕事が終わり次第でいいので、引越し先の屋敷で怪談を語ってほしい。それが、ナイの頼みごとである。怪談語りの交換条件として、一つ可能な範囲で要望を聞くということだそうだ。それがなくても引き受けるんだけどな、と斑目は思ったのだが、ナイにもナイの考えや事情があるのだろう。

 斑目は部屋をぐるりを見回して、ぽつりとつぶやくように言う。


「そういえば、あとから言うって言ってたこっちの要望のこと忘れてたね」

「思いつかれましたか?」

「そうだね……なるべく日の光が入る明るい部屋がいいかな。俺の仕事部屋みたいな」

「なるほど、わかりました。後でご案内しますね」

「ありがとう」


 そう言ってナイが軽く頭を下げて、部屋を出ていく。部屋の用意をしに行ったのだろう。

 呼ばれるまでは待っていようと、斑目はちょうど近くの椅子に腰を下ろす。すると、付喪神の何人かが近くによってきた。竹箒の付喪神と、大きな壺の付喪神。それから、ティーカップの付喪神であるようだ。軽く頭を下げると、彼らのうちの一人、一番背丈のある竹箒の付喪神が斑目に問いかける。


「先生さんですか?」

「まあ……作家だからそう呼んでくる人もそれなりにいるね」

「先生さん。新しい管理人さんがお世話になってます」

「こちらこそ」


 彼らが礼をするのに合わせて、斑目も頭を下げた。

 そうしていると、部屋の外からナイが自分を呼ぶ声がする。準備ができたということだろう。「今行くよ」と返事をして、斑目は席を立ち上がった。


 ◇


「さて、要望があったので……これから俺が人づてに聞いた話をしようと思う」


 日差しの差す小部屋に、斑目とナイと付喪神たち。怪異が集まっているためか、差し込む日差しの量に比べてこの部屋は涼しい。その場に思い思いに座っている面々を見回して、斑目は話の本題を語りだす。

 

「その人は、とある本を手にしたらしい。その本には人あらざるものを呼び出す術が書かれていた。その人は半信半疑でそれを読んでいたけれど、読み終わったときにはこう思ってしまったらしい」


 人の好奇心とはよくわからない方向へと向いてしまうこともある。斑目はそう思っている。とはいえ、自分の場合はそういった技術を手に入れたところで……

 

「実際に試してみたい」


 話の人物のように、実際に試したいとは思わないのだが。

 話の人物はそういった方向に舵を切れる好奇心を持っていた。斑目とは違って。

 

「しかし、その術は結構広いスペースを必要とするもので、その人の家ではどうにも難しい。かといって、レンタルスペースを借りて行うわけにもいかない。そこで、その人はもう廃校になって放置されている小学校に目をつけた。そこに出入りするのはだいたい肝試し目的の人間。だから、それに紛れて入ってしまっても問題ないとその人は考えた」


 肝試しの人間もどうかと思うが、廃校に侵入して変な儀式をする方もどうかと思う。語り手ながら、斑目はそう思う。とはいえ、この話はすでに起こったことであり、斑目が人づてに聞いた話である。ここで話を語りながらどう思おうが何かが変わるわけではない。

 

「そうして、その人は術に必要なものを揃えることにした。赤いチョーク、ろうそく十三本、それから真っ白な皿。その人はそれらを奥まった教室に持ち込んだ。そうして、手順通りにことを薦めていく。お皿は中央に。赤いチョークで線を書く、長さが揃うように。ろうそくは均等な間隔で円を描くように並べる。火をつけるときは、一番奥のろうそくから」


 まあ、術のやりかたについてはここまで。詳しくは語らないよ。と斑目は付け足す。聞き手たちはわかったという返事の代わりに静かにうなずいていた。返事代わりに、斑目もうなずく。そうして軽く深呼吸をしてから、話を続ける。

 

「そうやってその人はろうそくをつけていったけど、最後の一本に火をつけようとしたところで手が止まった」


 そう言って、斑目も一旦話を止めた。そうしてじっと聞き手たちを見回して、少しだけ声のトーンを落とす。

 

「たぶん、我に返ったんだろうね。その人は急に怖くなって、それらを放置して逃げていった」


 よくある話だ。自分でやっておいて、そのことに恐怖して逃げ出すなんて。肝試しで逃げ帰ってくる人間がいい例だろうか。感覚的にもそれが近い気がする。

 とはいえ、この話はここで終わらない。

 

「逃げ帰る途中で、その人は声を聞いたらしい」


 斑目は声のトーンを更に落として、つぶやくように言った。

 

「ああ、材料は揃っていたのに」


 おそらく本来なら呼ばれていた存在がいたのだろう。もしくは儀式が完遂されることで姿を表す存在か。なんにせよ、話の人物は逃げ帰った。そういう話があると聞いただけの斑目には、正解などわかるわけがない。ただ、怪異が介在していたことだけはわかる。廃校、召喚の儀式、それから夜という時間。それらが揃っていたのだから。

 空気を変えるように、そして自分の思考をリセットするように斑目は言う。


「はい、今回の話はここまで」


 ナイと付喪神たちから、拍手の音があがった。

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