Day27 水鉄砲

「先生~! 水遊びしよう~!」

「君たちは幽霊だろう。幽霊が水遊びとかできるのかい」

「気合があればできると思う」

「そっか」


 朝、カーテンを開けた時点で斑目はこれからの天気を察した。今日は一日中晴れ、しかも暑い。

 なので今日は家に引きこもっていようかと考えていたところに、幽霊たちが来訪してきた。しかも本人たちが言っているように水遊びがしたいだのなんだの。幽霊たちが求める水遊びがなんなのかは想像つかないが、少なくとも彼らにも思うことはあるのだろう。そう、斑目が思っているとナイが一つ目を瞬かせてこう言う。


「霊も涼みたいようですね」

「まあそれはわかるんだけどね……」


 現世にいる霊たちも、暑さと戦うことがあるのかもしれない。自分は生者なので実際どうなのかはまったくわからないが。とにもかくにも、霊たちは意図的に影に居座ろうとしている。それだけは事実としてそこにあった。

 はあ、と斑目はため息をつく。このまま放置して仕事(今日のノルマは終わっているので、明日に回すつもりの物をこなすという形になる)を再開してもいいが、この場合幽霊たちはいつねぐらに帰っていくのだろうか? それから仕事を再開したところで、幽霊たちがわいわいと話しかけてくる可能性もある。そうなったら間違いなく、気が散って仕事にならなくなる。

 では、それを解決するにはどうすればいいか。答えは簡単である。仕事はしない。それから、霊たちに水遊びをさせる。

 となると、取れる手段としてはこうだ。


「川に行くという手もあるのかもしれないね」

「霊を連れてですか?」

「そう」


 外は暑いが、霊たちに居座られるよりははるかにマシだ。斑目は内心そう思った。そうして、それをなるべく表に出さないようにしながら霊たちの方を見る。彼らは相変わらず、ベランダの日陰に陣取っていた。


「さて、君たち」

「何? 先生」

「一緒に川へ行きたい人はいるかい」

「行きたい!」

「行きた~い!」

「わかった、じゃあ一緒に川へ行こうか」


 霊たちはこちらの想定以上に喜んでいる気がする。正直、少し驚いた。

 それはそれとして、補足しておくこともある。はしゃいでいる霊たちに、斑目は呼びかける。

 

「ただし、君たちは幽霊だから、川遊びという点に関して俺は監視役をしない。これだけは覚えておいてね」

「はーい」

「怪異に関係してきたら流石に君たちを止めるとかはするけど」

「はーい」

「まあ基本的に自分の身は自分で守ること。いいね?」

「わかった!」

「はーい!」

「よし」


 まあまずは準備してからね。そう言って、斑目は冷蔵庫の扉を開けにキッチンへと向かった。この季節の長時間の外出には水分が欠かせない。スポーツドリンクか麦茶か。どちらを持っていくかは、中身を見て考えよう。


 ◇


「思ったより人がいるなあ」


 その後準備を整えて、斑目とナイと幽霊たちは川へと向かった。キャンプの客だろうか。川辺には人の姿がある。それも、複数。斑目のようにぱっと見一人で来ている人は見当たらない。

 それから、こちらの連れは幽霊と怪異だ。会話を聞かれないほうがいい。一般客から離れるように、斑目は移動する。

 

「先生~! あっち行っていい?」

「いいよ、気をつけてね」

「わーい!」


 移動の最中に飛び出していく霊を見送り、斑目は川を見つめる。日差しが水面に乱反射してきれいだ。視界のすみのほうでは、霊たちが希望通り水遊びをしている。水をかけたりかけられたり。水面を触ってみたり。なんとも楽しそうだ。


「霊たち、元気ですね」

「そうだね」

「やはり人も霊も、夏の水に惹かれるものなのでしょうか」

「そうかもしれないね。実際俺も子供用プールを買って、水を張って、足をつけて涼むのもありかなとか思ってたし」

「先生……」

「流石に自重したからセーフだよ……」


 ナイのなんとも言えない視線を受け、斑目は視線をそらす。やってないからセーフだと思っているが、思った時点でアウトなのだろうか。いや、思っているだけならセーフだ。セーフのはず。

 そうしていると、声がする。幽霊の声のようだ。それは、とっ散らかる思考から斑目の意識を引き戻す。

 

「先生~!」

「はいはい、どうかしたのかい」

「水飛んできた! 水鉄砲みたいに!」

「……君たちに?」

「うん」

「おれ水に当たったー」


 斑目とナイは顔を見合わせた。


「怪異が放ったものではないでしょうか」

「だよねえ。霊に当てることができているっていう前提だしねえ」


 そうやって軽い怪異談義をしようとしていると、再び霊が斑目を呼んだ。


「先生一緒に見に行って~」

「まあ……いいよ。監視役はしないって行ったけど怪異が関わってそうだしね」

「やったー!」

「でも俺は怪異に対する対処はできないからね。危険そうな怪異だったら皆で逃げるよ。いいね?」


 そう言うと、霊たちは元気よく返事を返してきた。先程どのあたりで水鉄砲を受けたのか聞くと、上流の方へ少し行ったあたりにある、低い岩が飛び飛びに並んでいるあたりらしい。案内されてその方へ進むと、言われた通りの光景が広がっていた。この岩、渡れるだろうか。斑目は己の身体能力に思いを馳せた。

 そうしていると、ふと視界に影が映り込む。それはあたりをきょろきょろと見回すと、岩のうちの一つに腰をおろした。

 すると、それの様子がよく見える。頭にひだのついた皿のような器官。大きなくちばし。背中には亀の甲羅のようなものを背負っている。そして、小柄な体は全体的に緑色。

 もしかしなくとも、それの正体は。

 

「河童……ですね」

「えっすごい! 河童いるんだ!」

「すごいすごーい!」


 場にいる全員がその正体を把握するや否や、霊たちが河童を囲んでわいわいと騒ぎ出す。どこか嬉しそうで、楽しそうだ。

 斑目の目には、左右をきょろきょろと見て反応に困っているかのような河童が映っている。同じ光景を見ているナイから、「河童、困惑してますね」という言葉が聞こえてきた。


「まあ、流石にいきなりはしゃいだ幽霊たちに囲まれたらねえ……」


 こちらの視線に気づいたのか、助けを求めるように河童が斑目の近くまで泳いでくる。待って、と言って霊たちも一緒にくっついてきた。そうしてすぐそばまでやってきた河童の身長に合わせるようにかがむと、河童は斑目に耳打ちしてくる。


「えーと……怪異の類が楽しそうに遊んでたから、一緒に遊びたくなった?」


 でも囲まれるのはちょっとびっくりした。とのことらしい。

 斑目は霊たちの方を見た。彼らは少し離れた位置から河童の様子を見ているらしい。子供が好奇心でものを見ている様子にそっくりだと、斑目は思った。そうして彼らを見回して、一言。

 

「だそうだけど……君たち、この子と遊んでもらえるかい?」


 事故が起きないように、監視役はするからさ。斑目がそう言うと、霊たちの目がきらきらと輝く。

 

「いいよー!」

「いいよ~! 水鉄砲合戦しよー!」


 霊たちに引っ張られていく河童の様子を見守った後、斑目はゆっくりと立ち上がった。

 視界の中央で、霊たちと河童が遊んでいる様子が見える。小さく息を吐くと、隣からナイの声がした。


「しないとおっしゃってましたが……結局監視役になっちゃってますね、先生」

「まあ……怪異が関わっちゃったしね」


 川の流れが、光を反射して輝く。差し込む日差しは、強い。斑目は思わず目を細めた。

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