Day25 キラキラ

 斑目と小鳩の視線を受けながら、ナイが一言一言丁寧に紡ぐように語りだす。


「自分を襲った怪異猫、彼は自分を襲った時にひどい錯乱状態だったような覚えがあります」

「怪異が錯乱状態?」

「怪異猫は感性が人に近いとこあるからそういうこともあるんですよ、先生」


 なるほど、と斑目は呟いた。

 続き大丈夫ですか? というナイの声が聞こえてきたので、軽くうなずく。彼もまたうなずき返して、言葉を続けた。


「その怪異猫はたしかこう言っていました。怖いよ、殺されちゃう。と」

「それはすごい錯乱状態だねえ~」


 小鳩が何か納得したようにうなずいている。それには斑目も深く同意した。

 

「で、その怪異猫を襲った怪異ってのが……小鳩くんが言っている怪異かもしれない。そういう仮説かな?」

「ええ、そうです」

「なるほど……」


 怪異が怪我を負ったらしい時期を約一ヶ月前。怪異猫が襲われた時期とナイが怪異猫に襲われた時期が約三週間前だと仮定すると、ナイの言っている仮説はあながち間違っていないのではないだろうかと思う。とはいえ、なぜ土地神は怪異の怪我をこうなるまで放置していたのだろうか。気が長いからだろうか? 怪異や幽霊の性質や性格にもよるが、彼らは時としてやけに気が長い発言をしてくる。いつぞや訪ねてくる幽霊たちにもこう言われたことがある。先生怪談して~、先生が死ぬ前でいいから~。などと。

 そうやって思考を広げている途中で斑目はそれを一旦止める。そうして、おもむろに小鳩に話を振る。


「小鳩くんとしてはどう思う?」

「どう、って何がです?」

「退魔師の目から見て、その仮説が正しいことを前提に物事を進めても大丈夫だと思うかい?」

「うーん……これは僕個人の意見なんですけど」

「うん」

「その仮説にのっかってみても大丈夫なんじゃないかなあと思います。正直先生に捕獲の手伝いしてほしいのはやまやまなんですけど、僕らその怪異の見た目とか何にも知らないんですよね」

「教えてもらってなかったのかい」

「はい。なんかまくし立てられて質問する暇もなかったので」


 先方はどうやら焦っていたようだ。一ヶ月が経過するうちに怪異に対する被害が増えてきた事実を把握してしまったから……だろうか。厳密には依頼人本人に聞かないとわからないのだろう。

 とはいえ、それに関する真偽を確かめるより優先することがある。小鳩たちが受けた依頼は枝を抜くこと、そして斑目がするのはその手伝い。それらを行う手がかりとして怪異猫という言葉も出てきた。ということは、つまり。


「まあ、なんだ。まずはその怪異に襲われた怪異猫からあたるとしようか」


 ◇


 それからしばらくして、幽霊などから情報を集めた斑目たちは怪異猫の集会にやってきた。

 小鳩、斑目、人の姿をとったナイの順で公園へと入る。得た情報通り、怪異猫たちが中央部分の広場でくつろいでいる。軽い足取りで彼らに近づいている小鳩を、一拍ずらすようにして追っていく。そうして怪異猫のそばにきたところで、小鳩が手を叩いて彼らの注目を集めた。

 

「なに?」

「なになに?」


 単刀直入に聞くんだけど、と小鳩は言う。そうして人の姿を取ったナイを手で示した。

 

「こちらの怪異と似た気配を感じたことがある猫~、挙手してね」


 その場にいる怪異猫たちに呼びかける小鳩は、どこか楽しそうにも見える。事態に対する危機感がないようにも見えるが、裏を返せば余裕を持って行動できているとも言えるのではないだろうか。当の小鳩がどこまで考えているかは知らないが。

 猫たちを見回す小鳩に合わせて、斑目も怪異猫を見回す。すると、一匹だけ前足を上げている猫がいた。どこか震えているような猫に気づいたらしい小鳩が、柔らかい声色で語りかける。


「お、君は心あたりがあるんだね」

「なんか……姿は違うんだけど……このひとを前にめちゃくちゃ引っ掻いたことがある気がする……」

「じゃあまずやることはなんだっけ?」

「ごめんなさい」

「よくできました~!」


 小鳩が拍手をした。拍手をする事柄なのだろうかと、斑目は思う。

 一瞬思考を広げようとした己を制して、斑目はゆっくりとしゃがんだ。目線を例の前足を上げた怪異猫に合わせるように。


「さて、俺からも質問いいかい?」

「なあに?」


 件の怪異猫からの返事を待って、斑目は言葉を続けた。

 

「君は俺の隣のひと……いや、君と出会ったときは君と大差ないサイズをしていたと思うんだけど……まあとにかく、彼を襲ったようだけど。それはなんでだい?」

「……追われてて……怖かったから……」

「そっか、大変だったね。それからもう一つ、怖いかもしれないけど思い出して欲しい」

「なあに?」

「君を襲った怪異、何か特徴はなかったかい?」


 ◇


 怪異猫たちからの情報収集は、かなり楽に終わった。立てていた仮説が当たっていたことと、怪異猫が素直に答えてくれたおかげで。

 そして、件の怪異に関する話も聞いた。実際に依頼を受けているわけではない斑目の視点からも、情報は十分集まったと判断できる……気がした。

 斑目の視界のはしの方で、小鳩が誰かに連絡を入れている。時々相手を煽るような口調で話しているあたり、相手は例の相棒なのだろう。何がどうして彼と相棒は組んでいるのか。正直、一番の謎である。


「とりあえず野崎さんにも連絡入れておきました」

「目に見えてテンション下がってるね……なんでそんな相手と組んでいるんだい」

「なんでなんでしょうね~」


 そうして全員で斑目宅のキッチンに集まる。机の上には聞いた話をメモした紙が広げられていた。そうして全員で紙に目を通していく。それらの情報によれば、件の怪異は輝く棒状の物が刺さっていたという。襲われた怪異猫曰く、とても印象的であったからよく覚えていたとのこと。


「とりあえずキラキラとした棒状のものを目印に探せばいいってことだね」

「ですね~……でもそう簡単には見つかりそうにないですよね」


 はあ、と三人分のため息。

 ここでこうして資料をみているだけではどうしようもない。気分を切り替えよう。そのためにはまず、ベランダと部屋を隔てるカーテンを開かないと。そう思いながら、斑目は足を進める。そうしてカーテンをするすると開いた先に見えた光景に、斑目は思わず息を呑んだ。

 人の背丈ほどある何かがいる。それの背の一箇所が、キラキラと光っている。その光る場所に、何かが刺さっているように見える――。

 斑目は小鳩とナイを呼んだ。そうして、窓の外を指し示す。同時に口から出てくるのは、それに対する率直な第一印象だ。

 

「……思ってたより大きいんだけど」

「そりゃ怪異猫も怯えて半狂乱になっちゃうわけですよ……」


 枝、しっかり刺さってますね。小鳩の声がする。これで野崎さんを出し抜けますよ! なんて言っている言葉も聞こえたが、それについては聞かなかったふりをすることにした。

 怪異はその間も立ち止まったままのようだ。枝を抜くなら、今がチャンスということだろうか。そう思っていると、小鳩が「じゃ、抜いてきますね」と言う声がした。視線を超えの方に向けると、小鳩がベランダの柵を乗り越えようとしているところだった。

 

「ちょっとまって、俺の家のベランダから飛び降りる気かい」

「はい。あ、大丈夫ですよ! それくらいじゃ僕死なないんで!」


 そういうことじゃなくてね、と斑目が続けるより先に、小鳩は木々などを足場にしつつ地面へと着地した。どうかこの様子を見た人間がいないことを祈るばかりだ。変な目立ち方は絶対に避けたい。

 斑目はそう思いつつも、視線で小鳩を追う。彼は怪異の近くに静かに近寄ると、近くにあった植え込みを足場に、高く跳躍したようだ。何かを投げているように見える。怪異は足止めされているのだろうか? 少し身じろいでいるように見えた。小鳩が怪異の背後に回る。そうして。


「先生、どうですか」

「うまくいったみたいだよ」


 後ろから投げかけられたナイの声に、斑目はそう答えた。

 視線の先に、キラキラと輝く枝を持った小鳩の姿がある。

 どうやら、依頼は解決したようだ。自分が頼まれていたことも含めて。

 斑目はほっと、息をついた。

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