Day24 絶叫

 深夜のことだ。斑目は絹を裂くような絶叫を聞いた。どうやら外からしているのだろう、それだけは理解できた。

 さて、一体何が叫びを上げていたのだろうか? 布団の中でそう考えているうちに、再び眠りに落ちたのだろう。気づいたら翌朝となっていた。起きたばかりらしいナイがあくびをしている。その様子をじっと見ていれば、彼と視線が合う。片手を軽く上げて「おはよう」と一言。そうして、こう続ける。


「そういえばさ」

「はい」

「昨日、なにかの叫び声とか聞こえなかった?」

「先生も聞かれたのですか」

「まあね……ってことはあれかな。怪異の叫び声ってことかな」

「自分にはそう聞こえました」


 そう会話していると、寝る前のものとは別の疑問が湧き上がる。


「なにがあったんだろうね」

「気になるんですか」

「ちょっとはね。怪異の叫び声って時点で尋常じゃないからね」


 窓越しにも聴こえてくるほどの叫び。一体なにがあったというのだろうか。ナイが怪異猫に襲われたという話のように、件の怪異も他の怪異に襲われたのだろうか? 可能性の話ではあるが、十分ありえる。他に考えつくのは、件の怪異は何か大怪我を負ってしまったというところか。人が尋常でない痛みから叫んでしまうように、怪異もまた尋常でない痛みから叫んでしまったとも考えられる。怪異がどのような状況下で怪我をするのかは思いつかないが。

 とはいえそれらはただの推測だ。昨夜の状況を誰かから聞くことができたなら、正解に近づけるのかもしれない。そう考えていると、窓を叩くような音がしてくる。そちらの方へ顔を向けると、丸っこい姿をした幽霊が二人、ふわふわと浮いていた。


「先生~」

「先生、暇だから何か話して~」

「あ、ちょうどよかった」

「ん?何が」


 互いに顔を見合わせて首を傾げる幽霊たちに、斑目は質問を投げかけた。


「君たち、深夜にこのマンション周囲で何があったかわかるかい?」


 蛇の道は蛇。怪異に関係する話は怪異に近い存在から。

 斑目の質問に、霊たちは再び顔を見合わせている。そうして「そういえばなにかはあったよね」と言葉を続ける。

 

「悲鳴みたいな音はしたよね」

「ねー」

「それ以外にわかることはないかい?」


 霊の片方が上を見上げて、また顔を斑目の方に向ける。何かを考えている素振りだ。この場合、思い出そうとしているといったほうが正しいのだろうが。

 しばらくして霊の片方がようやく思い出したかのように言葉を絞り出した。

 

「んー……なんかいたよね」

「あー……いたいた」

「悲鳴したとこから走ってきた怪異がいた気がする」

「怪異猫っぽかったよね」

「ねー」

「あとね、昨日の悲鳴はたぶんその走ってた怪異の悲鳴じゃないと思う」

「うん」

「ねー」

「わかった、ありがとう」


 そう言って斑目は霊に帰るよう促した。今日はこれから仕事だからとつけたして。霊たちは素直に帰っていったが、去り際にこういうことを言い残していた。先生が暇になったらお話聞きに行くからね……などと。

 さて、今斑目の手元には少し情報がある。その情報を簡単にまとめると、悲鳴を上げていた怪異と悲鳴が上がった地点から走ってきた怪異猫がいるという。これらの情報を素直に解釈するならば、こうだ。


「彼らが目撃したという怪異猫が別の怪異に襲われたのだと仮定すると、襲った怪異はなぜ悲鳴を上げていたのか、というところが気になるね」


 なにかがあったのは確実だが、何があったのかは未だ不透明だ。仮説を立てることはできるだろうが、この情報からどう立てていけばいいのやら。

 斑目は思考を広げようとしていたが、不意に思考を止めてナイを見る。彼の一つ目が伏し目がちになっている様子が見えた。何かを考えているかのようだ。

 

「どうかしたのかい?」


 とりあえず声をかけてみると、ナイははっとしたように目を瞬かせた。

 

「いえ、ちょっと考え事を」

「……それならいいんだけど」


 ◇


 時間は過ぎて午後。

 今、斑目宅の玄関には来訪者がいる。八宮小鳩だ。「先生、ちょっと協力してほしいことがあるんですよ」と言いながら、退魔師は顔の前で両手を合わせている。お願いします! と付け足しながら。

 これはあれだ。イエスと言うまで帰らないパターンだ。

 

「言っておくけど、俺にできることには限度があるよ」

「やった~! 話聞いてくれるんですね!」


 嬉しそうに小鳩が目を輝かせた。その場で軽く小躍りをする小鳩の後ろ、家の扉に目が行く。よし、閉まっている。

 しばらくして小鳩は何事もなかったかのように姿勢をただし、こう話をきりだした。


「とある怪異に、神木の枝が刺さっているらしいんですよ」

「神木の枝?」

「ですです。ざっくりいうと、怪異の種類によっては怪異にダメージがいくやつなんですよね」

「で、そういうものが刺さっている怪異がいると」

「はい。で、ですね。僕らその怪異から枝を抜きたいんですよね」


 神木の枝が刺さって怪我をしている怪異。さすがにそういう話を聞くのは初めてだ。とはいえ、それを抜きたいと思う存在がいるのは納得がいく。

 しかし一つ疑問もある。


「一つ聞いていいかい」

「はい、なんですか?」

「君たちがそうしたい理由は?」

「あー……」


 彼らは退魔師だ。怪異のたぐいを「祓う」ことで対処するプロだ。そんな彼らが何の理由もなく怪異に刺さった枝を抜くことなどあるのだろうか?

 小鳩が困ったように頭をかく。後ろめたい理由でもあるのだろうか。この八宮小鳩という青年に限って。

 

「……どう説明したらいいかってアレなんですけど、ざっくり言うと依頼なんですよ。その神木がある土地の土地神からの」

「土地神から退魔師に依頼? そういうこともあるんだね」

「その土地神の庇護下にある一体の怪異に枝が刺さったまま抜けなくなっちゃったらしくて。で、痛みからかその怪異が他の怪異を襲ったりとかしてたらしくて」

「そういうことをしていたのなら、君たちもすぐにその怪異に感づくんじゃないのかい?」

「土地神の庇護下にいる怪異なので、怪異が暴れていても主による守護の力は継続しているんだそうですよ」

「なるほど……」


 おそらくは、小鳩が喋っている内容は内密にと念を押されたものなのではないだろうか。しかし、説明しなければちゃんと協力を仰ぐことは難しい。ある程度端折って説明をすればいいのかもしれないが、なかなかそれも難しかった……。実際どうなのかは別として、そう考えれば納得できる気がした。

 小鳩は右手の人差し指を立て、喋る内容に合わせて手を振りながら話を続けている。

 

「で、土地神はその怪異の様子を見ていたけれど、流石に被害が広がりすぎたなと思ったらしいんですよね」

「何日様子見てたの?」

「一ヶ月ちょいくらい? だそうです」

「……なるほどね……。そうして、そちらに依頼が来た」

「そうでーす。で、先生にはですね、その怪異を捕獲する手伝いをしてもらいたいな~って」

「……スケール大きすぎやしないかい?」


 斑目はふと視線を感じた。その方に顔を向ければ、下駄箱の上でナイがこちらを見ている。「お話、ある程度聞かせていただきました」と彼は頭を下げた。その様子は、なにか言いたげに見える。


「どうかしたのかい?」

「もしかしたら、と思うことがありまして」


 もしかしたらと思うこと。一体何なのだろう。斑目と小鳩は顔を見合わせた。

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