Day22 メッセージ
着信音が鳴る。
斑目がおもむろにスマートフォンの画面を覗き込むと、メッセージアプリになにかの着信がある様子が見えた。反射的にメッセージアプリを立ち上げると、そこには誰かわからない相手からのメッセージ着信があった。
(文字化けしているね。なんて書いてあるのかな……まあいいか)
斑目は首を傾げた。本来なら確認するのも危ういのかもしれないが、このメッセージは見ても大丈夫な気がした。危険を感知する直感が働かないから大丈夫だろう。それに、このメッセージは人からのものではない。文字化けしている時点で、人が送ったものとは思えない。つまり、これは怪異からのメッセージだ。ということは、興味本位で見てみるのも仕方がないことなのだ。
そう判断して、斑目はルーム画面を開く。そこには一つのメッセージがあった。
『メッセージの受け取りありがとうございます』
続けざまに、メッセージが送られてくる。
『わたしは今、洞窟にいます』
洞窟。奇妙なところから送られてきたものだ。本来なら電波も通ってないところだろう。それでも送られてくるのは、この状況が怪奇現象だからということに違いない。そもそも文字化けした名前の相手からメッセージが送られてきている時点ですでに怪奇現象だ。
斑目はメッセージの続きが送られてくるのを待つ。
『この洞窟の奥に、祠があるのです。そこにお札を納めないといけない』
『そして、そのことは本当は知られてはならないのですが、おそらくわたしはこの儀式を終えると死んでしまうでしょう』
『ですので、誰かに覚えていてほしいと思い、メッセージを送りました』
そう、メッセージが送られてくる。
儀式を終えると死んでしまうとは穏やかではない。そして、相手は自分が生きていたことを残したいと願っているらしい。文面から察する範囲での話だが。だとすると、このまま送ってもらうほうが無難だろう。怪異のメッセージの痕跡がアプリ内にちゃんと残るかどうかは分からないが。
ところで、返信はできないのだろうか? そう思って斑目はメッセージを入力しようと試みる。しかし、不思議なことにどう文字を入力しても、画面に反映されない。ボタンを押して送れる送れないの問題ではないようだ。
では、スタンプや絵文字は? 試しに送ろうとしてみるが、タップ操作は一切画面に反映されない。押しているのに押していないことにされている。端的に言えばそういう状態だ。メッセージを送ってくる相手を見守ることしかできない、つまるところそういう状態なのだろう。
それを知っているのか、あるいは知らないのか。メッセージの送り主は次のように、言葉を続けた。
『見ていてくださりありがとうございます』
そうして、「周りの様子を伝えますので、見守っていてください」と続く。
相手には見えないだろうが、斑目は画面を見て小さくうなずいた。
『お札です。洞窟の上下左右にお札が貼られている。道標でしょうか?』
文字情報から光景を想像してみようと試みる。
静かで薄暗い洞窟だと想像した。周囲に何があるか判断できるのは、光源が設置されているか、あるいは送り主が光源を持っているのだろう。情報ではお札が貼られているのだという。送り主がいる地点を中心として、上下左右に。なんとなく、たくさんのお札が貼られているのではないかと思う。それとは別に、足元に貼られているらしいお札を踏んで先へ進むのは、自分だったら躊躇してしまうとも思った。送り主が宙に浮いている怪異なら話は別なのだろうが、いかんせん彼の種族的な情報はメッセージには一切ない。
『少し奥へ進みました。洞窟の岩肌が少し赤みを帯びているように見えます。このあたりにはお札はないようです。その代わりに、柱がいくつか立っています』
そうやって思考を広げていると、送り主は少し先へ進んだらしい。
お札が貼られていた区間は越えたとのこと。柱があるらしいが、寺院や神社で見かけるような柱が近いのだろうか。それが地面から天井に伸びている光景を想像する。なにかしらの儀式的なイメージがよぎっていく。
『岩肌の様子がおかしいです。まるで肉のように見えます。少し触れてみましたが、質感自体は岩でした』
しばらくして、再びメッセージが送られてくる。しかし、内容がおかしい。斑目は率直にそう思った。
肉のように見えるとはどういうことか。送り主がいるのは洞窟であるはず。その洞窟の奥へ行くことで、洞窟自体の正体が明らかになってきたということだろうか。例えば――なにかの生物の体内であるだとか。
『鳥居が見えてきました。それから、階段もあるようです。どうやら、祠はこの先にあるようです』
次に送られてきたメッセージは、先程のものとは違って穏やかなものだった。
送り主は祠の手前までやってきたらしい。とはいえ、階段があるのでまだ距離があるようだが。
鳥居、それから階段。この先には何かが祀られている。そしてそれが何であるかは、斑目も送り主も知らない。しかし先程の情報があるためか、斑目にはそれが穏やかなものであるとは思えなかった。
『長い石段です。少し疲れたので休憩をとっています。岩肌が見えるのですが……脈打っているようにも見えます。不思議ですね』
脈打つ岩肌。斑目からすれば、嫌な予感がしてしまう。しかし、送り主にとっては負の感情を持つようなものではないのだろう。でなければ「不思議」という感想はでてこないように思える。
斑目はメッセージを最初から読み返す。送り主は確実に目的地に近づいている。その目的地がどのようなものかは全くわからない、おそらく彼自身も知らない。伝えてくる周囲の光景から、彼はおそらく何かの体内にいるのではないだろうかという推測はできた。洞窟に擬態できるほど巨大なものの体内にある、祠の元を目指していくのだと。
彼はたどり着いたあかつきにどうなってしまうのだろうか? 儀式を終えると死んでしまうと彼は言っていた。その点について、彼はきっと嘘を言っていない。斑目はそう思った。おそらく次に来るメッセージが最後になるだろう。
『たどり着きました。小さな祠があります。ここにお札を納める必要があるのです』
『それでは、お札を納めてきます。見守っていただきありがとうございました』
スマートフォンの画面が電源を落としたかのように暗転する。
慌ててボタンを押したりしていると、画面はすぐに点灯した。メッセージアプリが立ち上げられたまま、画面に映っている。しかし、先程まで見ていたメッセージと文字化けした送り主の名前は一切ない。最後にやり取りした弟の名前が一番上にあるだけだ。
「……」
スマートフォンの電源ボタンを一度だけ押して、斑目は小さく呟いた。
「無事、納められたのかな」
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