Day19 氷

「先生~! かき氷食べに行きましょう!」

「えー……小鳩くんだっけ」

「はい」

「なんで俺を誘うのかな」


 来訪者の姿を確認し、斑目は大きくため息をついた。

 八宮小鳩。退魔師と名乗った青年である。以前世話になったと言えば世話になっているが、それ以上に斑目は彼に懐かれているらしい。理由は全くわからないが。彼とやったことといえば、くらげの怪異の移動先の誘導をしてもらったり、持ってきたすいかを一緒に食べたり、怪異の領域から出たときに会ったくらいだ。あと本当にたまに外で会って挨拶をするくらいで。

 斑目が色々考えている最中も、小鳩は自分の用件を元気よく語り始める。


「相方……野崎さんっていうんですけど、野崎さんと味覚が合わないんですよ」

「それだけじゃないでしょ、理由」

「はい」

「言おうか」

「はい……」


 声に圧を込めたのが功を奏したのだろう。小鳩が少し縮こまった。少し目を泳がせてから、小鳩はどこか達観したかのような声でこう言う。


「先生もお察しの通り、僕と野崎さんは仲悪いです。以上」

「はい、よくできました」


 この八宮小鳩とかいう退魔師は、以前斑目の家に来た時にはっきりとこう言っていた。「相方とすいかをわけるのはしゃくにさわる」と。それから、以前相方の背中にチョップをしようとしている小鳩を見たこともある。それらから察するに、小鳩とその相方とやらは仲が悪い。本人からその証言も引き出した。じゃれついているだけとも言えるかもしれないが、小鳩本人が仲が悪いと言っているのだからそういうことなのだろう。

 それはそれとして、なぜ自分を誘ってくるのか。正直かき氷を食べに行くのはいい。いいのだが、接点がとても多いとは言えない相手と一緒に行って楽しいものなのだろうか。それから、他に相手はいないのだろうかとは思う。だが、相手を探した結果自分のところに来た可能性もある以上、無下にはできない。

 斑目はそう思いながら、一つため息を吐く。そうしてこう続けた。


「ところでかき氷だけど」

「え! 一緒に行ってくれるんですか!」

「まあ……仕事終わったばかりだし、いいよ」

「やった~!」


 玄関先で小鳩が小躍りを始める。人に見られてないか、慌てて斑目はあたりの様子を確認した。他の部屋からの出入りはないようだ。この階に上がってきた人もいない。よかった、見られずにすんだ。正直玄関先で小躍りを始める人間と同類とは思われたくない。それとは別に、小鳩を制止することも忘れてはいない。踊らないように、と釘を軽くさせば小鳩はすぐに奇妙な踊りを止めた。

 一段落ついたところで、斑目は視線を感じる。後ろを振り向くと、一連の光景を見ていたらしいナイが一つ目を細めてこちらを見ていた。なんとも言えない表情だと思う。実際彼も、そう思いながらその表情をしているのだろう。ごめん、と斑目が言うとナイは「いえいえ」と言って一度その目を閉じて頭を下げた。

 それはそれとして、彼は一連の様子を見ているのだから、自分がこれから出かけることを知っているのだろう。そして、自分から彼に対する頼み事があることも。


「というわけだから留守番というか……幽霊が来たときの応対よろしく頼むよ」

「はい、大丈夫ですよ」

「ありがとう。行ってくるよ」


 幽霊は人の仕事の状況などを考えずにやってくる。だから、留守番役がいるときにそれを頼むのは自然なことなのだ。


 ◇

 

 女性客の多いかき氷の専門店。小鳩が斑目を連れてきたのはそういう店だった。ちょうど奥の方の二人用の席が空いていたため、そこに陣取る。そこへ移動するまで、他の客の視線が痛いように思えた。気のせいだとは思うが、気にしてしまうのも仕方ない。こちらは男二人なのだ。

 

「味覚云々以前に」

「はい」

「女性が多いお店だとは聞いてなかったな」

「野崎さん誘うわけないの、そういう理由もあるんですよ。あの人女の子嫌いなんで」


 席についてそんなことをこぼしたら、小鳩が相方に対する文句のようなそうでないようなことを言う。今日だけで小鳩の相方(野崎と言うらしい)に対する謎の偏見が深まった気がする。姿を見たことがあるだけで会話をしたわけではない相手に、変な偏見を持ってしまっていいのだろうか。正直そう思うが、小鳩が勝手に変な情報をよこしてくるのだから仕方ない。

 自分がそんなことを思っているのを知ってか知らずか、小鳩は能天気にこう言ってくる。


「メニュー見ましょうメニュー」


 そういえばそうだ、何のためにここに来たのか。小鳩が二つあったメニューの片方をこちらに渡してくるので、素直に受け取った。そうして、開いて中を見る。色とりどりのかき氷の写真が載っている。どうやら今はフルーツ系のかき氷がメインとなっているようだ。定番のページに目を通せば、みぞれやら宇治金時といった斑目にも馴染みのあるメニューがかかれている。シンプルないちごシロップもこのカテゴリらしい。

 

「あ、この宇治金時美味しそう」

「それにするのかい」

「あ、でもマンゴーもいいな……」

「……」


 どうやら小鳩は迷っているらしい。全部食べるという選択肢はなさそうなあたり、ある程度自制はできる人間であるらしい。

 一方斑目は何を頼むかある程度目星をつけた。まあ、初めての店なのだから定番で行くのが無難だろう。

 しばらくして注文を決めたらしい小鳩が、店員を呼ぶベルを鳴らした。しばらくして、注文を聞きに店員がやって来る。


「ご注文はお決まりですか?」

「あ、僕はこのいちご練乳で」

「宇治金時で」

「かしこまりました」


 店員が去っていった後、小鳩は斑目を見ながら問いかける。


「先生そういうの好きなんです?」

「まあ、そうだね。君は色々考えてたけど結局それにしたのかい」

「おいしそうだったから……」


 かき氷が来るまで時間はある、その間斑目はスマホを適当にいじることにした。クラウドでノートパソコン上のデータと同期しているメモアプリを開いて、とりとめのない言葉を書き連ねる。いつも思考を広げているように。そこから何か小説のネタにならないだろうかと期待しながら。

 小鳩は小鳩で、こちらを壁にしているかのように話しかけてきている。集中している斑目は、小鳩の発言の八割以上を「はいはい」という返事で片付けた。それでもこりずに小鳩はこちらに話しかけてくるので、斑目は注文が届くまで小鳩を無視することにした。どうせ大した話はしていない。多分。


「おまたせしました」


 やがて注文が届き、テーブルに二つのかき氷が並ぶ。

 写真で見たイメージよりは小ぶりだ。女性客が多いのもうなずける。斑目がそう思う一方で、小鳩は勢いよくかき氷にスプーンを突き刺していた。色気より食い気らしい。一つ小さくため息を付いて、斑目はカメラアプリを立ち上げた。とりあえず記念に写真を撮っておこう。

 そうした上で、ようやく斑目もかき氷を口にする。じわりと染み込むシロップの味と氷の冷たさが絶妙で、美味しい。


「あ~、美味しい! つめたい! 甘い~!」

「うん、これは美味しいね」


 思わず声にもする美味しさだ。

 また今度一人で行くのもいいかもしれないと、斑目は美味しさを味わいながら思う。女性が多い空間に男一人で行く度胸が湧いたらの話だが。

 

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