Day13 切手

「……」

「どうしました、先生」

「俺の気のせいじゃなかったら、張り子っぽいねずみが切手を運んでいるんだけど……」


 ある日の昼下がり。斑目は自室で奇妙なものを見た。

 張り子人形のようなねずみが、開けっ放しの引き出しから切手を持ち出しているのだ。切手である。他のどの紙でもない。斑目は買った切手を一枚ずつ切り離して保存しているタイプである。なので小さなサイズの何かが「運びやすい紙」として切手を選ぶことに関しては納得できる。

 問題は、その何かが唐突に現れて斑目の机の引き出しから切手を持ち出したこと。そして、その様子が斑目に見えているということだ。

 斑目は横目でナイの反応をうかがった。見える人間に見えているということは、怪異にも見えているとは思う。思うが、自分の気のせいという可能性もある。視界に映るナイは、その一つ目を瞬かせて答えを返してくる。


「運んでいますね、どうしたのでしょう」

「やっぱり俺の気のせいじゃなかったか……」

「どこへ行くんでしょうね、彼ら」


 そのまま一人と一匹で様子を見守る。張り子のねずみは切手を一枚くわえながら、書斎机の引き出しを飛び降りる。床に着地したと思えば、のんびりとした速度で真っ直ぐ歩き始めた。

 その行き先を視線で追うと、部屋のすみに置いてある本棚と壁の隙間であるようだ。斑目はそっとその隙間を覗き込んでみる。しかし、件のねずみは隙間の奥の方にいるのかよく見えない。目を細めたり、集中したりして様子をうかがうが、どうなっているのかは全くわからなかった。


「さすがに本棚動かさずに後ろ見るのは無茶か……。君は後ろに入りこめるかい」

「……その狭さだとさすがに難しいですね」

「そうか……」


 斑目はナイの身体のサイズと隙間を見比べた。たしかにこれは本人の自己申告どおり「さすがに難しい」だろう。

 一体あのねずみは切手をあんなところへ運んでいって何をしているのだろうか? 斑目はたしかにそれに対する興味を抱いた。


 ◇


 後日、斑目は例のねずみが何をしているのか確認してみることにした。

 机の上には色とりどりの切手がまばらに置かれている。未使用切手は斑目の好みで購入されているせいか、季節の風物詩の絵柄のものが多い。使用済み切手は季節の風物詩から風景、さらにはキャラクターものまでさまざまだ。

 その様子を、窓の外から二人の幽霊が見ている。ちょうど今日の午前中に部屋を訪ねてきた幽霊たちだ。斑目は彼らを見た時に、一つのことを思いついた。先日見かけたねずみに関する、ちょっとした検証である。そのために幽霊たちの力が必要なので、斑目は彼らにちょっとした依頼をした。


「あ、来たようだね」


 そうしていると、先日のように張り子のねずみが現れる。ねずみは器用に閉じた引き出しの壁を登り、机の上へと降り立つ。ねずみは机の上に置かれている切手に気づくとそこに真っ直ぐ向かう。斑目たちの視線を気にしている様子はないようだ。自分のやることに集中しているだけなのかもしれないが。


「ほんとだ、先生が言ってた子いる」

「ちっさーい」

「はいはい、君たちは依頼をちゃんと果たしてね」


 どうやら会話を気にしている様子もないようだ。ねずみは一枚の未使用切手をくわえると、また器用に引き出しの壁を降りていった。床に降り立つと、真っ直ぐ本棚と壁の隙間へと向かっていく。

 

「やはりあちらの方へ行くのですね」

「そうみたいだね。はい、君たちの出番だよ。すり抜けて向こうの様子見てきてね」

「はーい」

「がんばるぞ〜」


 あのあと隙間を懐中電灯で照らしてみたが、光は奥まで届かなかった。他の懐中電灯でも試してみたが、斑目の家には奥に光が届くようなものはなかった。本棚を動かして確認するという手もあるが、斑目はお世辞にも体力がある方ではない。移動させるのにかかる時間を考えると、別の方法を選ぶ。

 だとすればどうやって確認しようか。そう考えた斑目が幽霊たちに依頼した内容というのが、こう。幽霊たちに実体がないことを活用して、隙間の奥を見てきてもらうというものだ。幽霊だからその視界には怪異も映るだろう。だから、彼らならば何があるか、あるいは張り子のねずみが何をしているかが見えるはずだ。

 斑目は隙間へと入っていく幽霊を眺める。「何があるかな」「何だろうね~」と、幽霊の会話が聞こえてきたかと思えば、次の瞬間には会話が止まる。何かあったのだろうか。斑目が少し身を乗り出せば、幽霊たちが元気に声を上げた。

 

「あ、先生すごいのあった!」

「なにがあったんだい」

「本棚! 本棚動かして見て見て!」


 結局本棚を動かすはめになるのか。そう思いつつ、斑目は小さくため息をついた。

 

 ◇


 どうにか本棚を動かし、壁との隙間を広げることができた。斑目はまず大きく息を吐いた。疲れた。当分重労働はしたくない。

 とはいえ、今やることはそういう考えから思考を広げていくことではなく、隙間に何があるかの答え合わせだ。斑目は広がった隙間に視線を向ける。そこに広がる光景に、斑目は思わず感嘆の声を上げた。


「これは……」

「お手紙! いっぱいあるみたい!」


 そこにあったのは張り子のねずみと何枚ものはがき。そのはがきのほとんどには切手が貼られているようだ。とはいえ、貼られている切手ははがきの値段のものやそうでないものが混在しているらしい。

 張り子のねずみは斑目たちの視線に気づくと、恥ずかしそうに前足で顔をおおった。

 近くに座っていたナイが一歩隙間に近づいて、ねずみの様子を見ながら声をかける。

 

「もしかして、手紙を出したいのですか?」


 ねずみは頷くことで答えを返した。


「そのようですね」

「なるほどねえ」


 棒があれば手紙を引き寄せられるだろうか。斑目は部屋においてあった長さを調節できるハンディモップを手に、ねずみのはがきを隙間からだす。ねずみに一応聞いた上でだ。その時ねずみがうなずいていたので、斑目ははがきを取り出していいと判断した。

 しばらくして、隙間から複数のはがきと張り子のねずみが顔を出す。床の上に一枚ずつはがきを並べながら、斑目はひとりごちるようにこう言った。


「怪異宛ての手紙ってどこへ出せばいいんだろうね」

「その手のポストは普通にあるとは思います」

「怪談に出てくるたぐいかな」

「そうですね」

「というか怪異の手紙に人間が使う切手って大丈夫なのかな」

「それは大丈夫ですよ。怪異の手紙に切手を貼るのはおしゃれ程度と捉えている怪異もいるので」

「なるほどね……」


 視線をナイに向ける。張り子のねずみがナイの身体をつついているようだ。何か伝えたい事があるのだろうか。

 ナイがねずみの言葉に耳を傾けている間、斑目ははがきを一枚手にとってその内容を読もうとした。が、すぐに諦めた。よっぽどでもない限り、人間には怪異の書く文字は読めない。

 しばらくして、ナイが「翻訳なのですが」と前置きしてこう言う。


「手紙を出したらまた旅にでるけど、その前に手紙を出したいから手伝ってほしい。だそうです」

「まあそれくらいなら……」

「ありがとう、だそうですよ。先生」


 後日、斑目は約束した通りはがきを出した。自分が知っている怪談に出てくるポストに投函するという形で。

 さらに後日、ねずみからのお礼の手紙が届いたが……それは、ナイに訳してもらった。要約すると、ありがとう、ということらしい。

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