Day12 すいか
「どうも〜、あなたの隣に街の退魔師! 八宮小鳩で〜す」
インターホンから見た様子はうつむいている配達員の姿だった。だから油断した。斑目は今本気でそう思っている。
扉を開けて目に入ったのは、配達員の帽子をかぶった件の退魔師だった。八宮小鳩という、退魔師。先日の一件は一応感謝しているが、だからと言って家に押しかけてきていいということにはならない。
斑目は真顔で扉を閉めようとする。閉じられる扉と枠の合間に小鳩の腕が滑り込んだ。
「あっちょっと閉めないで、今日は仕事じゃないんですって」
「仕事でもそうじゃなくても、いきなり訪問してくる退魔師を警戒するなってほうが難しいよ」
「ほんとに仕事じゃないんですよ〜」
斑目は扉を少しだけ開いた。小鳩の表情に安堵の色が浮かぶ様子を見るに、本当に仕事で来たわけではないのだろう。となると、なぜ来たのか。斑目の疑問を知ってか知らずか、小鳩は手に持っていた大きな風呂敷包みを持ち上げて、楽しそうに笑う。
斑目の視線は自然と包みに向かった。丸くて大きい、ちらりと緑と黒の模様が見える。
視線に気づいたらしい小鳩が、声高々に問いかける。
「これ、なんだと思います?」
「すいか」
「そうです、すいかです!」
この元気さ、多少近所迷惑な気がしてきた。斑目は内心そう思ったが、指摘はしないでおこうと思った。面倒くさい。脳裏をよぎるのはその言葉。
それはそれとして、すいかである。そういえば今シーズンはまだすいかを食べていないような気がする。斑目は一人暮らしだ。それに、普段の食事量は少なめである。そのため、量が多く消費期限が短い食品を買うのはなかなか難しい。今はナイという同居人がいるが、彼が一般的な食物を食べるのかどうか、斑目は知らない。
斑目がそんなことを考えている間にも、小鳩は何かを言っている。
「貰い物なんですけど、相方に分けるのはしゃくにさわるので……」
相方に分けるのがしゃくにさわるとはどういうことだ。斑目は素で思った。そう思いつつ、言い回しから小鳩が(彼が言うところの)相方と仲が悪いことをなんとなく察してしまった。相方がいるのはいいと思うが、その相方と仲が悪くて大丈夫なのか。退魔師の仕事がどれほど激務かは知らないが、そんな仕事で相方と仲が悪くて大丈夫なのか。
斑目は無表情で小鳩を見た。彼は相変わらず楽しそうに、言葉の続きを放つ。
「僕と先生と先生のとこの怪異くんで食べきっちゃえって思いまして!」
「……」
「あっドア閉めないで」
斑目はため息を付いた。とりあえず目の前の人間は、ある意味ではこちらに助けを求めてきている。それだけは間違いない。テンションがちょっとおかしいが。
「要するに困ってるってことでいいかい。困ってるようには見えないけど」
「そうですそうです困ってるんですよ~!」
「……」
斑目はしばらく考え込む。本当に困っているようには見えないが、本人曰く困っているとのこと。相手の食事量は知らないが、一人ですいか一玉を消費するのはなかなか大変だということはわかる。
はあ、と斑目はため息を付いた。そうして扉を大きく開く。
「……まあ、いいか。どうぞ、あがってって」
「おっじゃましまーす」
斑目は小鳩を部屋に案内する。とりあえずはキッチンへと案内すればいいだろう。楽しそうに鼻歌を歌う小鳩を先導し、斑目はキッチンへと誘導する。
ふと後ろから気配を感じて振り向く。ナイがその一つ目を瞬かせていた。彼は軽く首を傾げて、誰もが思うであろう疑問を口にする。
「先生、その方は」
「この間の退魔師。すいかくれるんだって」
「すいか」
「すいかでーす。怪異くんすいか好き?」
「すいか……どうでしょう……食べられはしますが」
食べられるのか。斑目はそこに驚いた。要するに、主食あるいは栄養が摂取できるのは怪談話などであるということだろうか。だとすれば彼が家にいるうちに、ちょっと量の多い食品を買ってきて一緒に食べてもいいかもしれない。例えば、焼肉用の肉とか。
斑目がそう思考を広げていると、小鳩の声がする。ふと視線を向ければ、小鳩が勝手にまな板にすいかを乗せているところだった。
「先生。すいか切ってください、すいか」
「はいはい。というか冷えてないけどいいのかい」
「冷えてなくてもすいかはおいしいですよ」
「はいはい」
言われたとおりにすいかに包丁を通す。ぱかりと二つに割れた玉の中、赤い果肉がきらきらときらめいているように見えた。半球にも包丁を通して、四分の一サイズに切る。それをさらに食べやすいサイズに切り分けた。全部は切らずに、半球を一つ置いておく。その半球はラップで丁寧にくるんでおいた。ビニール袋にいれて小鳩が帰るときにでも持たせておこう。内心そう思いつつ。
切り分けられたすいかは、大きな皿に乗せていく。とはいえ一人暮らしの家だ、そこまで大きい皿があるわけではない。二枚目の皿を取り出して、机の上に置く。その上にもすいかを乗せていけば、小鳩とナイの視線がそれに向いていることにも気づけた。「先に食べてていいよ」と斑目はいい、手を洗おうと流し台の蛇口から水を出す。軽く両手をすり合わせて、蛇口を止める。そうして近くに置いてあったハンドタオルで手を拭いたところで、小鳩とナイが自分を待っているらしい事に気づいた。
「先に食べててよかったんだけどな」
「まあまあ、こういうときはみんなで食べましょうよ」
すいかを一切れ手にする。そういえば塩を出すのを忘れていたな、と斑目は思った。視界の中で、小鳩が勝手に塩の瓶を手にしてすいかに振りかけている。その様子を見ていると、まあいいかと思えてきた。
そのまますいかを一口。みずみずしい甘みが広がる。夏に食べるとより美味しいと思える味だ。子供の頃は実家の縁側で、三時のおやつとしてよく食べていた。宿題の合間のおやつとしてスプーン付きでだされたこともある。夕食後、皆ですいかを食べたことも……。
斑目は思考をそこで止めた。そうして他の二人の様子を伺う。ナイは一つ目を細めて、どこか嬉しそうにしている。小鳩は満面の笑みだ。しかもどうやらもう三つ目に手を出しているらしい。このすいか、それほどまでに、
「おいしいですね」
「これこれ、夏はこれですよ」
その後、時折会話をはさみつつ、切ったぶんのすいかを食べきった。正直食べ過ぎたな、と斑目は思う。それは夕食を飛ばすかゼリー飲料でごまかすかすればいいだろう。
すいかはおいしかった。食後に全員でおいしかったと口々に言い合うくらいにはおいしかった。機会があればまた食べたいが、それは明日明後日の話ではない。
そうだ、ナイが家にいる間に分けて食べる物、小さめのすいかでもいいかもしれない。彼は精神的な傷が癒えたら、元のねぐらに帰っていくのだろう。だから、それまでにはやっておきたい。斑目はそう思いながら、残った半球をビニール袋にいれた。
その背に、小鳩の声が投げかけられる。
「あ、先生。また遊びに来ますね」
「……はいはい」
なんだかんだ、悪い気はしなかったのだ。
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