Day4 滴る

「これは知人の知人から聞いた話」

「はい」

「だから、あらかじめ把握しておいてほしいことがある」

「はい」

「この話は伝聞で聞いたものだから、実際にはどうなのか、曖昧なところが多い。だから話半分で聞いてくれないかい」

「わかりました、先生」

「相槌は自由にしていいからね。じゃあ話すとしようか」


 斑目の本棚には資料がある。本業のサスペンスを書くための資料や、たまに書くホラー関連の資料など様々だ。

 本棚のホラー関連のあたりにそれはある。斑目が人から聞いた怪談の記録を取って保管したファイルだ。たまにとはいえホラーを書くことがある以上、そういう話のストックはある。編集が気を利かせて話を収集してくることもあるし、オカルト存在そのもの(だいたい無害な霊たちだが)から話を聞くことだってある。そうしているうちに、ファイルの中身は溜まっていった。また、別のファイルにだが、インターネットでみた怪談も一応記録している。情報源はとある掲示板や、オカルト専門サイトなど。これらの情報を印刷した物は、趣味で見返したりホラーを書くときの気分転換に見るようにしている。

 斑目はナイと出会った日、『常にその手の話が入ってくるわけじゃない』とは言った。ファイルの中身の量と、冷静になった思考を合わせて考えれば、出てくる結論は一つ。『常にその手の話が入ってくるわけではないが、ストックはあるから当分は大丈夫』ということだ。

 少しだけ開き直った斑目は、ファイルからストックしている話の一つを取り出した。それが今から話そうとしている、伝聞で聞いた話である。たしか作家仲間と通話したときに聞いた話だったような。聞いた怪談の内容だけが印刷された紙を手に、斑目はぼんやりと思う。次からは誰から聞いたかも書いておくようにしよう。

 かくして斑目は、聞き手のナイに向けて、怪談を語る。


「その人はひょんなことからある古民家を買ったらしい」

「古民家ですか」

「そう、古民家。リフォームして住むつもりでね」


 ある古民家。怪談の舞台としてはよくある話である。

 斑目も一度どこかの古民家へと行ったことはあるが、その古民家は怪異とは無縁のところだった。猫の姿をした怪異たちの姿もなかった。そこはおそらく清らかな場所だったのだろう。

 と、一瞬ずれかけた思考を戻すように斑目は話を続ける。

 

「でもまあ、そうする前にその人はその家で一回寝泊まりすることにした」

「度胸がありますねえ」

「結構いるんだよね、そういう人。雑に言うと、肝試しに行く人種と似たような分類になると思う」

「あー……」 

「話を続けよう。その人は古民家の茶の間だった場所で寝ることにした。物は片付けられていたから、そこそこ広い空間がそこにはあった」

「布団、汚れる心配はなかったのでしょうか」

「そのあたりは覚悟の上だったんじゃないかな。もしくは、軽く掃除をしてから布団を敷いたか……」


 その人とやらは肝試しに行くような人種だ。布団に関しては様々な可能性がある。例えば、布団ではなくて寝袋だったとか。布団を敷く前にビニールシートを敷いたから布団は無事だったとか。布団はそうであるとして、その人は夕飯などはどうしたのだろう? カップラーメンの類を持ち込んだのだろうか、あるいはコンビニ弁当を買っていったか。自炊した可能性は低いだろう。もし自炊したとしたら、持ち込みのコッフェルとバーナーを使った可能性もあるのでは……。

 そうやって想像を広げようとしたところで、斑目はハッとした。危なかった。どう考えても今は話の途中だ。その人が泊まった際に布団についてどう思ったか、あるいはどうしたか、それから夕飯をどうしたかなど想像するより大事なことがある。それは話を続けることだ。

 斑目は、軽く咳払いをして話を続ける。聞き手のナイは、不思議そうにその一つ目を細めた。


「それはそれとして、だ。なんやかやあってその人は布団に入った。持ってきたLEDのランタンを消して、眠りにつこうとした」


 斑目は少しだけ声のトーンを落とす。手元の紙に目を通しながら、次に語る内容を見た。

 そう、ここからがこの話の本題だ。すなわち、今日の怪異談義の本題でもある。起こった怪異を話すのだから、少しだけ雰囲気を出していこう。斑目は先程より少しだけ丁寧に、言葉を発した。


「そして、その人は音を聞いた。水が滴るような音だ。その人は水道を使った覚えはない。だけど、水音はたしかにしている」

「ほう……」

「どこからだろう? とその人も思ったらしいよ。でも、起きて確認はしなかったそうだ」

「なぜですかね」

「古民家だからそういうのの一つや二ついるだろう、って思ったかららしいよ」


 水道を使った覚えもないのに滴る水。霊が現れる際に、水を滴らせているということもあるそうだ。大抵は水に関わって命を落とした霊ではあるが。そういう霊が生者に何かを訴えかける際に、霊と化したまさにその時の姿で現れる。幸い、斑目はそういう霊には会ったことがない。対処方法も知らない。会う可能性を考えて対処方法を身につけるか、会わないように祈りながら過ごすかしなければならないような気はしているが。

 それはそれとして、その怪異現象にあった人間――その人の度胸は何なのだろう。怪談を語りながら斑目は思うが、実際自分がその立場になったらと考えると、ツッコまないのが無難だと思えた。それ以前に、今は話の途中だ。続きを語ることのほうが大事である。斑目は紙に目を通しながら、話の続きを語る。話の結末に近いところを。


「そして翌日、その人は水たまりを見つけた」

「室内に、ですね」

「そう、室内にね。床の間に水たまりと、その天井にシミが見つかったそうだよ」


 もし自分がその場にいたら写真を取っていたかもしれない。自分は案外そういうものへの興味がある人間だから。口に出して言うことはしないが、斑目はたしかにそう思った。そういう思考があるから、水場の幽霊に出会う可能性も考えてしまう。やはり、会う可能性を考えて対処方法を身につけたほうがいいのでは?

 それはそれとして。冷静に考えれば、そういう興味があるから話が集まってる説もあるのでは? 斑目はそうとも思った。ホラーも書くからという理由が正しいのかもしれない。だが、その説もあるといえばある。可能性だけなら、いくらでもあるのだから。

 そうして、半ば思考の海で泳いでいた斑目を、ナイの一つ目が見つめた。斑目ははっとして思考をとめる。目の前のナイは、こちらをみて首をかしげているようだ。そうして、彼が疑問を口にする。


「その人は今どうしているのでしょう」


 ああ、それなら。と、斑目はその問の答えを返した。

 

「その古民家に住んでいるらしいよ……リフォームもしてね」

「なんとまあ」

「知り合いに聞いた話だけどね」

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