Day3 謎
「先生~、手伝って~」
「何がどうしたんだい……」
「そのへんで拾ったクロスワードパズルがわからない」
「…………」
窓際にて、斑目は頭を抱えた。
目の前には丸っこい形の幽霊が三体。それと、表紙が汚れたパズル雑誌。おそらく霊たちはこれをふわふわと浮かせながら自分の部屋まで運んできたのだろう。斑目にはその様子が容易に想像できた。昼間のマンションの壁を登っていく雑誌の姿、ポルターガイストにしては妙な挙動をする雑誌の姿。見てしまった人間もいるのかもしれない。
斑目はこう思った。見た人間がマンションの住人じゃありませんように。雑誌が行き着いた部屋が自分の部屋であるとバレませんように。
斑目がそう思っているのを知ってか知らずか、霊たちは斑目を呼ぶ。丸っこい形にしっくりくるような、子供っぽい言動で。
「先生~」
「手伝って~」
「お願い~」
わいわいと霊たちが騒ぐ。
おそらく彼らは途中までは自分たちで考えていたのだろう。それくらいは斑目にも容易に想像がついた。その考えていた範囲がどれくらいかはわからないが。
霊たちはさらに騒ぐ。「先生~」「本当にお願い~」と鈴の音のような声がやかましい。これは、イエスと言うまで引き下がらないというやつなのでは。斑目はついに観念した。
「待って、手伝うから待って」
「手伝うのですか?」
横から声がかけられる。ナイだ。一つ目を細めて首をかしげながら、彼は斑目を見ている。正確には、斑目のノートパソコンに。更に具体的に言えば、開かれている原稿に。
これは補足しておく必要がありそうだ。斑目はナイの視線に答えを返す。
「……ちょうど休憩を入れようと思っていたところだったしね」
「あー……」
ナイが見守る中、斑目は霊たちに向き直る。そうして、「はい、まずはその本を見せてね」と霊に話しかけた。
◇
三十分後、霊たちの悩みの種であったクロスワードは無事に解かれた。
ちなみに、答えについて霊たちは霊たちなりに考えていたらしいが、それはほんのちょっとと言える範疇だった。その結果、斑目は答えを自分で考えたり、インターネットで検索をしたり、霊たちに「答え、どう思う?」と聞いたりしながらクロスワードを埋めるはめになった。霊たちの要領を得ない回答もおまけについてくる状態で。
頭の体操にはいいかもしれないが、正直普通にやるより疲れる。斑目はそう思った。
霊たちは斑目がそう思っていることなど知らずに、解かれたクロスワードを前に喜んでいる。
「ありがとう先生~」
「ありがとう~」
「はい、次からはギリギリまで自分たちで考えてから来ること。いいね?」
「はーい」
「それから、物を持ってくるときは夜にすること」
「はーい」
帰っていく霊たちに、斑目を手を振った。霊たちいわく、本については斑目にあげるとのことらしい。とりあえず次の古紙回収か燃えるゴミの日にだすことにしよう。斑目は本を一旦ビニール袋に入れて、部屋のすみに置いた。
戻ってきた斑目に、ナイの言葉が投げかけられる。
「先生はお優しいですね」
「……優しいというか……なんかついやっちゃうというか……」
流れでやってしまうというか……。とまで言おうとして、斑目は口をつぐんだ。言わなくてもいいことをいいそうになった気がする。蛇足は未遂で終わらせておこう。
椅子にもう一度腰掛けた斑目は、先程のナイの様子をふと思い出した。彼はずっと自分たちの様子を見守っていた。時折何か言おうとしていたような気もするが……彼は結局何も言わなかったので何を言おうとしていたのかはわからない。彼の興味は、斑目たちがやっていることに対して向けられていたように思える。
そうだ、と斑目は口にした。そうして、ナイの一つ目と視線を合わせる。
「謎解き、君は好きかい?」
「そんな難しくないものでしたら」
「俺の仕事中待たせるのもあれだから、通販でその手の本を買っておくね」
「よろしいのですか?」
「日用品頼むついでだからね、大丈夫だよ」
「ありがとうございます、先生」
そういいながら、斑目はノートパソコンに向き合う。さくさくと、先程言っていた通販で買うものを注文した。日用品多数、娯楽品少々、ナイ用の本三冊。
ブラウザを閉じれば、ぱっと画面に映し出されるのは書きかけの原稿だった。霊たちの訪問のせいで完全に忘れていたが、そういえば仕事の途中だった。今書いているのは海辺の町で事件が起こるといったサスペンスだ。かなりざっくりとしたあらすじを言うとそういう感じになる。夏っぽいものをよろしくお願いします、という編集からの指示だ。
夏の海以外になにか別の夏を盛ることができたらいい気がする。そういえば、さっき通販で何かを頼む際に資料も一緒に買えばよかったのではないか。斑目はさくさくと注文したという事実を軽く後悔した。資料の注文はまた後日にするとしよう。
それから、原稿作業もまた後で。斑目は原稿を保存して、一旦ソフトを終了した。
横を向けば、さっきからずっと様子を見守っているナイがいる。彼は大きな一つ目をぱちくりと瞬かせてこっちを見ていた。一つ目であること以外はほぼ猫だ。猫との決定的な差異が、彼は怪異であるということを伝えてくる。そういえば、猫と怪異と言えば……。連想ゲームのように思考しているうちに、斑目はあることを思い出した。簡単な怪異談義になるであろう話題だ。椅子ごとナイの方に向き直り、斑目はこうきりだした。
「そういえばなんだけど」
「なんでしょうか、先生」
「怪異猫がいるだろう? その中の一匹に謎掛けが好きなやつがいるらしいんだ」
「なんと、まあ」
「俺は会ったことないけどね。会ったことがないからこそ、俺は勝手にそいつをスフィンクスって呼んでる」
謎掛けをしてくる存在の名。本当に会ったことがないからこそ勝手につけることができるあだ名だ。
とはいえ、それについて想像をふくらませることはできる。
一人でいる人間のそばに現れて、唐突に謎掛けをしてくるのだろうか? それともやってくる人間を待ち構えて、謎掛けをしてくるのだろうか?
さて、姿はどうだろう。大型の猫だろうか、それとも小型だろうか。毛はふさふさとしているのだろうか、それとも猫の品種であるスフィンクスのように毛が無いのだろうか。物語のスフィンクスに似た見た目をしている可能性だってある。
そうやって一人で勝手に想像を膨らませていった結果、
「そのせいで俺の中でのそいつが都市伝説の怪異になってるんだよなあ……」
「特定の怪異に別の属性がつく、なるほど……」
斑目の中でその怪異猫はそういう存在になってしまった。
「先生、彼に会ったらどうされますか?」
「俺は出不精だからね……そもそも会えるかどうかの問題になっちゃうかな……」
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