第55話 俺と宮子③
俺の何となしに呟いた言葉が、降り注いできた雪の中へ消える。だが、その言葉はしっかり宮子の耳に届いていた。まるで鳩が豆鉄砲……もとい、猫が豆鉄砲を食らったような顔をして顔を赤らめながら目を見開いて見つめてきた。
あたかもその顔は『こいつ言いやがった!』と言わんばかりの顔だ。案外、宮子も俺と同じことを考えてタイミングを狙っていたのかもしれない。そういう意味では、俺の勝ちだ。
「……ずるい」
宮子はそう言って、巻いていたマフラーで口元を隠す。俺も徐々に恥ずかしさがこみ上げて顔が赤くなり始めてきたが、静かに深呼吸をして心を落ち着ける。すると、宮子が俺の肩に頭を預けるように寄りかかってきた。
「……すき」
「……うん」
「私も、好き」
お互いに想い合っていたにしては、俺たちはかなり時間がかかった方だと思う。いや、まだ出会ってから半年くらいしか経過していない。そういう意味では早いとも言えるのかもしれない。
俺たちは意識し始めてからずっと言えずにいたことを聖夜という特別な日の力を借りてようやく口にすることができたのだ。
「「……」」
それから、どれだけの時間お互いに寄りかかっていただろうか。俺はこの後家族と過ごすという予定をすっかり忘れ、宮子と一緒に居られることに幸せを感じていた。宮子からもらった金属質のネックレスが、不思議と今だけは温かい。いつの間にか身を寄せ合うだけではなく手も繋いでおり、すっかり周囲のカップルに負けないくらいの雰囲気を周囲に見せつけていた。
「……あっ」
「どうした?」
「そういえば、マカロンもらってた」
宮子は俺に体を預けたまま鞄の中に手を伸ばし俺が先ほどプレゼントしたマカロンの包みを取り出し、カラフルなそれをじぃっと眺める。
「ソーマ、はい。あーん」
「……いきなりすぎるしベタすぎない?」
「いいから、はい」
どうやら宮子は俺にあーんをしたいようだ。多分だけど、周囲のカップルで似たようなことをやっている人たちがいたので影響を受けたのだろう。ちょっとドキドキするが、それ以上に宮子にそういうことをしてもらいたいという欲求が俺の中で押し勝っていた。
「ふふっ」
宮子は笑顔で、俺の口にマカロンを押し込む。人気店のものというだけあって惚気た雰囲気が一瞬素に戻ってしまうくらいに美味しかった。しかもそれを好きな人に食べさせてもらうということも相まって、幸せすぎてヤバい。
「ねぇソーマ」
「なん……むぐっ!?」
次の瞬間、またもや俺の口が塞がれていた。しかし、今度はマカロンではなく宮子の唇によって。
完全に不意をつかれて硬直してしまった俺だが、すぐに宮子のことを受け入れて何秒間も唇を合わせていた。周囲にもキスをしている人がいたが、ここまで長くキスをしている人はいなかっただろう。
そうして、キスを終えた宮子は満足げに笑いながら
「ちょっと甘いね」
そんなことを言って俺に笑いかける。そうして俺も当たり前だろと言い返しながら、お返しにもう一度キスをする。すると宮子も嬉しそうに、身体をぐっと近づけてもっとしてほしいとアピールしてくる。
「あっ、言い忘れてた」
「なんだ?」
「私と、付き合って」
「それ、俺が言いたかった」
そうして、もう何度目かわからないキスをする。俺たちはイヴという聖夜の夜に、晴れて恋人同士になることができたのだった。
俺たちは周囲のことなど忘れ、すっかり自分たちだけの世界に入ってしまっていた。いったいどれだけの間そうしていたのかはわからない。だが、無情にも時間を知らせるバイブレーションが俺のポケットから発せられた。
「……あっ、蒼空からだ」
「妹さんだっけ?」
「ああ」
そうして俺は思い出す。そういえばこれから家族と外食に行くことになっていたということに。そして、約束していた時間をとっくに回っていたということに。
「ヤベ、完全に忘れてた」
俺が家に帰ると約束していた時間が18時。そして現在の時刻は、18時40分。予約していた店の時間に間に合うか、物凄く微妙な時間だろう。これは現地で合流するしかないな。
「もしもし蒼……」
『兄さん! さすがに遅すぎるよ! 今どこで何してるの!?』
案の定というべきか、蒼空からとてつもない怒声が電話を通して発せられた。どうやら店の予約をキャンセルするべきか父さんたちと話し合っていたらしい。
「悪い、すぐに向かう。今年も去年と同じ店だよな?」
『うん、そうだけど』
「なら先に向かっててくれ。あとから合流するから」
そう言って俺は電話を切り、隠すことなく溜息を吐いた。さっきまで夢のような時間を過ごしていたのに、いきなり現実に引き戻された気分。約束をすっぽかした俺が悪いことに間違いはないのだが、それでもガッカリしてしまう。
「ソーマ、もう行くの?」
「行かなきゃいけないみたいだ。宮子はどうする?」
「途中まで一緒に行く」
そうして俺たちは名残惜しくベンチを立ってもと来た道を行く。手は座っているときと同じで繋いだまま。行きは気さくな友達といった関係だったのに、より親密な関係を築き上げたことに感慨を覚えながら俺たちは明日のことについて話していた。
「黙ってる?」
「からかわれるのがオチだし、宮子も騒がれるのはあんまり好きじゃないだろ?」
「うん、私もそれでいいと思う」
俺たちは今日あったことをクラスメイト達にはすべて黙っているということで落ち着いた。どうせ宮子と恋人になったと豪語したところでクラスメイト達からは壮絶な質問攻めと祝福紛いのことをされるのが目に見えている。
だからあえて俺たちが恋人になったということは伏せて、いつも通りの関係性で振舞うことを決めた。その方が、今まで通り落ち着いて一緒に過ごせそうだ。
「それじゃ、ここで」
「うん」
そうして俺たちは名残惜しく、もう一度キスをしてから別の道を歩いて行った。先ほどまでは歩いていた俺だがこれ以上家族を待たせるわけにはいかないので雪が積もっている中を注意しながら約束した店の方向へと走っていった。
するとチャットで蒼空からもう着いたとの連絡が入る。あとは俺の到着を待つだけらしい。このペースで走って行けばあと数分で辿り着けるだろう。
(それにしても……俺、宮子とキスしたんだよな)
つい先ほどのことだというのに、全く実感が湧いてこない。ついさっきまで友達という関係性だった女の子が、これまたついさっき恋人になった。それだけで、なぜだか心がうずうずしてしまう。
「あっ、兄さん!」
「蒼空?」
そうして角を曲がったところで蒼空が手を振りながらこちらへ小走りでやって来るのが見えた。どうやら俺のことを迎えに来てくれたらしい。
だが
「ちょ、蒼空!?」
「ほら、早く行こ! ほらほら!」
こちらへやって来るやいきなり俺の腕を掴んで引っ張ろうとしてくる。普段は非力なその腕は、なぜだかかつてないほど力が籠っているのか俺の腕に指が食い込むくらいの勢いで歩き出そうとする。
「いたっ、痛いって! 店は逃げないんだから。予約の時間までギリギリ間に合うだろ?」
「……だね。それじゃ、ゆっくり行こうか」
すると俺の腕から手を離し、俺に合わせてゆっくりと歩き始めた蒼空。だが、いつもよりちょっと落ち着いていないというか、どこか変な雰囲気を纏っている。クリスマスという特別な日ということを考慮してもどこかおかしい。
「なぁ蒼空、大丈夫か?」
「何が?」
「いや、何でもない」
俺たちはゆっくり歩く割にあまり会話が弾まず、そのまま予約していたお店で待っていてくれた両親と合流してそのまま夕食を共にした。
最初は時間を忘れていたことで説教を食らったが、宮子と一歩前に進めたおかげかあまり苦には感じなかった。それどころか、宮子とのキスの余韻がずっと俺のことを包んでくれる。
そうして俺は、たぶん今までの人生で最高のクリスマスを終えるのだった。
「……」
隣で徐々に目のハイライトが消えていく、妹の気持ちに気づかぬまま。
——あとがき——
遅くなりました
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