第54話 俺と宮子②


 高校二年生になってから迎える冬。去年までは何も感じなかった俺だが、今年はこの雪景色を少し新鮮に感じてしまう。その理由は、俺の隣で足跡をつけながら楽しそうに雪道を歩く宮子の影響だろう。妹以外の異性と関わることがなかった俺だが、宮子と知り合ってからは頻繁に遊ぶようになった。今までは放課後の帰り道にゲーセンによる程度だったが、休日も日程が合えばどこかしらへ遊びに行っている。



「もうすぐクリスマスか」


「うん……お菓子買って」


「俺はサンタか」



 俺たちの距離は日を追うごとに縮まっていく。今ではなんとなくお互いが考えていることがわかるようになり、適当な会話でも伝えたいことが成立している。奇跡的な確率でお互いの波長が合っているのだ。



「そういえば、ソーマはクリスマス家族と過ごすの?」


「どうだろうな……」



 俺の家ではクリスマスの日は夜に家族で毎年外食に行っている。まあおしゃれなレストランに行くというよりは蒼空が〇〇に行きたいといった場所に決定して予約を取ることになっているのだが。



「まだ決まってねーな」


「ふーん、そうなんだ」



 そう言って髪の毛を指に絡ませくるくる回す宮子。この様子がどのようなことを意味しているか、恋愛経験がない俺でもさすがにわかる。というか、宮子は普段感情が表に出にくい分、俺のように慣れ親しんだ人に対しては良く感情が顔に出る。



「クリスマスイブ、どっか行くか?」


「……いいの?」


「ああ。せっかくだしなんかプレゼントしてやるよ」


「!!」



 俺がそう言うと途端に上機嫌になり笑顔で小走りになる宮子。滑って危ないぞと注意しつつ俺も今から心を躍らせつつ少し緊張していた。少し前からだが、そろそろ次のステップに進みたいなと思い始めるようになっていた。



 そう、俺と宮子はお互いを意識しているがまだ正式に付き合っているわけでもなければ告白をしているわけでもない。この友達以上という中途半端な関係を半年間維持し続けているのだ。お互いに関係を変える勇気や度胸がないと言い換えることもできるかもしれない。こういう時は男から告白とかそういう理論や暗黙のルールをよく聞くが、宮子相手に見栄を張っても仕方がない。



「でも、このままは……」



 ずっとこのままの関係で良いのかと問われたら答えはノーだ。俺だって、宮子と恋人になれるのならなりたい。だが俺が告白したのがきっかけで距離を置かれてしまうとショックで立ち直れないかもしれない。一番勇気がないのはやっぱり俺なのだ。



「……楽しみにしてる」


「ああ、任せとけ」



 宮子がそう言って来たので俺は笑顔でそう切り返した。とりあえず、俺もここは男を見せるべきだろう。最近はクラスメイト達も俺たちがいつ付き合うのか、それとももうすでに付き合っているのかと勘繰りを入れるようなことが増えた。とりあえず、そう言う声にこたえるためにも頑張るか。



 そうして俺は宮子と別れて自宅へ帰宅した。俺が家に帰ると休日だというのに相変わらず両親は家におらず、蒼空もどこかへ出かけているようだった。この家で一人きりになるのは結構久しぶりだ。たいてい蒼空が家にいるのでいつもウザいくらい構われるのだが、今日は落ち着いて宮子に送るプレゼントでも考えよう。



「うーん……本人はお菓子が良いって言ってたし、そっち方面で固めてみるか?」



 少し前にもハロウィンがあったが、宮子は色々な人からお菓子を恵んでもらっていた。どうやら宮子は本人の小動物感が相まって男女を問わず人気があるらしい。噂では男子数人の告白を断った経験もあるとかないとか。



「……って、今はそんなことどうでもいいか」



 少しモヤモヤしてしまったが、今はプレゼントのことに集中しなければ。だが、宮子にどのお菓子をプレゼントするかというのは意外と難題だ。何せあいつ、お菓子に関わらず好き嫌いというものが存在しないらしい。極端なゲテモノ料理でない限り『うまうま』と言って食べられるのだ。



「かといって、変なものを渡しても引っ掻かれるし」



 宮子は時折機嫌が悪くなると猫みたいに引っ搔いてくるので妥協できない。いっそのこと自分でお菓子を作ってみるかとも思うがそもそも料理はあまり得意ではない上にどうせ蒼空に邪魔される。とりあえず、無難にどこかしらのお店で購入することは決定した。



「ただいまー」


「おお、お帰り」



 俺が宮子へのプレゼントについて考えていると、出かけていた蒼空も帰ってきた。うーん、あまり期待はできないが同じ女である蒼空に意見を聞いてみるのもアリかもしれない。



「なあ蒼空、お前ならクリスマスに何をプレゼントされたら嬉しいんだ?」


「うえっ!? 兄さんいきなりどうしたのそんなこと」



 俺は何気なく話を蒼空に振ってみたが、なぜか顔を真っ赤にして俺のことを見つめて来た。あっ、もしかして勘違いさせてしまったかもしれない。



「ああ、お前へのプレゼントじゃないから安心しろ。友達へのプレゼントだから」


「……あっ、ふーん」



 すると途端に不機嫌になる蒼空。ここでフォローを入れるのが今までの俺だったが、ここで優しくしても意味がないのであえてそのまま何も言わなかった。



「ねぇ、兄さんの友達ってもしかして女の人?」


「そうだとしたら、何か不都合があるか?」


「……じゃあ、知―らない」



 あえて正直に女の子への贈り物だと蒼空に伝えていると、そっぽを向いて自分の部屋に行ってしまった。蒼空の気持ちを知りつつこんなことをするのは心が痛かったが、きっと今の俺たちには必要なこと。それに、こうすることでクリスマスに関する予定を先取りして伝えることができた。これでクリスマスイブは家族の都合にとらわれず夜以外は自由に予定を入れることができるだろう。



「そうだ、あとは資金も調達しないとな……」



 調達というより、取り戻すと言った方が正しいか。母さんからはある程度のお小遣いをもらってはいるが、お年玉など大きな金額の物は母さんの口座に入っている。どうやらそこから蒼空へ俺のお小遣いが蒼空のお小遣いとして流出しているらしいので、少し強めに出て引き下ろしてもらうことにしよう。



「さて、何かおすすめのお店は……うん?」



 この周辺でおしゃれなお菓子を取り扱っているお店を調べようとブラウザを立ち上げたが、とある広告がふと目に付いた。



「そうか……こういうのを送るのもアリなのか」



 となるともう少し資金がいるが、どうせ俺に大した物欲はないしここで母さんに預けているお小遣いを使い果たしてもいいだろう。こういうのを買うのは別の意味で緊張してしまうが、宮子に送った時の反応が見てみたい。



「よし、さっそくリサーチしてくるか」



 そうして俺は目ぼしいお店を一軒一軒実際に見て回り、宮子へのクリスマスプレゼントを考えるのだった。




















 そしてあっという間に訪れたクリスマスイブ。生憎この日は平日であり普通に学校があった。なぜクリスマスの日までに冬休みに入ってくれないのかは永遠の謎だが、とりあえず宮子と話し合い放課後から夜までの時間を一緒に過ごすことに決まった。夜からは家族で外食に出かけるのである。



「……(そわそわ)」



 今日はやけに授業の時間が遅く感じてしまった。宮子と過ごすイブが楽しみなのか、はたまた緊張しているのか。だがプレゼントもばっちり選べたし今日のために色々とマナーや構え方を勉強した。ネットの知識と言うのが少々不安要素だが、そこはアドリブでどうにかするしかないだろう。



 そうしてホームルームが終わりいつも通り帰宅となる。いつもは宮子と教室内で少し駄弁ってから帰路という名の遊びに行くのだが、今日この日だけはすぐに教室を出ようと示し合わせて決めていた。クリスマスイブという特殊な空気感で教室もどこか浮ついており、簡単に二人で抜け出すことができた。



「それで、どこか行くの?」


「いろいろ考えたんだけど、今からじゃ大したところに行けないしな」



 俺や宮子の家(そもそも行ったことがない)は人がいるからあれだろうし、かといって今からよさげな場所に向かうには時間が微妙。だから、少し手ごろに収まる場所に向かうことにした。



「イルミネーション?」


「ああ。この前駅前に行ったんだけど、そこら一体が豪華に飾られててさ。宮子にも見てほしいなって」


「ふーん、いいじゃん」



 そう言って宮子は嫌がることなく俺の案に賛成してくれた。まあもっとも放課後という時点で色々なことをお互いに考えていたらしい。もしかしたら宮子も、イルミネーションを見に行こうと提案するつもりだったとか。



「そういえばみゃーこはどこか行きたいところとかあったか?」


「……あんまり考えてなかった」



 どうやら俺の思い過ごしだったようだ。そうして俺たちは歩きながら駅前の方を目指すことにした。この時間は雪も降っておらず、程よい日差しが差していため過ごしやすかった。まあ歩道が凍っているので決して過ごしやすいとは言えないのだが。



「なあみゃーこ、お前は夜どうするんだ?」


「私も家族と過ごすと思う。まあ、特別なことは明日に全部回ると思うけど」


「イブと当日、どっちを祝うべきか問題か」



 24日のクリスマスイブが本番だという者や、25日の当日こそ盛大にみんなで祝うべきだと言う者が現れたりなど、日本のクリスマスは多様化している。話を聞くと、どちらにケーキを食べるかで争っている人もいるとかいないとか。まあ、結局は当人たちがどう思うかで完結するのだろうが。



「そういえばソーマ、妹さんがいるんだっけ? その子はどう過ごすの?」


「さあな。あいつ友達少ないし、すぐ家に帰ってると思う」



 そんなことを言いながら俺たちは会話が絶えることなく駅前に辿り着いた。12月になるとすぐに日は暮れ始めるもので、綺麗な夕焼けが華麗であろうイルミネーションのライトアップを絶妙に邪魔していた。どうやら一番中途半端な時間に来てしまったようだ。



「他にも似たようなこと考えてる人でいっぱい」


「ああ。というか……」



 見渡す限り、ここでうろついているのは帰宅途中の学生や家族連れを除けば完全に男女のペア、すなわちカップルだ。まだ付き合ってはいないとはいえ、さすがにちょっと決まずい。


 どうやら宮子も周りの状況に気が付いたらしく、先ほどまでとは打って変わり下を向いてモジモジとし始める。少なからず俺のことを意識しているのだろう。

 対する俺の心境はというと……



(クッソ、なんでこんなに可愛いんだよこいつ! うぉぉ、勇気出せ俺ぇー!)



 だが空気感にあてられてしまい変に言葉を切り出すことができない。まあこんなカップルだらけとのところで告白してフラれようものなら間違いなく人生レベルで深い傷を刻まれることになるだろうが。



「あっ、ソーマ、あそこのベンチ空いてるから座ろ」


「あ、ああ。そうだな」



 完全に浮かれてしまい周りの状況が見えていなかった。とりあえず俺たちは空いているベンチに座ってもう少しあたりが暗くなるのを待つことにした。さすがに寒いので俺は宮子を先に座らせ二人分のホットドリンクを自販機で購入して向かう。



「ほれ」


「ありがと」



 宮子が好きなものは何だろうと考えているが、温かいものでこいつが好きそうなものはカフェオレかおしるこくらいしか思いつかなかったので両方買ってきた。宮子が選んだのはおしるこの方で栓を開けるとゆっくり味わうように飲み始めた。俺も隣に座り選ばれなかった方のカフェオレに口を付ける。



「あっ、そうだ。どうせなら今渡してやるよ、ご所望のプレゼント」



 そうして俺は鞄の中をガサガサと漁りだし、目的のモノを宮子に手渡した。



「これって……マカロン?」


「ああ。ほら、この前駅前に気になるお店ができるってお前が言ってたのを覚えてたからさ。なんとなくその流れで」



 調べてみたところこのマカロンはSNSでとてつもない人気を博しているらしく、壮絶な人混みの中二時間ほど並んでゲットしてきた。宮子が話していた新しいお店の気になる商品がこれなのかはわからなかったが、少なくともガッカリされることはないだろうというチョイスだ。



「これ、気になってたけど行けなかったマカロン?」


「ああ、たぶんそれだ」


「……! ありがとソーマ」



 そう言って宮子は花が咲き誇ったかのように笑顔になる。本当に、こいつのこういう顔を見ているだけで俺も嬉しくなってしまう。こういうところで、自分がこの少女のことが本当に好きなのだと自覚してしまう。



「けど宮子、俺のことを侮るなよ?」


「……えっと?」


「プレゼントがそのマカロンだけだなんて、誰が言った?」


「……マジ?」



 そう言って目を見開く宮子。どうやら俺がここまでサービス精神旺盛で来るとは思っていなかったのだろう。あるいは適当にお菓子を渡しておけばいいと思っている適当な男だと思っていたのか。



「宮子、ちょっと頭をこっちに」


「え、こう?」



 そうして宮子に少し寄ってもらい、軽く前かがみのような姿勢になってもらう。そうして俺は間髪入れずに宮子の首元に少し冷たい金属製の装飾品を付けた。宮子はビクッと震えたが、俺がすぐに手を離すと何がつけられたのかを確認する。



「これって……」


「ネックレス。なんかこういう日はそういうアクセサリーを送るのありって記事があったからさ」



 そうして俺がかけてやったネックレスを手に取りゆっくりと眺める宮子。そこにはハート形の淵の中にハート形のピンクの石がおしゃれにも埋め込まれていた。正直買うのに勇気が必要だったが、思い切って購入した。



「いいの、もらって?」


「いや、あげるためにお前にかけてやったんだけど」



 俺がそう言うと宮子はゆっくりと首にかかったネックレスを手で持ち上げ、愛おしそうに眺めた。どうやら想像以上に喜んでくれているらしい。もし宮子に猫耳のようなものがあったら、ピンと上に向いて立っているだろう。



「……被った」


「は?」


「まさか、アクセサリーでこられるとは思わなかった」



 そう言って宮子も自分のカバンを漁り何やら箱のようなものを取り出した。そして、中から銀色の装飾品が顔を覗かせる。これは……



「……マジで?」



 綺麗な装飾がされており、高級感のあるリングがつけられたネックレスが箱の中に納まっていた。俺の購入したネックレスもそこそこの値段だが、これもそれに引けを取らないくらいの価格だろう。というか、お金云々よりネックレス被りをするとは思わなかった。



「これ、高かっただろ?」


「それ、ソーマが言う?」



 そう言うと宮子は俺の頭を強引に下げて、俺がしたようにネックレスを付けてくれた。ひんやりとした感触が俺の首筋を伝うが、金属特有の重みが俺の首にずしりとした重量感を与える。そうして胸元を見てみると、ネックレスにつけられたリングがキラキラと輝きながら揺れていた。俺はそれをしばし眺める。



「ありがとな、宮子」


「……うん」



 そして自然に俺たちは肩を寄せ合って、すっかり暗くなった中照らされるイルミネーションを眺めていた。この時の俺はすっかり家族と過ごすことを忘れていて、ただただこの時間が過ぎ去らなければいいのにと思っていた。


 ちょうど雪が降り始めて世間はホワイトクリスマスになったと騒ぎ立てていたが、俺にとってそんなことはどうでもいい。目の前の煌びやかな景色や頭に振って来る冷たい感触よりも、肩越しに伝わってくる温もりの方が何よりも心地よい。


 そして俺は、思い出したかのように呟く。



「なぁ宮子」


「なに?」






「好きだ」










——あとがき——

更新が滞ってましたごめんなさいm(_ _)m

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