第56話 俺と宮子④


 そうしてクリスマスは過ぎ去り、弛緩した雰囲気もなくなってきた冬休み。俺たちにとっては受験前最後の長期休暇となる。俺のクラスはほとんどが進学を選択しており、嫌でも勉強と向き合わなければいけない時期だ。3年生の夏休みは塾や学校で勉強漬けの日々が待っているだろうし、遊びに時間を費やせるのはこの時期しかなかった。


 そして先日恋人同士になった俺たちはどうしているのかと言うと、特段何も変わらずいつも通り暇なときに遊びに行ったりするなど、以前とほぼ変わらない関係性で過ごしていた。



「付き合ったとは言っても、何すればいいかわかんねーしな」



 ベッドに寝ころびながら、そんなことを呟く。デートに誘ってみるかとも考えてみたが、よくよく思い返してみればしょっちゅう二人でどこかしらへ寄り道したり遊びに行くことがあったので新鮮感は特にない。良くも悪くも、最初から仲が良すぎたのだ。


 だが、彼氏としてどこかへ連れ添いたいという願望が心の奥底にあるため、宮子とどう接すればいいのかわからなくなり始めた。


 いっそのこと、デートをしようとただ一言誘ってみればいいのだろうか?



「まっ、寒い中出かけるの嫌がりそうだけど」


「彼女さん?」


「ああ……ってうおっ!?」



 不意に声を掛けられたので思わずベッドから飛び跳ねてしまった。すぐひざ元を見てみると、ジト目でこちらを見ている蒼空の顔があった。



「おっ、お前いつから!?」


「いつからって、ノックして普通に入ってきたじゃん」


「いつノックした?」


「兄さんが部屋に入って来る少し前?」



 つまり、最初からいたっていうことかよ。マジか全然気が付かなかった。いや、そんなことよりも……



(今の独り言、全部聞かれてたよな?)



 そう思いつつ、恐る恐る蒼空の顔を覗いた。すると、蒼空は呆れつつなぜか不貞腐れたように目を逸らした。



「兄さん彼女できたんだ。おめでとう」


「お、おう」



 蒼空の言葉を素直に受け取る俺だが、その言葉はなぜか冷たいものに感じられた。だがそこを追求しても仕方ないことはわかっているので、俺も普段通りに接することにした。



「それで、何か用か?」


「別に、何もないけど」


「そうか」



 クリスマス以降、なぜか蒼空が以前にもまして俺にベッタリとくっついて来るようになった。思えば、風呂やトイレ以外はずっと同じ空間で過ごしているような気がしなくもない。最近それが自然になっていたので自然に受け入れてしまっていた。



「彼女さん、家に呼んだら?」


「できるわけねーだろ」


「いいじゃん。私も、兄さんの彼女さんとお話してみたいし」



 そう言って宮子のことを家に呼びだそうとする蒼空。こいつのふざけた冗談だと軽く流そうとするが、一周回って家に呼ぶのもアリなんじゃないかと思い始めて来た。なにせ、俺たちは半年以上つるんでいるのにお互いの家の場所を知らない。付き合いだしたのだし、いい機会だと思えばちょっと前向きに考える価値はあるか。



「そうだな、ちょっと相談してみるよ」


「うん、楽しみにしてる」



 そうして蒼空は俺の部屋を出ていった。今にして思えばこれが最大の間違いだったのかもしれない。この日、宮子を家に呼ぼうだなんて思わなければ、あんなふざけたこと起きなかったのに。
















 そうしてお互いに相談した結果、宮子が家に来ることになった。意外にも宮子は乗り気で、電話越しに遊びに来ることを楽しみにしていた。ちなみに両親に会わせるとそれはそれで面倒なことになりそうなので二人がいない日付をきちんと調査しておいた。


 そして今は、宮子を迎えに行こうと準備していたところだ。



「お前も友達と遊びに行っていいんだぞ」


「ヤダ、絶対兄さんの彼氏と会う」


「そーですか」



 頑張って蒼空を家から引き離そうとしたのだがこいつの友達の少なさが相まってしまったせいか、頑なに家を空けるつもりはないようだった。俺は蒼空の説得を諦め、宮子を迎えに行くことにした。宮子とは近くのコンビニで待ち合わせをすることになっており、位置情報を送って向かってもらっている。



「それじゃ連れてくるけど、お前にとっては年上だから一応失礼のないようにな」


「彼女さんなのに?」


「……だからお前、友達少ないんだよ」


「はぁ? 意味わかんないんだけど」



 そう言い残して俺は宮子のことを迎えに家を出た。蒼空は良くも悪くも本心を隠すことができないタイプだ。だから考えていることがすぐに顔に出てしまい、相手を不快にさせてしまうことが多々あったと後輩から聞いたことがある。その結果、先輩や後輩はもちろんのこと同級生ですら心の許せる友達がいないようだ。もう少し、自分のダメなところを見つめ直してもらえればいいのだが……


 そうして蒼空のことを考えているとすぐに待ち合わせ場所のコンビニに辿り着く。すると、コンビニの前でチキンを食べている宮子の姿が見えた。どうやら中で買い物をして待ってくれていたらしい。



「よっす」


「おーっす」



 適当に挨拶をすると宮子はチキンを貪りながらこれまた適当に挨拶を返してきた。本当、付き合っているはずなのに以前と何一つ変わってないな。すると宮子はぶら下げていたレジ袋の中へ手を突っ込み、俺にチョコレートのお菓子を差し出してきた。



「あげる」


「お、サンキュ」


「ん」



 どうやら宮子なりのお土産のつもりらしい。まぁ変に気を遣われて高価なものをお土産に引っ提げてこられても困るのだが。そうして宮子がチキンを食べ終えホットスナック用の袋をごみ箱に入れるのを見て、俺たちは移動を開始した。



「それで、ソーマの家で何するの?」


「ぶっちゃけ何も考えてない」


「え……」



 俺がそんなことを言うと宮子はギョッと驚いた顔をした。もしかして、宮子なりに色々と考えていたことがあったのかもしれない。とりあえず、それは今度にしてもらおう。



「なんか妹がお前に会いたいんだと。それも兼ねて今日誘ったんだ」


「へぇー……てっきり流血沙汰になる展開だと思ってた」


「は? 流血?」


「ううん、何でもない」



 そう言うと宮子はそっぽを向いてしまった。だが耳が若干赤くなっている様子を見るに、何か変なことを考えていたのかもしれない。いや、俺だって男だし色々と想像したり妄想したりしたことはある。だが、俺の方で覚悟ができるまでもう少し待っていてほしい。



「ほら、これでも食べて機嫌直せよ」


「それ、さっき私があげたやつ」


「いいから、ほれ」


「むーっ……」



 宮子は一瞬だけ気に食わない顔をするも、お菓子の魅力に抗えなかったのか俺が手に持っていたチョコ菓子をそのままパクりと食べてしまった。なんというか、小動物に餌付けをしている気分になる。


 そうして適当に話をしていると、あっという間に家に着いた。宮子と一緒にいると時の流れが速く感じてしまうという現象を不思議に思いながら家の玄関の前に立った。



(そういえば、蒼空はどうしたんだろ)



 短い時間とはいえ、家を空けた間に変なことをされていてはたまったもんじゃない。仮にも奇行に走られようものなら、宮子に色々と変なイメージを与えてしまいかねない。だからこそ、普通に待っていてくれればいいのだが。



「どしたの、ソーマ?」


「いや、何でもない」



 そうして俺は蒼空が変なことをしでかさないことを祈りつつ家の玄関を開けた。すると、そこには蒼空の姿があって……



「初めまして、兄さんの彼女さん」



 思ったよりもまともな蒼空の姿があった。律儀にも自己紹介を始めて、がっつりと猫の皮を被っている。すると宮子も蒼空の真面目な雰囲気に釣られたのか、自ら自己紹介を始めていた。


 いつもの粗暴な妹の様子を見ている俺としては、何というかむず痒い光景だった。というかそういう態度ができるなら中学校でもそうしていてほしい。多分その方が友達出来るだろ。



「じゃあ、ソラって呼んでいい?」


「はい、お好きなように!」



 そうしていつの間にか距離を詰めている二人。少なくとも、蒼空が嫌って宮子が家を追い出されるといった展開にはならなかったようだ。



(って、妹相手に何弱気になってんだよ俺)



 宮子が蒼空の我儘で変なことをさせられそうになった暁には、俺が宮子を守らなければ。とはいえこの家で蒼空に逆らったら両親に何を言われるかわからない。まぁ、その時はその時か。



「それじゃ、俺たちは部屋行ってるから」



 そう言って一度話を切り上げ宮子と共に俺の部屋に行こうとする。だが案の定というべきか、蒼空はそれをわかっていたかのように宮子の方へすり寄っていった。



「えー、私もっと宮子さんとお話したーい」


「ソーマ、私は別にいいよ?」



 気づけばすっかり蒼空に主導権を握られてしまった。そうして俺は泣く泣く蒼空を連れて自分の部屋へと向かう。その道中宮子は俺の家を物珍しげに見渡していた。とりあえず親が出かけた後に掃除をしておいたので、隅の埃に気づかれなければいいのだが。



「それじゃ、飲み物持ってくるから待っててくれ」



 俺の部屋に通した後、とりあえずお茶の一つでも出そうとキッチンの冷蔵庫の方へと向かう。ちょうど紙コップも戸棚の方にあったのを確認していたため、それも一緒に持っていく。


 そうして俺が自分の部屋へと戻ると、そこには俺のベッドで我が物顔のようにくつろぐ宮子と蒼空がいた。というか、スマホを出して連絡先を交換しているし。



「それじゃ……」



 そうして宮子と話そうと思ったのだが、どうしても宮子の隣にいる蒼空がちらついて変な話ができない。だからこそ無難な話をせざるを得ないと思っていたのだが……



「ねぇ、宮子さんは兄さんのどこが好きになったの?」



 いきなり蒼空のやつがブッ込んだ質問を宮子に投げかけていた。さすがの宮子も目を真ん丸にして驚き、目を泳がせながら小言でもごもごしていた。



「えっと、その……内緒」


「えー、ずるいですよー」



 そうして楽しそうにはしゃぐ蒼空とあたふたとしだしている宮子。というか今の質問、普通に俺も気になるところではある。だが場を壊すようなことを言わせたくないので、話題の切り替えも含めて手元のゲーム機を手に取った。



「そうだ、せっかくだしスマ〇ラしね?」


「えー、兄さん弱いしつまんないんだけど」


「確かに……ソーマは格ゲーとか弱い」



 ゲーセンで様々なジャンルのゲームをしてきた俺と宮子は、お互いにどのようなジャンルのゲームが得意なのかを完璧に把握している。そして宮子の言う通り俺は純粋な格ゲーにめっぽう弱かった。多分、センス的な部分の問題だと思ってる。



「宮子さん、兄さんとゲームセンターとか行くんだ」


「えっ? ああうん、たまに」


「そう、たまに……ね」



 笑顔のはずなのに冷ややかな言葉に聞こえてしまうのは何故だろうか。今の蒼空の言葉の違和感に宮子も気が付いたらしく、取り繕ったように優しい口調でそう切り返していた。


 すると蒼空はおもむろに立ち上がり、なぜかドアの方へと向かった。



「それじゃ、私は眠いからちょっとお昼寝するね。じゃあ、後は二人でお楽しみに」


「えっ、ああ、おやすみ」


「うん、おやすみ兄さん」



 そう言い残し、蒼空は自室へと戻っていった。



「……なんだ、あいつ」



 俺は違和感を感じながらも、せっかく宮子が来てくれたのだからとすぐに意識を切り替える。とりあえずさっきから宮子に近寄れなかったため、俺もゆっくりと立ち上がり、宮子が座るベッドの隣へ腰を下ろした。



「ソーマ?」


「まっ、ゆっくり過ごそーぜ?」


「……うん」



 そうして俺たちは一度キスをして、そのままベッドに倒れ込む……ことはなく、ゲームやくだらない話などをして時間を消費した。キス以上の段階に行くには俺も宮子も色々と準備が必要だったので、まあ察してほしい。



 そんなわけで、冬休みは宮子が家に遊びに来たりと存外恋人らしいことをして過ごした。最初は妨害をするかと思った蒼空も、回数を重ねるごとに宮子の来訪に慣れたのか最後の方は挨拶すらしなくなった。宮子も特にそこに追求することはなく、二人きりの時間を過ごすことを優先してくれた。


 最初は慣れ親しみすぎた自分たちの関係性に悩んでいたが、ふたを開けてみれば無理に何かを変えようとする必要はなかったのかもしれない。それほど、俺たちの中は良好だった。



 そうして長いようで短い冬休みが明け二年生最後の時期を過ごす…………はずだった。




 どうして今まで気が付けなかったのだろう。予兆だけならいくらでもあった。いや、わかっているのに無視をし続け放置してしまっていたのだ。そうして俺は宮子と恋人になれたこと以上の、人生最大のターニングポイントを迎える。そして嫌でも理解する……


 俺の妹が、想像以上に壊れてしまっていたということに。

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