第47話 大学生の夏休み②


 俺たちは電車に乗り込み運よく空いていた四人用の椅子に腰かける。なぜか俺と綾瀬が隣になり、その向かい側に朝比奈と宮子が座るような形だ。ちなみに俺と宮子は対角線上にいる。



(おい、どうして宮子がいるんだよ)


(そりゃ、私が呼んだからだけど?)


(何をしれっとフットワークの軽い陽キャみたいなことを……)


(え、だって私陽キャだし)



 決して否定できない冗談を言い始める綾瀬。そして俺たちの向かい側では、朝比奈が宮子に対して親しげに話しかけていた。



「桐谷さんだよね? あなたのことよく見かけてたんだー。ねぇねぇ、連絡先交換してよ。あ、宮子ちゃんって呼んでいいかな?」


「うん、いいよ」


「ありがとー!」



 どちらかと言えば陰キャ寄りの宮子の心をあっさりと開いて早速仲良くなっている朝比奈。こういうところが綾瀬との違いだろう。朝比奈は誰にでも好かれる好き嫌いのない性格をしているが、綾瀬は一方的に突き話したり悪戯に遊んだりするタイプなので人気の方向性は全く違う。



(それで、なんで宮子を誘ったんだよ?)


(私が誰を誘おうと私の勝手だと思うのだけれど)


(そりゃそうだけど、いったい今度は何を企んでるんだ?)


(そんなー、私が計略とかそんなものをできるはずがないってー)



 棒読みで否定する綾瀬に説得力は皆無だった。だがとりあえず、今回のグランピングがただ楽しむだけのものでないことは確定した。きっと綾瀬はこの遠出のどこかで俺に対して何かを仕掛けてくるだろう。何かはわからないが、今の内から策を講じなければ。





「そういえば美月以外は全員高校の同級生なんだよね。ね、桐谷さん?」


「えっ、あっ、うん。そうだね」


「だからそんなに緊張しなくてもいいんだよー? んん?」



 そう言ってニヤニヤと宮子に笑いかける綾瀬。だがその笑みは安心できる類の笑みではなく相手にプレッシャーを与えるタイプの笑みだった。現に宮子はどこか態度が固く、俺の方をしきりにチラチラ見ている。



「へぇー、そうだったんだ。じゃあ私ももっとみんなと仲良くならなきゃだ」



 一方の朝比奈は綾瀬の発言をそのまま受け止め自分もその輪の中に入りたいと積極的な姿勢を見せる。まぁ、俺たち三人は言うほど仲良くないというか、つい最近までまったく交流がなかったのだが。


 だが朝比奈はそんな俺たちの微妙な距離感を知るはずもなく、みんなを巻き込んで話を始めたりする。



「みんなの高校の話とかなんかないの? 面白い話とか?」


「「「……」」」


「あれ、なんで三人揃って黙っちゃうの?」



 朝比奈の口からさりげなく発せられたパワーワードに思わず全員の顔が俯いてしまった。まぁ、俺たち三人(綾瀬についてはこの前知った)それぞれがあの頃、複雑な問題を抱えていたからな。その影響もあり楽しかった思い出が上手く思い出せない。



「そっ、それより、最近の大学の話とかどうだ? ほら、サークルの話とか?」



 さすがにこの話を深掘りさせるわけにはいかなかったので俺はさりげなく朝比奈に対して話題の切り替えを促す。すると朝比奈も不穏な空気を感じたのか特に質問をすることなくその話題に食いついた。



「ああ、そうだね。えっと、最近だとね……」



 俺と綾瀬はサークルに参加していないためほぼ聞き手となっていたが朝比奈と宮子から最近のサークル事情について色々と聞いた。誰と誰が付き合ったとか、実はヤリサー疑惑が掛かっているサークルがあるとか、もしかしたら全国に出場できるかもしれないサークルがあるとか。



「私は……とくにない」



 ちなみに宮子は軽音サークルに所属しており、そのずぼらな性格に似合わずギターを担当している。だが宮子は気まぐれであまり頻繁には参加していないらしく、とくに活動内容について言えることは何もないようだ。



「へぇ、軽音かぁ。憧れちゃうよねぇそういうの」


「うん、楽しいよ」


「ねぇ、今度見に行ってもいい?」


「いつでも~」



 そうしてあっさり軽音サークルの見学に行く約束を取り付けた朝比奈。もしかしたら朝比奈は綾瀬以上に行動力に溢れているのかもしれない。



(そういや、宮子のギターもう長いこと聴いてないな)



 高校時代にもそんなに聞かせてもらった覚えはないので正直朧気だ。だがネットで見る弾き手よりは上手かった記憶がある。確か文化祭で披露しないかとオファーがあったくらいだ。本人は恥ずかしがって断っていたが。



「……」



 そうして何度目になるだろうか。この電車に乗ってから宮子は何度も俺のことをチラチラと見てくる。そしてそれと同じくらい綾瀬のことも視界にいれている。何か俺に話したいことがあるのか。それとも、聞きたいことがあるのか。


 だが、一つ気づいたことがある。



(やっぱり、綾瀬は宮子に何かちょっかいを出してるな)



 ここ最近の宮子の様子と言い、どうも感情が不安定になっている気がする。そしてそれを見て綾瀬はニヤニヤ顔とは違う意地悪な笑みを浮かべている。これは、二人の間に何もなかったという方が不自然なくらいだ。


 だがそれを朝比奈のいるこの場所で問いただすわけにはいかないし、宮子も余計な心労は負いたくないだろう。だから、ここで俺にできることは何も行動を起こさないことだけだった。



「あっ、次の駅で降りるから準備してねー」



 そういっていつの間にか綾瀬の代わりに朝比奈が仕切りだしていた。朝比奈は綾瀬に今回の目的地を伝えられていたようなので事前に色々と調べてくれているのかもしれない。綾瀬ならともかく、朝比奈に誘導してもらえるなら多少は安心だ。


 そうして俺はその指示に従ってスマホや財布などをカバンにしまっているか確認する。よし、とりあえず電車内に忘れ物はないな。



「おーい、そこ。どうして美月が仕切りだすと積極的に行動するのかなぁ。んん?」



 そんな俺の様子を見逃さずニコリと微笑んでくる綾瀬。どうやら俺の心情を読み切っているらしい。



「……」



 そしてその様子を、宮子は黙って見ていた。なぜだろう、彼女との間に少し距離感ができた気がする。

 そういえば宮子を含めてここまでの人数と絡むのは結構久しぶりだったな。いつもは俊太と三人、そしてこの前イレギュラーとして綾瀬と三人で過ごしたりもしたが、基本的に四人以上は久しぶりだ。しかも、俺以外全員女子だし。



 そのまま電車の扉が開く音を合図に俺たちは席を立ちあがりそのまま電車を降りた。始めてくる駅のためできるだけ皆とはぐれないように気を付ける。



「じゃあ乃愛、南口側に出ていいんだよね?」


「うん。そっちにバスが通ってるって」



 自分が考案者ということもあってここからは綾瀬もちゃんと俺たちの誘導などを買って出るみたいだ。目的地などをある程度理解している朝比奈は綾瀬と改めてどう向かうか話し合っているため、わずかな時間だが結果的に俺と宮子が二人きりになっていた。



「今更だけど、お前も綾瀬に誘われたのか?」


「うん。でもソーマがいるって知らなかった」


「それは俺もだ」



 どうやら俺たちは綾瀬にとことん何も教えてもらっていないらしい。綾瀬はいったいどういう意図で俺と宮子を連れてグランピングに行こうと思ったのだろうか。



「そもそも、お前ってこういう誘いに乗るのな」


「私、どちらかと言えばアウトドアはなんだけど?」


「嘘つけ」



 どこからどう見ても家の中でぐーたらしているインドア派だ。ソース兼証人は俺である。一緒に遊びに行くとき以外は基本的に家に引きこもってるタイプで、大学生になってからも時折俺の家に入り浸る。



「やっぱり、綾瀬さんと仲いいじゃん」


「お前の見間違いだ」


「ふーん」



 どことなく、宮子は機嫌が悪い。もしかして、俺と綾瀬が仲良さそうにしていたのを嫉妬……してくれてたら嬉しいなぁ。



 そうして俺たちの大学生の夏休みは前途多難を突き進んでいた。

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