第46話 大学生の夏休み①


 楓ちゃんとお買い物に行ってから数日が過ぎ、あっという間に週末になった。しかし夏休み期間である俺は毎日が休日のようなもので暇があれば塾に行って夏期講習の塾生たちに教えている。しかし、この土曜日は何も予定を入れていなかった。



「土曜日を開けとけって言ってから、何も連絡がないと思えば」



 この前家に泊まった綾瀬が次の土曜日を開けておけと言っていたので念のために開けておいたのだが、それ以降音沙汰がなかったため向こうも忘れているのかと思っていた。だが、昨日の夜いきなり連絡が来た。何やら三千円ほどの現金を持って駅前で待っていろとのことだ。ただでさえお金がない俺は断ろうとしたのだが、綾瀬の長時間に及ぶ確認のチャットに根負けしてしまった。こういう時だけ謎に構ってくるのである。



「それにしても、駅集合ってことは電車かバスでどっかに行くってことだよな?」



 現金を持って来いと言われたことも合わせると、もしかしたら県外レベルの遠出をするのかもしれない。しかもかなり早めの時間帯の集合だし、本当にどこへ行こうとしているのやら。



「あ、冨樫くんおはよー」



 そうして困惑して待ち合わせ場所に佇んでいた俺のもとに声を掛けて来た奴がいた。最初は綾瀬かと思ったが、それにしては透き通っていて分け隔てのない声だと気づきふと顔を上げた。するとそこには、ラフなTシャツにジーパンを穿いた見覚えのある女子が立っていた。



「……朝比奈?」


「おいっす……って、もしかして私が来ること聞いてなかった?」


「いや、ほとんど何も聞かされてないけど」


「えーマジで? 乃愛も嫌がらせをしたいんだかサプライズをしたいんだか、ハッキリしてほしいよね」



 そうしてフレンドリーに俺と話し始めるいつぞやぶりの朝比奈。夏休みに入ったというのもあるが朝比奈とは一つくらいしか授業が被っていないためほとんど会う機会がなかった。それこそ、この前綾瀬が俺たちの関係をバラしたとき以来の再開だ。



「朝比奈は何か聞いてるか? あいつが今日何するのか」


「一応聞いてるけど、これって私が話しちゃってもいいのかなぁ?」


「いいんじゃないか? 遅かれ早かれ知ることになるんだし」



 綾瀬がまさか朝比奈のことを巻き込んでいるとは思ってもいなかったが、朝比奈が登場したことでデートなどの恋人っぽい選択肢はおのずと消える。だからこそ逆に予想がつかなくなってしまったので俺はとっとと綾瀬が今回何をしようとしているのか知りたかった。



「えっとね、今日は少し離れたキャンプ場に行って……」


「グランピングをするのだよ」



 朝比奈が言う前に覆いかぶせて言い切った奴がいた。そう、誰あろう俺たちを招集した綾瀬だ。彼女は普段の装いに今回はリュックサックと麦わら帽子をつけてきた。なんというか帽子のせいで普段のふざけた雰囲気が中和されている気がする。まぁ、全く似合っていないのだが。



「グランピングって、え、あの?」


「そっ。とはいっても、私たちは日帰りだけどね」


「つまり、向こうで遊んで休んで食べて、帰って来るだけ?」


「不満?」


「いや……」



 あれ、なんか想像してた展開と違うぞ? 俺の予想していた展開としては訳の分からないところに連れまわされて一日が無駄に終わるとかそんなオチが待ち受けていると思っていた。けど、日帰りのグランピング? 日帰りなのは複数の男女で行くが故の配慮だろうが、それを抜きにしても、バイト漬けの今の俺にはいいリフレッシュになるかもしれない。



「一泊すると高いんだけど、日帰りにすると結構安くなるからいい商売だよね」


「へぇ、数千円で済むのか」



 テレビで見たことがあるが絶対に一人数万円くらいはすると思っていた。しかし持たされた金額から全員分を集めたとしてもそこまで高くはないっぽい。なんだ、今日の綾瀬はいつもと一味違うのか?



「それにしても、どうして急にグランピングなんだよ。しかも、この面子で」


「それは私もちょっと気になるかな。二人で行くならまだしも、どうして私のことまで誘うわけ?」



 俺の疑問はもちろんのこと、今回巻き込まれた朝比奈も今日のグランピングに対する疑問を綾瀬にぶつけていた。どうやら、朝比奈もグランピングに行くということ以外なにも伝えらえていないらしい。なら、一気に怪しくなってきたな。



「いやさ、私たちも大学二年生じゃん? なら、こういう陽キャっぽいことしとかないとさぁ」


「そういうこと言ってるから乃愛は可愛げがないとか言われるんだよ。そもそも、人に陽とか陰とかないから」


「根っからの陽キャが何を言ってるんだろうねー」



 これに関してはさすがに綾瀬の肩を持ってしまうな。高校時代は比較的友人が多かった俺だが、大学に入った途端に一気に友人の数が減ってしまいほぼ陰キャみたいになってしまった。そして目の前にいる朝比奈は陽キャの中でもひときわ目立っている存在。そんな奴に陽キャの存在を否定されても……



「そういえば美月、美月は夏休みの予定どうなってるの?」


「えっと、サークルの皆で集まったりバイトに行ったりとかはあるけど、それ以外は基本的に暇かな」


「サークルで集まるって、マジで大学生みたいなことしてんじゃん」


「そういうなら、乃愛もいい加減サークルの一つにでも入ったら? なんなら私が紹介してあげよっか?」


「え、いいの? 私が入った途端に人間関係が壊れてサークルが崩壊しちゃうと思うけど……」


「……やっぱやめとく」



 真顔で綾瀬はそう言っているが、こいつはその性格と美貌ゆえに本当にコミュニティを破壊できるだけの影響力を持っているため冗談と笑うことができない。それにしてもこの二人、前から思っていたがやっぱり仲が良いな。どうして朝比奈は綾瀬と仲良くしているのだろう? まぁ、思ったところで本人には絶対聞けないが。



「なぁ、グランピングに行くならそろそろ移動しないとダメじゃないか?」



 こんなに早くに集まったということはグランピングの場所がかなり離れたところにあるということだと思う。日帰りだというしできるだけ早めに行って向こうで楽しみたい。だからいつまでもここにいるべきではないと、奏綾瀬に言ったのだが。



「うーん、もう少し待ってて……まだかな」



 綾瀬は一切聞く耳を持たず移動するそぶりを見せようともしなかった。もしかして、他に誰か誘っているのだろうか? というか仮に新たに女子が加わるとしたらさすがに肩身が狭くなってしまう。こんなことなら俊太でも誘って男性比率を上げておきたかったところだ。とはいえ俺に誘える男子は俊太くらいしかおらず、あんな下心の塊みたいな奴を誘えるはずもないので結局諦めるしかない。



「というか、どうして事前に言ってくれなかったんだよ?」


「そりゃ思いつきだし」


「思いついたのはいつだ?」


「一週間前かな」



 じゃあ言えるじゃねぇか。



「つまり、言えるのに言わなかったと」


「アハ、そういうことになるね。ちなみに反省を求められても困るよ。だって反省してないんだから」


「で、本音は?」


「慌てふためくみんなを見れて満足で~す」



 つまり、俺や朝比奈が綾瀬の唐突な思い付きに混乱するのを見て楽しもうとしていたと。本当にこいつ、性悪のレベルをとことん突き詰めようとしていやがるな。


 そうして俺が綾瀬といつものように漫才のようなことを繰り広げていると、急に綾瀬が俺の後方を見つめた。そしてしばらく真顔になった後、いつものようにニヤニヤしながら誰かのことを手招きする。


 とりあえず、綾瀬が誰を誘ったのか俺も見ようと後ろを振り返り……



「…………は?」



「え、ソーマ?」



 そこには、いつもとは違いちょっとおめかしをした白のワンピース姿の宮子がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る