第48話 大学生の夏休み③


 バスに揺られること数十分。ついに俺たちは目的地であるグランピング施設に到着した。朝早く出発した俺たちだが到着したのは昼前。

 こんな中途半端な時間だというのにも関わらず施設の敷地内は同じグランピング客が多くいた。今は夏休み期間だし、俺たちと同じく日帰りで来た人や連泊をしている人がいるのかもしれない。



「私たちが予約してるのはあっちだって」



 チェックインを済ませた俺たちは受付の人に指定された建物の方へと向かう。まさかこんな時間からチェックインを受け付けているとは思わなかったが、案外日帰り客は多いのかもしれない。料金も安いし気軽に来やすいので良いビジネスなのだと思う。



「わぁ、すっごくおしゃれ!」



 朝比奈がそう言ったここは綾瀬が予約していたコテージ型の施設だった。中を覗いてみるとヨーロッパ風のインテリアになっており、海外製と思われるオシャレな家具が設置されていた。宿泊用なのか無駄に柔らかそうなベッドも設置してあるが、今回は無関係なことが何気に悲しい。



「それで、ここに来て何をするんだ?」



 そう、グランピングは行って終わりというつまらない行事ではない。せっかく久しぶりに遠出したのだから、何か普段やらないことをやってみたいと思うのは必然。そして俺がそう言うのを待っていたかのように、綾瀬と朝比奈は今日持ってきていたリュックサックの中を漁りだす。この時間帯だし、もしかすると……



「そりゃ、グランピング……もといキャンプ場でお昼時にやることなんて一つじゃない?」



 そう言って綾瀬たちが取り出したのはパックに入っているいくつかの肉と野菜。しかも朝比奈の方は気を遣ってかスポーツ飲料なども用意してくれている。これはやっぱり……



「バーベキュー?」



 がばっと、今まで眠そうにしていた宮子が急に前のめりになって二人の方へ小走りで近づいて行った。



「桐谷さん正解。やっぱり三大欲求が食に振り切れてるだけあるね」


「そ、そんなことない」



 いや、あるだろ。というか何気に人より三大欲求が強いタイプだよ宮子は。過去にそのような光景を何度か見てきているので俺は心の中でそう突っ込む。



「しかし我ながら良いところを選んだよ。コテージにバーベキュー用のコンロが付いてるし、泊まりだったら最高だったろうなぁ」


「コラ、みんなが一度は思ったことを言わないの」



 そういって綾瀬のことをけん制する朝比奈。とりあえず俺も朝飯を食べるのが面倒くさくて何も腹に入れていなかった。ここでの食事、ましてやバーベキューは願ったりかなったりだった。



「あれ、もしかしてプレゼントって……」


「え、今更?」



 そういえば綾瀬はこの土曜日に何かプレゼントをするという趣旨で俺のことを呼び出していた。そのプレゼントがグランピングとはずいぶんぶっ飛んだ発想だと思うと同時にいい休日をプレゼントしてくれた綾瀬に驚きが止まらない。まさかこいつが人の嫌がることをしないで純粋にお礼をするなんて。人は成長するんだなぁ。



「ただ、そんな冨樫くんに残念なお知らせがありまーす」


「……え?」


「あははっ……」



 俺が綾瀬のことをほんの少し見直そうかと思ったところでそのようなことを言われて思わず素になって聞き返してしまった。そしてなぜか朝比奈はちょっと申し訳なさそうな顔をしている。二人の視線の先は……バーベキューコンロ?



「ごめんね冨樫くん。それガスや電気じゃなくて本当に炭を置いてやるやつみたい」


「うわ、本格的なやつじゃん」



 最近のバーベキューコンロはガスなどでも着火すると聞いていたが、どうやらここは炭火焼きらしい。まぁそっちの方が炭の香りがついて美味しそうだし決して文句があるわけではないが。



「つまり、火起こし担当が必要になると?」


「ごめん、冨樫くんお願いできるかな?」


「ああ、別にいいよ」



 朝比奈にそうお願いされた俺はそう二つ返事で了承する。こういうのは男の仕事とよく聞くし、俺だってさっさと肉にありつきたい。それに二人にすべて押し付けて俺と宮子は食べるだけとかさすがに申し訳ないと思ってしまう。



(確か炭は、受付のところにあったっけ)



 受付の横に炭が売られていたのを見ていた。だからとりあえずそこに行って炭を購入するところから始めよう。傍目から見ていたがそこまで高くはなかったはずだ。さすがに一人じゃ一気に運べるか不安だし、念のため宮子にも一緒に来てもらうか。



「それじゃみゃーこ、俺と一緒に炭を……」


「あっ、桐谷さんはこっち手伝って。具体的に言うと、野菜の下処理」


「うん、任せて」



 炭の運搬に宮子を誘おうとしたのだがあっさりと綾瀬に奪われてしまった。多分肉体労働よりも食べ物を間近で見て居たいのだろう。一瞬だけ複雑な気持ちになってしまったが、そういえば宮子が全く料理できないことを思い出して、今から綾瀬が地獄を見ることになると思えば少しだけ気晴らしになった。



「じゃ、ちょっと炭とって来る」



 そうして俺は綾瀬たちにそう言い残し、その場を離れようとした。こういうのは初めてだから一人で必要な量の隅を運べるのが不安だったが、すぐに俺の後を追いかけてくる足音が聞こえる。



「冨樫くん、私も一緒に行くよ。ついでに調理器具の貸し出しとかもやってるみたいだから足りないやつがあったら借りておきたいんだ」



 俺の隣に立ってそう言う朝比奈。他にも何か言いたげな顔をしていたがそれは炭を取りに行く道中に聞けばいいだろう。



「ああ、じゃあ一緒に行くか」



 そうして俺と朝比奈は綾瀬と宮子を施設のキッチンに残し、受付の方へと向かうのだった。

















「ねぇ、綾瀬さんは何を考えてるの?」


「んん? 玉ねぎをどういう形に切るか考えてただけだけどどうかしたの?」


「違う、このグランピングのこと」



 さっそく野菜の下処理に入ろうとした私に桐谷さんはそう問いかけて来た。どうやら私のお願いに二つ返事で答えたのは単に食欲に負けたからではないらしい。



「あは、楽しそうでしょ」


「私、何もかも聞いてない」


「うん、だって言ってないもの」



 確かに意地悪なことをしてしまった自覚はあるが一切反省はしていない。これくらいのことで他人に申し訳ないと思うほど私の精神は細くない。先日だって、色々とストレスが溜まっていたしここで発散しようと思うと、なおのこと桐谷さんの疑い深い視線が心地よく感じる。



「綾瀬さん、何がしたいの?」


「え、私は楽しみたいだけだよ?」


「何を?」


「人生を」



 そう適当に返事をするが、彼女はますます不機嫌になっていく。きっと彼女にとって私という存在がどのようなものか計りかねているのだろう。そもそも高校でそんなに話したことのない人と今になって話すのは絶妙に気まずいだろうし、そういう意味では桐谷さんも普段より委縮しているかもしれない。



「ねぇ、どうしてそもそも私のことを誘ったの?」


「ほら、私も桐谷さんと仲良くなりたいなぁって思って~」


「嘘はいいよ」



 どうやら彼女はお見通しのようだ。別に、私は宮子さんと仲良くなりたいだなんて思っていないし、それは冨樫くんに対しても同じ。だからこそこんなことができるんだろうなぁ。



「それより、冨樫くんにアタックしなくていいの?」


「不快だからやめて」


「ごめんって。でもね、私はね、二人はもーっと仲良くするべきだと思うんだ」


「意味わかんない」



 私はそんなことを言いながら野菜を切り始めるがどうやら桐谷さんには冗談に聞こえたようだ。まぁ、誰にも私の本心なんて理解してもらえないだろうけど。



「お願いだから、ソーマに意地悪するのやめて」


「別にそんなことした覚えないよ?」


「本当に?」


「うん、神に誓って」



 まぁ、神さまなんて信じてないけど。



「まぁ、桐谷さんは楽しんでくれたらいいよ」


「……まぁ、せっかく来たならそうするけど」



 そう言ってそっぽを向く桐谷さん。まぁ、さすがにまだ気が付かないか。でも冨樫くんも気がついていないみたいだしこれを言うのはバーベキューが終わってからでもいいだろう。



「それより桐谷さん、どうしてナスをヘタが付いたまま皮むきしてるの?」


「え、こんな感じでしょ?」


「……そういう風にナスが切られてるのを見たことあるの?」


「……あったかもしれないし、なかったかも」



 ちなみにこの後、桐谷さんが料理を普段しないことが発覚しさすがの私も焦ってすべての野菜の下処理を引き受けることになる。こんなことなら美月か冨樫くんに残ってもらうべきだったとちょっと後悔した私なのでした。



 ちなみに桐谷さんは包丁を取り上げられ頬を膨らませていたと報告しておこう、諸君。

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