第39話 真夜中の彼女


 夜の街並みを二人で歩く。目的地は当初の目的通りスーパーだが、隣には自称彼女が一人。旅は道連れとはよく聞くが、こんなに心が休まらない同伴者もなかなかいないのではないだろうか?



「というか、もうすぐ深夜の11時だぞ? 今から俺ん家に来て何するんだよ」


「今夜は私、帰りたくないの……」


「ストーカーに付きまとわれているって体で、今から交番に駆け込もうかな」


「もしそんなことをしたらお互いに大学で人気者だねぇ……アハ」



 大衆はどちらの味方をするかよく考えて弁えろ。きっと綾瀬は遠回しにそう言いたいのだろうが、大学内に関してはこいつの性格が良く知れ渡っているため俺に同情してくれる人も少なくはない。まぁ、クズとしてはお互い似た者同士なのだ。



「それより、冨樫くんまだ夕飯食べてなかったんだ」


「ずっとバイトしててな。そういえば、お前はバイトとかしてないのか?」


「してないかな。冨樫くんと違って金銭事情には余裕があるし」



 それは何とも羨ましいことだ。特にその弾けるような笑顔が絶妙にうざったらしい。こいつには是非とも社会の厳しさを体感してもらいたいが、綾瀬みたいな性格のやつは案外器用に立ち回りそうなのでその時が怖い。



「それよりも、どうして気まぐれにメッセージを送ってあげてるのにまともな返信ができないのかなぁ?」


「あれはメッセージじゃなくて絵文字って言うんだ。あれで伝わるとでも?」


「冨樫くんなら都合よく解釈するかなと」



 自分中心主義というか、こちらの意思は相変わらず全く考慮しないらしい。本当、どうしてこんな奴が大学であんなにモテまくっているのだろうか。こいつの性格はとっくの昔に露呈しているはずなのに、おかしな話だ。こういうところで世間の世知辛さを痛感する。



「まさか冨樫くんと真夜中のデートをするとはねぇ」


「うっきうきだなお前」


「ほら、高校生までの私って馬鹿みたいに真面目だったじゃん? 大学に入ってから自由で自由で。夜遊び的なことは刺激的でさぁ」



 確かに昔は驚くほど地味で根暗な奴だったが、出来ればもう少しあの頃に戻って欲しいと心の奥底で密かに願う。そうしていつぶりかのくだらない言葉のキャッチボールを続けながら歩いていると目的のスーパーに辿り着く。綾瀬は買い物かごを持って店内をうろつく俺の横を歩く。



「この時間帯に売ってる総菜って昼過ぎに作ったものも平気で置いてるときがあるから……あっ、半日前のやつだね」


「手を伸ばしにくくなるようなことを言うなよ」


「でも本当に恐ろしいのは、それが無償でホームレスや生活に貧窮している人のもとに配られることもなく廃棄されることなんだけどね」


「ああ、俺のことだな」



 どうも、生活に貧窮している貧乏大学生です。そんな冗談を綾瀬に言ってみたがつまらなさそうに白けた。どうやらこういう笑いは好みではなかったらしい。というかこういう変なことを言い出してしまうあたり俺も疲れているのだろう。



「あ、冨樫くんこれ入れて」


「ちょ、勝手に何入れて……って、酒?」


「うんそう。あ、もしかして冨樫くんはまだ二十歳の壁を越えてない人?」



 大学二年生はちょうど二十歳になり酒やたばこが解禁され自由度が増す年代。俺と宮子はまだ未成年だが、どうやら綾瀬は一足先に誕生日を迎え二十歳になっていたらしい。ちょっとうらやましいと思ったのは綾瀬に内緒だ。



「っていうかこれアルコール度数高くないか?」


「それが売りの商品だからね。つまるところ、アルコールに逃げたくなる人がこの国に多いって話だよ」


「嫌な思想だな」



 あながち間違いではないかもしれないが。



「というか、この分の金出せよ?」


「わかってるって。そもそも今の冨樫くんに買えないでしょ? 買ってあげるよ。彼女が」


「彼女の部分を強調するな。あと何度も言うけど、俺はそれ認めてないから」


「君が認めなくても、もう決定事項だから」



 そんなちょっと前のやり取りを繰り返しながら、俺たちはレジを目指す。ちなみに俺は数回ほど値引きされていたのり弁を買った。値段にして150円。大きさの割にはかなりコスパがいい値段になっていた。まあ夕方から置いていたものらしいのでかなり時間が経っていたのだが。


 そうして俺たちはスーパーをでて家を目指す。冗談であってほしいと願っていた自分が居たのだが、どうやら綾瀬は本当に俺の家に来るつもりらしい。まあ俺に走って逃げるほどの気力が残っていなければ、家に上がられて困る理由もない。それに、こいつの本心や考えていることを聞き出せるチャンスかもしれないのだから逃す手はない。


 そうして月明りに照らされながら徒歩数分、俺は昼過ぎに宮子と共に出た家に綾瀬と共に帰ってきた。



「へぇ、ここが冨樫くんのアパートか。想像してたよりは綺麗だね」


「いや、普通にボロいけど?」


「いや、もっとボロボロのところに住んでると思ってた。冨樫くん、そういうのに似合いそうだし」


「マジで失礼なことを言ってる自覚はあるかな?」


「うーん、ないね」



 一瞬このまま追い返そうかと思ったが、さすがにそれは連れてきた意味が根本的になくなってしまうので俺は泣く泣く綾瀬を部屋の中に招き入れる。すると、綾瀬は部屋の中に入るなり俺の部屋を見渡し始めた。



「思ったより整理整頓が行き届いてる。冨樫くん、ぜったい部屋の中を散らかすタイプだと思ってたのに」


「そ、そりゃ俺だってもう大人だし。いつまでも子供みたいにだらしない生活は送ってねーよ」



 本当は可愛い隣人に部屋の中を掃除してもらってます……なんて綾瀬相手に口が裂けても言えるわけがない。そして綾瀬もそれ以上詮索する気はないのか適当なところに腰を下ろし買ってきたものを漁り始めた。



「というかどれほど強いのかわからないけど、こんな深夜に飲んで大丈夫なのか?」


「私って意外とお酒に強いタイプみたいだから、まあ肝臓さんが上手いことアルコールを分解してくれると思うな」


「自分の肝臓を過信しすぎだろ」



 だがそんな綾瀬のアルコール事情など知る由もないし知りたくもないので俺は買ってきた弁当を電子レンジの中で温め始めた。その間に塾に持っていった水筒や明日使う教材の整理を始める。夏期講習の辛いところは平日や休日に関わらず毎日開講されていることで、お金がたまる代わりに鬼のようなシフトに駆り出されることだろう。



 そうして俺は温め終わった弁当を取り出し、リビングのテーブルの方へ向かう。綾瀬はテーブルの上ですでに晩酌のようなことを始めており、先程のスーパーで買ってきたスイーツを食べながらお酒を飲んでいた。



「こんな時間にまさかのスイーツとはな」


「ま、平気。だって私、お昼から何も食べてないし」


「……は?」



 ここにきてまた意味の分からないことを言い出す綾瀬。昼から食べてないのは俺もだが、どうしてそこでお酒とスイーツ?



「なんでさっきのスーパーで弁当とか買わないんだよ」


「だって今食欲あんまりないし。その代わりアルコールを摂取したくなってさ」


「二十歳にしてアル中かよ」



 そう言ってみるが俺のことなんて全く意に介さず、買ってきたチューハイを飲み始める綾瀬。どうやら本当にお酒が飲みたい気分だったらしい。もしかしてと思ったが、何かストレスが溜まるようなことでもあったのだろうか。



「しかし、逆に冨樫くんは三大欲求が欠落しすぎてない? ほら、私みたいな美少女を目の前にして欲情しないなんて」


「お前が人の皮をかぶった悪魔じゃなければ、いくらでも欲情してやるよ」


「誰が悪魔か。ふふふ、この家で吐いちゃうゾ☆」


「さっき酒が強いって言ってた奴の脅しかよ」



 そんなことをされた暁には普通に泣く自信がある。だが不確定な未来のことを考えていても仕方がないので俺も冷める前に弁当を食べ始めることにした。作られてから時間が経過しているみたいだったが、普通に食べれるレベルだ。それとも俺が貧乏舌なだけだろうか?


 そうして俺と綾瀬は弁当と酒という奇妙な席を共にするのだった。



 そして……

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