第40話 似た者同士


「しかしまあ、生きにくい世の中らよねー」



 酒盛りが進んだ綾瀬は突飛な話を始めたり顔が赤くなったりと、すっかりベロベロに酔っていた。最初お酒に強いと言っていたのは何処へやら、既に傍目から見ても大丈夫か怪しい。既に呂律も怪しくなっているし。



「しかも、おつまみとして俺のお弁当のおかずを強奪するとはな」


「いーじゃん、減るもんじゃないし。ガハハハハ」


「減るわ」



 いつも以上に明るい笑みになっている綾瀬。だがいつもより不気味さが少ないのは酔っぱらっているからであり、無理やり笑みを作り出しているわけではないからだろう。あのいつものニヤニヤ顔、取ってつけたような演技っぽくて胡散臭かったもんな。そういう意味では今の綾瀬は普通に可愛い。



「冨樫くんの話ってさ、あんまり面白くないよね」


「なんだよ急に」


「だって現実主義が過ぎるんだもん。そんなんじゃ女の子は寄ってこないよ?」


「そうか。なら今すぐお帰り頂いても?」


「タクシー代頂戴?」


「ふざけるな」



 そう言って俺は綾瀬がおつまみとして買ってきたあたりめを強奪して嚙み始める。久しぶりに食べたけどおいしいな。けど綾瀬の飲んでいる酒の匂いのせいでちょっと気持ち悪くなり始めて来た。というかもう深夜の一時だ。さすがに眠たい。



「こういう深夜にする話としては、やっぱりコイバナかな?」


「それは修学旅行の話だろ。というか、俺たちもうそんなこと話して盛り上がったりする年頃でもないだろ?」


「そう? 桐谷さんなんて時々語尾に『にゃー』とかつけてるときあったと思うけど」


「あれに関しては俺も正直どうかと思う」



 そろそろ宮子も十代とのお別れを見据えている頃だろうし、軽く注意しておいた方がいいかもしれない。俺的には可愛いことには間違いないのだが、さすがに二十歳になってそんな語尾を使ったりするのは……



「桐谷さんと言えばさ、復縁したりしないのぉ?」


「……今日のお前は色々とぶっこんで来るなぁ」


「私的には、その方が色々面白そうでさ。ほら、荒らしがいがあるでしょ? イヒヒッ」


「イヒヒッ、じゃないんだよ。とにかく、その件に関してはあんまり触れてくれるな」



 俺はそう注意するが、綾瀬はにこやかな顔をしたまま頷こうとしない。きっと同意するつもりはないんだろう。というか、やっぱり同じ高校ってことだけあってその辺の事情は知ってたか。俺と宮子が、実は付き合って別れている現状を。



(いや、そもそも付き合うところまで行ってないんだよなぁ)



 酒に逃げることができる綾瀬が今となっては羨ましい。俺としては都合の悪いことだけ頭から切り離して、願わくばあの頃に……



「触れてくれるなって言っても、高校じゃいろんな憶測が飛び交ってたよ。それこそ、教室の端っこに独りでいた私の耳に届いて来るくらいにはさ」


「幸いだったのは、その憶測を立てていたみんなも最終的には俺たちのことを心配をしてくれていたところだな」


「ねー。私としては冨樫くんのせいで気まずくなった教室がもっとギスギスしてくれてたほうがおもしろかったんだけど」


「お前は一度自分の発言を冷静に振り返る癖をつけた方がいいな」


「ごめーん、私振り返らないタイプの女だからぁ」



 まぁ、酔っ払いに言っても何の効果もないだろうが。しかし、綾瀬は俺の忠告を聞いてなおも話を続けてくる。今日の綾瀬はお酒のせいもあってかいつもより自制心が欠けているな。



「そんな憶測を盗み聞いてた私なんだけどさ、ちょっと冨樫くんに聞きてみたいことがあるんだよね。桐谷さんの噂とは別件で」


「なんだよ」



 まだこれ以上なにかあるのかと訝しみながら綾瀬に一応聞き直す。正直昔の話はあまりしたくないのだ。しかも相手が綾瀬となればなおのこと。だがどうせここではぐらかしても大学で似たようなことを無理やり尋ねられる可能性があるのだ。ならここで逃げても意味がない。むしろ大勢の前であることないことを大声で喋りだす可能性だってるのだ。



「実は冨樫くんが親と喧嘩して縁を切ったみたいな噂があったんだけど、あれって本当?」


「ああ、そのことか」



 宮子と一緒に抱えている問題と違ってそちらに関しては特に隠したり濁したりする必要はない。俺はそう判断し綾瀬に答えを与えてやる。



「本当だ。昔、俺と宮子が騒ぎを起こした時期を覚えてるだろ。あの頃から家族とは口を一切聞いてないし、卒業してからは一度も顔を合わせてない」



 そして、今後も会おうとは思っていない。その代償として実家からの支援を一切受けられないがもともとそんなことが期待できる親でもないのでその辺の事情はスルー。もしかしたら次に顔を合わせるのは、それこそ家族の誰かが病気になったり人生を終えた時になるかもしれない。


 親不孝とかクズなどと言われればそれまでだが、俺はそれくらいの覚悟を持ってあの家を飛び出た。誰にも文句を言われたくはない。



「アハハ、やっぱり冨樫くんも波乱万丈な人生を送ってるね。まるで不幸続きの主人公みたい」


「そうだな。そういえば最近も不幸なことがあったな」


「え、なになに? 聞かせて聞かせて」


「ああ。大学で新学期が始まったころから面倒な女に絡まれてることだな」


「それは大変だね。うん、もっと面倒になっとく!」



 そういって笑いながらお酒を飲み進める綾瀬。やはり、俺とのこの関係を絶ってくれるつもりはないらしい。俺が一方的に別れてくれと頼んでも、こいつはその願いを一切聞かないだろう。結局のところ、綾瀬が何を考え俺と付き合う選択をしたのかを聞きださなければ、この面倒ごとは終わらない。



(本当、何なんだよこいつは)



 そう、困り果てていた時だった。



「いやー、思っていた通りだったけどやっぱり冨樫くんと私ってつくづく似た者同士だね」


「は?」



 綾瀬は何が面白いのか、笑いながら俺に向かってそんなことを言って来た。俺と綾瀬に似たところなんて一切ないし、共通点なんて同じ高校出身ということぐらいだ。それが急に似た者同士だと言い切っている。こいつ、やっぱり酒のせいで頭が……



「なんか失礼な気配を感じたなー」


「安心してくれ、きっと気のせいじゃない」


「ふーん、私と似てるって言われたら嬉しくて舞い上がると思うんだけど」


「そんな奴、この世に存在するのか?」



 まあ、こいつの性格を全く知らない女子や勘違い男子ならあり得そうだが。しかし、そうなると綾瀬は冗談ではなく本心からそう言ったことになる。もしかして酔っていることによって心のセーブがいつもより緩いのかもしれない。だとしたら、こいつの本心などを聞き出すチャンスだ。



「それで、俺とお前の何が似てるんだよ」


「えーっとね、やっぱり家族との状況だよね。だって私、冨樫くんと同じで親と絶縁してるもん」


「……え」



 親と絶縁。自分の事だとはいえ、綾瀬の口からそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。こいつはどちらかと言えば極限まで親の脛をかじるタイプだと思っていたのに。


 というか、待てよ? さっき綾瀬は帰省してたって……



「それなのにさ? 無理矢理に私のことを呼び出してくるんだよね。ホント、お酒を飲まないとやってらんないなー」


「だからあんなにしんどそうにしてたのか?」


「まあそうだね。さっきの私は極限のストレスを抱えてたかな」



 そしてそこに俺が通りがかったから、ストレス発散ついでに色々と俺のことを探ってみようと。なんというか、こいつにしては行き当たりばったりだ。もう少し計画性のある奴だと思っていたのだが。



「冨樫くんが縁を切ってる理由は大体想像がつくなー。十中八九、桐谷さんが絡んでるんでしょ?」


「少し酔いすぎだぞ。水でも飲めよ」


「ふふふ、否定はしないんだ~」



 そう言いながら俺が注いだコップを手に取り水を飲む綾瀬。いつもの気高そうな彼女にしてはだらしのない姿。もしかしたら朝比奈もこんな綾瀬は見たことがないんじゃないだろうか?



(よし、そろそろカウンターがてらこっちから話を切り出してみるか)



 そう決めて、俺は少し踏み込んだ話をするため準備をする。



「俺はともかく、お前がそんな状況になっている理由はよくわからないな。少なくとも、高校まではいい子ちゃんだったろ」


「アハ。どうしてだと思う~?」



 ニヤニヤと俺の質問に食いついて来る綾瀬。よし、ここまでは想定通りだ。ここでがっつくように踏み込んでしまえば綾瀬は悪戯じみた表情をして話を切り上げることが目に見えている。とりあえず絶妙に素っ気ない態度を取って向こうから話したがるように誘導を……



「ふぅ、今日はちょっと気分がいいし話してあげよっか?」


「……マジで?」


「何さその態度。せっかく家に招き入れてもらったお返しがてら、昔話でもしてあげようかなって慈悲深く考えてあげてたところなのに」



 綾瀬はそう文句を言うが、お酒を飲んでいる効果もありどこか上機嫌。お酒の力は凄いと感心しつつ、俺や宮子がお酒を飲めるようになったときはこうならないように気をつけようと密かに心に誓う。



「私が親と縁を切った。というかあんまり関わらないようにしてるのはね……うーん」



 綾瀬はそう言ってどこか悩むそぶりを見せた。話すことを躊躇っているというより、どう説明するか悩んでいるようだ。そうして数秒ほど綾瀬の考えがまとまるのを待っていると、僅かに頷くのが見えた。どうやら考えがまとまったらしい。



 そして、綾瀬の口から飛び出したのは



「ねぇ、宗教二世って知ってる?」



 俺が全く予想もしていない内容で、あるいは今まで考えたこともなかった『人の呪縛』についてだった。










——あとがき——


ようやく物語の核心的な部分にちょっとだけ触れられそう。あと意図せずタイムリーな話になったため、不快になりそうだなと思った方は最後の方まで読み飛ばしてくれていいです。

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