番外編 塾の先生①


 今から一年ほど前の出来後。あたしは地元でも比較的偏差値の高い高校に進学した。なぜそこを選んだのかといえば、なんとなく。感覚で選んだとしか言いようがないだろう。志望理由は特になし。将来の夢も……特になし。



「それでは、新入生代表挨拶。天音雲母さん」



 高校の入学式。あたしが入試でトップの成績を収めてしまったため新入生代表として挨拶を押し付けられてしまった。もう少し手を抜けばよかったと若干後悔しながら、あたしは壇上へと上がり適当にネットで引用した挨拶をする。



 そして、あたしの華の女子高生生活がスタートした……はずだったのだが。



「つまんない」



 高校デビューということで髪を染めてみたり、自分なりに雑誌を読んでおしゃれをしてみた。この学校は偏差値が高いせいなのかはわからないが他校と比べて校則が格段に緩い。だから自由度がビックリするくらい高いのだ。積極的に人と話して友達だって作ったし、見た目に反して教師の信頼を勝ち取るくらいには真面目に授業に取り組んでいた。


 けれど、全てが物足りない。勉強なんてあたしはちょっとやれば覚えられるし、実際高校一年生の範囲は入学前に手を付けてしまったので授業は無駄な時間の浪費。友達と遊んだりもするが、真面目な子が多いからか特に刺激もない。部活もこれといって面白そうなものがなかったため帰宅部を選択。


 そんなつまらない色褪せた世界があたしの日常だった。



「はぁ……なんか面白いことないかなぁ」



 あたしは刺激に飢えていた。そんなあたしが最初に手を付けたのは学校生活。そこで縛りをいくつか設けてみることにした。いわゆる自分ルールだ。その中で一番初めに目を付けたのが成績だ。



 例えば、テストの合計点数をゾロ目にしてみるとか。あとは数学で回りくどい計算方法をあえて行ってみたり、英語で高校生では習わないであろう単語をテストに混ぜてみるなど。当然成績は当初より落ちてしまったし先生に小言を言われたりもした。だが、そういうギリギリのチャレンジが面白かったりしたのもまた事実。



「それに、どうせ進学にはこういう内申点とかあんまり関係なさそうだしね」



 親の意向であたしは大学まで卒業することが目標になっている。そんなあたしは一般受験をする予定で推薦を受けるわけではないので内申点はあまり関係ない。遊びで赤点を取ろうが本番で失敗しなければいいだけのこと。だからこそこういった遊びができてしまうのだ。



「その分、周りの印象が変わっちゃうのはちょっと失敗だったかなー」



 いつも満点を取っていたはずのあたしの点数が急に落ちたため、担任や教科担当の先生、さらには親に心配をされたのは誤算だった。さらにあたしの生活そのものが周りから見て疑念に満ちていたのだ。それは、あたしが生まれつき持っていたとある才能の影響でもある。


 ここで、『瞬間記憶』と『完全記憶』について説明しておこう。瞬間記憶とはその名の通り見たものを一瞬で覚えることができる能力のことで、完全記憶は一度見聞きした事柄を絶対に忘れない能力のことだ。そう、あたしは記憶に関することに他者より秀でていた。


 苦労したことがないと言ったら嘘になるが、いい家庭に恵まれたおかげで早期に対策してもらい比較的嫌な記憶を植え付けられずに育ってきた。それに勉強も一度で覚えられるため自由な時間が沢山出来て人より遊び回った。まあ、ここまでは素直によかったのだ。


 あたしは一度見れば大抵のことは覚えられるため、今までほとんど自主学習ということをしたことがない。そのため周りから見れば全く勉強してない奴なのだ。そのくせテストで満点を取るから不正をしているのではないかと疑われたこともある。まあその度に簡単なテストを口頭で出してもらって即答し、周りを黙らせてきたのだが……



「まぁ、ちょっとやりすぎちゃったよねぇ……」



 テストの科目数は13科目。1300満点のテストで私が遊びで取った点数は1111点。見事なゾロ目だが、一科目当たりの点数はおよそ85点。両親や担任からしてみれば大きく点数が下がっていたのだ。それに学校が進学校だったということもあり順位が30位くらい落ちた。



「だからって、塾に通わせるって言うのは早計過ぎない?」



 あたしの両親は基本的に心配症だ。あたしの記憶力が良いということを知っているくせに、なぜか塾に通わせて余計に勉強させると言い出したのだ。さすがに慌てたあたしだが、学費を出してもらっている両親にテストで遊んでいたなんて口が裂けても言えるはずがなく、泣く泣く通うことに同意ししまったのだ。まあ、お試しキャンペーンというやつで三回分無料だったのが救いかもしれないが。



「とりあえず、三回通って辞めよ」



 どうせ塾に通ってまで学ぶことなんてないしお金が無駄になるだけだと分かり切っていたのであたしは三回通って辞めることを心に決めていた。ちなみに今までの人生で塾というものと無縁だったこともあり、ちょっぴり楽しみにしている自分がいたりする。



 そして、塾が入っている建物に着いた時のあたしの第一声は……



「いや、ボロッ!」



 三階建ての建物は想像の五倍くらいボロかった。少し罅も見えるし、反対側の壁には苔のようなものが生えている。少なくとも外観で手入れをしている様子はなかった。



「……大丈夫かなこれ?」



 大き目の地震が来たら崩れるのではないだろうか? だが今どきの耐震検査は厳しいと噂に聞いたことがあるのでこの建物を調査した人が違法な申告をしていないことを願うばかりだった。だが、中に入ってみると意外と綺麗な内装が出迎える。



「えっと、塾は三階か」



 そうしてあたしはエレベーターのボタンを押し、三階まで昇っていく。そしてエレベーターから降りたあたしを出迎えたのは、意外にも小綺麗な塾の入り口だった。建物とは打って変わりこの塾は最近できたばかりだと聞いていたので少しだけ期待しながら扉を開ける。



(わっ、意外と綺麗かも)



 こまめに掃除がされているのか塾の中は凄く綺麗だった。机には一つ一つ仕切りがあり、個別指導塾として十分すぎる設備が整っていたと思う。だが、夕方なのに生徒と思われる人が二人しかいないのが若干気になったが。



「あっ、もしかして天音さんかな?」



 そうしてあたしのことを出迎えたのはこの塾の塾長だった。どうやらこの塾はできたばかりで人が少ないらしく、それに比例するかのように講師も多くないようで塾長自ら一人の生徒に付きっきりで教える日もあるそうだ。人が少ない分、講師のレベルはそこそこ高いらしい。



「それじゃ君は次の時間からだから、そこに座って待っててね。チャイムが鳴るまでは好きに過ごしていていいよ」



 さっそくあたしのお試し授業がもうすぐ始まることになった。しかし、まだ担当の講師が到着していないらしく、どんな人に指導を受けるのだろうと悶々としながら自由時間を過ごしていた。ちなみに暇つぶしアイテムはスマホだ。弄っているのはゲームではなくちょっと前からやってるインスタ。



「しかし、こんなにバズるとは……」



 適当にスイーツや景色をアップしていたのだが、いつの間にかフォロワーが万を超えていた。コメント曰く、素人にはとても難しい写真の盛り方とかなんとか。一応綺麗に映るように写真を撮るたびに心がけていたが、どうやらそれがプロの領域に踏み込んでいたらしい。今も先ほど食べたマカロンの写真を適当なコメントを付けてアップしただけなのだが……



『うっわ、このマカロン超おいしそー』


『滅茶苦茶カラフル!』


『え、これどこで売ってるんですか?』



 そうしてきたコメントを丁寧に返していく。こういったフォロワーとのコミュニケーションがこのアカウントがバズった理由の一つなのかもしれない。


 そんなことをしている内に、慌ただしく塾の中に入ってきた男の人がいた。恐らくあの人があたしを担当する塾の先生だろう。第一印象は悪くない。遅刻になりかけて来たところがちょっとマイナスだが。

 そんなことを考えていると塾のチャイムが鳴り響き、先程の男の人があたしの方へと近づいて来る。さすがにマナーが悪いかなと思ったのでスマホは閉まっておいた。



「えっと、君が今日体験できた天音さんだね。この時間を担当する冨樫です。よろしくお願いします」


「あっ、よろしくお願いしまーす」



 さりげなく、あたしは彼が首につけているネームプレートに目を落としてみた。えっと、フルネームは冨樫奏真。年齢は記載されていないのでわからないが、どうやらアルバイトとして講師をしているようだ。となると、専門学校か大学の学生だろう。果たしてあたしの相手が務まるかどうか……ちょっと試してみよう。



「えっと……聞いてた話だと、学校の授業を先取りするような形で塾に通いたいんだっけ?」


「そう。できれば今年中に高校の範囲終わらせたいなー……なんて」



 あたしはこの講師にとんでもないハイペースの授業を求める旨を吹っ掛けてみた。この人の高校での学力にもよるだろうが、あたしでも教えきれる自信はない。果たして、この人にそれができるか……



「うわ、凄くハイペースだね。わかった、じゃあ今月中に一年生で基礎になる部分を一通り終わらせようか」


「……え、マジで?」


「え、もっと落とした方がいい?」


「ああいや……多分大丈夫です」



 そうして冨樫先生は持っていたタブレットPCに何かを入力している。恐らくあたしが目指す目標などを講師間で共有するためにデータを入力しているのだろう。最近の塾はハイテクになったものだ。



「えっと、それじゃあ今のレベルを図るために簡単なテストをやってもらいたいんだけどいいかな?」


「ん、わかった」

 

「はい、じゃあ制限時間は15分ね。五教科分あるけどそこまで量はないからすぐ終わると思うよ。それじゃ、スタート」



 そう言ってストップウォッチを起動しちょっとした小テストがスタートする。軽く目を通してみたが、学校の定期テストよりは随分易しいレベルだ。だが、それぞれの教科で一問ずつ、明らかにレベルがおかしい問題が混ざっている。これは、満点防止のためのものだろうか? けど問題なく解けるレベルなので構わずに解いていく。そして10分もかからずに回答が終了した。



「はやいね、じゃあ今から採点する」



 そうして差し出した問題をつらつらと採点していく冨樫先生。物凄くハイスピードで丸を付けているが、本当にすべて目を通しているのだろうか? 



「おお、凄いね。それぞれ難しい問題が入ってたのに満点だよ」



 採点が終わったと同時に驚嘆しながらその結果を告げる冨樫先生。とりあえず、あたしのレベルを図るのは充分だったようだ。



「オッケー。とりあえずガンガン進めていいみたいだ。それじゃ今からさっそく授業をやっていきたいんだけど、やりたい教科はある?」


「えっと、それじゃあ数学で」


「数学ね。タブレットと紙の教科書どっちがいい?」


「教科書で」



 あたしがそう言うと冨樫先生は一度離席し参考書などがずらりと並べられたスペースから一冊本を持ってきた。どうやらあれをベースに勉強を進めていくみたいだ。そして印刷などでよく使う紙を一枚渡され、その後に教科書がドンと置かれた。



「じゃ、今日は……」



 そうして90分間の授業が始まった。だがあたしは事前に一年生の範囲をすべて終わらせていたため高校二年生の範囲からスタートだった。とりあえずあたしにとっても一応未知の範囲だし、少し本気で取り組むことを決めた。



(まっ、どうせ長続きしないだろうけど)



 思えば、これが始まりだったのかもしれない。










——あとがき——


雲母の番外編(過去編)ですが、予想より長くなったので二話に分けます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る